教育格差の原因はお金だけじゃない 解消するための対策やできることとは
教育問題
専門家に聞く
2021/02/28
新型コロナウイルスの感染拡大により、2020年3月2日から6月半ばまで続いた、学校の全国一斉休校。この期間、学校に行って授業を受けられないことや、家庭のオンライン環境の有無、あるいは教育のICT化に差のある私立か公立かによって、「教育格差」あるいは「学力格差」がより広がるのではないかと懸念する声も多く上がりました。
新型コロナは、教育格差という問題を今まで知らなかった人からも、注目を集めるきっかけになったのかもしれません。
しかし、教育格差とはコロナ禍で生じた問題ではなく、それ以前から日本では深刻な社会問題となっていました。
ただ、具体的にどのような状況を教育格差と呼ぶのか、問題点は何なのかなど、詳しく知らない方も多いのではないでしょうか。
今回は、広島経済大学教養教育部の前馬優策准教授に、この問題について聞いてみました。
教育格差を生み出すのは経済資本と文化資本
まず、教育格差と聞くと多くの人は、塾に通ったり早くから私立の進学校に進学したり、あるいは十分な教材を与えられるなどといった「学習機会」の有無によって、学力に差が出てくる状態のことだと考えるのではないでしょうか。
しかし、前馬准教授によれば、教育格差の問題はもっと広くとらえなければならないようです。
「そもそも子どもは、親の育て方、教育方針といった〝教育戦略〟によって、学力の獲得状況に差が出てきます。教育戦略にはいろいろな資本が必要となりますが、学費や塾代、あるいは勉強部屋や道具を揃えるのに必要な〝経済資本〟だけでなく、〝文化資本〟も重要です。
たとえばクラシックコンサートや博物館、美術館に行くといった経験のほか、宿題を出されたらきちんとやるのが当たり前、という感覚を親が持っているかどうかなど、親の価値観も文化資本のひとつです。そうした家庭環境の差が教育格差に結びつき、その結果として、学力格差が生まれてきます」
親の学歴によっても教育格差が生まれる傾向にあると言われていますが、それも〝文化資本〟の差のひとつと言えるのでしょうか。
「これまでは父親の学歴が世帯収入の高低に結びつき、教育に必要な経済資本にも影響を及ぼしてきました。ただし、子育てのしかたについては母親の学歴も大きく関係してきています。
大学を出た人は、勉強をして大学を出ることが社会に出たときに役に立つと考えていることが多く、教育の価値を重く考える傾向にあります。教育格差は親が教育にどれくらい価値を置いているかにもかかわっているので、両親の学歴が子どもの教育に影響を及ぼすという関係は見てとれるでしょう」
とりわけ経済資本、文化資本の両方が不十分な傾向にあるのが、ひとり親世帯です。約半数が相対的貧困世帯と言われるひとり親世帯では、子どもたちは教育の面でもかなり不利な状況に置かれています。
「日本では、世界の中でも異例なくらいにひとり親世帯の子どもが不利な状況に追い込まれています。収入は低く、親は仕事で子どもの宿題を見るなどの時間がなかなかとれません。さらに、子どもが家事を担う時間が多いなど、学習に集中できる環境とは言えない家庭が多いのです。
生活保護世帯で病気の親のお世話をする子や、母親が仕事に出ている間に小さな兄弟のお世話をするといった、ヤングケアラーもいます。こうした世帯はコロナ禍でさらに困窮に追い込まれているケースが多く、学校の先生たちも気にかけてはいますが、感染対策や教育のICT化などの仕事に追われて、十分なケアができていない状態です」
そういう子どもたちと、家事に時間をとられず進学塾に通ったり、集中して勉強に取り組める環境が自宅にあったりする子たちを比べたら、学力に差が出てしまうのは当然の結果と言えるでしょう。社会に出たときに、その学力・学歴差が収入差につながっていきやすいのが現状なのです。しかし、教育によって貧困を断ち切ることは可能だと前馬准教授は言います。
「それは、勉強をしてテストでいい点をとるという、いわゆる学力を向上させていい大学に行けばいいという意味ではなく、忍耐力、コミュニケーション力、勤勉性といった非認知能力を向上させることが重要だということです。
アメリカなどの研究でも、学校のテストの点などの認知能力ではなく、自己肯定感も含めた非認知能力を伸ばすことが人生の成功につながっているという結果が出ています。この非認知能力は中学生くらいからでも鍛えて伸ばすことができ、貧困を断ち切ることにつながっていく可能性があります」
そして、この非認知能力を伸ばすには、家や学校以外での人との交流や、社会全体の価値観も重要な役割を果たすとのことです。
〝やる気〟を育てるサポートも重要
前馬准教授は、子どもの非認知能力を高めるための大きな要素として「人との出会い」が挙げられると言います。
「たとえば児童養護施設で暮らしている子どもたちが、施設を出た後にどう生きていくかという社会問題があります。児童養護施設は現在、18歳(場合によっては20歳)まで入所できますが、高校へ進学しなかったり中退したりすれば、15歳でも退所となります。
そして、退所したものの学力も就業支援も十分でなく、支えてくれる身近な人もおらず、じゅうぶんな収入が得られない状況に追い込まれる子が少なくありません。大学まで出る人ももちろんいますが、それは支えてくれる人がいたり、同じ環境で大学進学をしたロールモデルが近くにいたり、どういう人と出会ったかがカギを握っている状況です」
支えてくれる人やロールモデルになる人がいることで、子どもたちは将来のイメージを膨らませたり、頑張ろうと意欲を高めたり、壁を乗り越えようと努力することができます。
そうした人が身近にいるかどうかが重要で、子どもたちには親だけでなく、さまざまな大人や、仲間との関わりが欠かせないということです。
「非認知能力を伸ばせる環境の条件として、居心地がよく、話を聞いてくれる人がいる場所があることが重要なんですね。加えて、仲間同士のつながりの中でお互いに磨き合える〝ピア効果〟もポイントになります」
教育格差問題に関わる行政の支援としては、低所得世帯の小中学生などを対象に学習支援をしたり、通塾費の支援をしたりなど、各自治体が工夫しています。学校外での学習の場を与えられることで、そこが居場所となったり仲間と一緒に頑張ったりという経験もできるのではないでしょうか。しかし、それだけでは不十分だと前馬先生は話します。
「これらは〝やる気がある子を学習支援する〟という構造になっていて、本人が勉強を投げ出していれば支援に至りません。ただ、やる気も生育環境によって培われるものです。となると、同時にもっと低年齢からのアプローチも必要なのではないでしょうか。
やる気の部分を支える、子育て支援ということです。これからは質の高い就学前教育を一人ひとりの子どもが受けられることが重要になってきますが、日本では待機児童問題や保育士の待遇問題など、課題が山積の状態です」
教育に関して日本はまだまだ行政面での課題が多く、しっかり予算をつけてもらうことが必要になりそうです。
格差を容認することが、格差を固定化させていく
また、教育格差の解消には私たち一人ひとりの価値観を変えていくことも重要なようです。
「格差があることを認めない、見て見ぬふりをする。あるいは容認する、という人も多くいます。社会の中で格差が生じなくなることはありませんが、それが大きすぎたり、どうやっても逆転できなかったりすることが問題なんですね。そして、どこまでを許容するかは理論的に答えを導き出せるものではなく、肌感覚で議論していくしかありません。この肌感覚を作っているのが、社会にいる一人ひとりなんです」
もし、格差があるのはしかたがないと多くの人が放置すると、社会はどのようになっていくのでしょうか。
「放置すれば、格差は再生産されていき固定化していきます。格差が固定化するということは、身分階級社会に逆戻りするということです。そうなると、〝頑張ってもしかたがない〟と考える人が増えて社会の活力が失われていきます。少子化が進む中で格差を放置すれば、きちんと税金を納められる人が減っていきます。
また、格差の中で社会が分断されれば、暴動や犯罪が日常的に起こり、みんなでひとつの社会をつくるということが難しくなります。そういう国の様子を、私たちは日々ニュースでも目にしてきたはずです」
まずは社会全体で格差があることを認識し、その解消に向けて動かなければ、日本の将来は明るいものにならないでしょう、と前馬准教授。
「教育格差に関わる行政や民間の支援が整っていっても、その支援先に行けるような状況ではない、教育まで気が回るような生活ができていない家庭があることも、理解しておかなければなりません。
どういう家庭で育っているかによって考え方や生活リズムも大きく影響されるので、〝支援を受けないのが悪い〟と自己責任で片付けていては、何も解決できません。
親のせいでしょ、と切り捨てれば、そこで問題を放置することになるのです。
そして、〝親がこうだから、子どももどうせ……〟という感覚で周りの大人が接すると、子どもはそれを敏感に感じ取って、マイナスの方向に影響を受けていきます」
社会の空気も、子どもたちの成長にさまざまな影響を及ぼしていきます。お金を配ればそれでいい、やる気がある子だけ支援すればいい、あとは自己責任だという考え方を見直していくことが重要だと前馬准教授は言います。
「子どもたちには無限の可能性があります。その可能性を、大人や社会の都合で摘んでしまわないような社会をつくれるかどうかが問われています」
教育格差の問題は、これから私たちの社会がどのような方向に進んでいくかを決める問題でもあります。すべての人が自分事として考え、対策を議論していくことが必要となるでしょう。
<取材・文/大西桃子 >
取材協力
広島経済大学教養教育部・前馬優策准教授
学力格差の発生プロセスや、格差社会における学校文化論を主要テーマとして研究。共編著に『福井県の学力・体力がトップクラスの秘密』(中央公論新社)、『ポスト・コロナショックの学校で教師が考えておきたいこと』(東洋館出版社)など。
この記事を書いたのは
ライター、編集者。出版社3社の勤務を経て2012年フリーに。月刊誌、夕刊紙、単行本などの編集・執筆を行う。本業の傍ら、低所得世帯の中学生を対象にした無料塾を2014年より運営。