通信制高校の今を調査したら高校教育の課題が見えてきた。文科省の会議メンバーに調査結果を聞く

通信制高校

教育問題

2022/06/16

通信制高校に在籍する生徒は、現在2万人超。高校生の15人に1人が通信制高校生となっています。
そんな通信制高校の制度変更が検討されていることをご存知でしょうか?

戦後、通信制高校の制度について十分な検討はされてきませんでした。
そんな中、2015年ごろに無免許授業や学習指導要領違反、就学支援金不正受給などの不適切行為を行なった通信制高校の存在が明らかになったのです。

また一方で、最近では新しいタイプの高校が続々と立ち上がっているため、その状況把握も必要となってきています。

こうして文科省が2021年9月にスタートさせたのが「『令和の日本型学校教育』の実現に向けた通信制高等学校の在り方に関する調査研究協力者会議」(以降、通信制高校のあり方会議)です。

通信制高校の制度を検討するこの会議は、現在6回まで行われており、以下のような議題について議論されています。

これまで議論された内容

  • 不登校の生徒への自学自習への組織的サポートの必要
  • 全日制・定時制・通信制の区分を緩やかに融合できる仕組み
  • 伴走型支援の必要性
  • 接指導、添削指導、試験というあり方への疑問
  • ネットを活用した教育
  • 所轄庁の問題

これを見ると、通信制高校だけの問題というよりも、高校教育全般についての問題にまでまたがった議論がされているようです。では、この議論を通じて、通信制高校は今後どのような変化が求められるのでしょうか?

会議のメンバーである、早稲田大学人間科学学術院の森田裕介教授にお話を伺いました。

●お話を伺った人

森田裕介さん

早稲田大学人間科学学術院教授

静岡県出身。東京工業大学大学院社会理工学研究科人間行動システム専攻博士課程修了。鳴門教育大学学校教育研究センター助手、長崎大学教育学部専任講師、同助教授を経て、米国テキサス大学オースティン校 客員研究員、マサチューセッツ工科大学客員研究員を歴任。2007年から現職。大学総合研究センター副所長、早稲田ポータルオフィス長として、大学全体のICTをサポートする。日本教育工学会理事、日本科学教育学会理事、日本教育メディア学会理事、日本教育工学協会理事、NPO法人通信制高等学校評価機構理事長なども務める。

通信制高校の実態を把握することで問題点が見えてくる

── 会議では実に多様な論点が挙げられているようですが、現在の通信制高校の実情というのはどのように把握しているのでしょうか。

まず現在、通信制高校の状況を全体的に把握している人というのはほとんどいないんです。そのため、文科省はこの会議と同時に、通信制高校評価機構の方々と一緒に各学校を訪問して、実際にどうなっているのかという立ち入り調査をずっと行っています。

こうして何年もかけていろんな学校に入っていますし、その中で特色のある学校の先生を招いて説明をしてもらい、把握するということもしています。

── 会議はどのようなメンバーで構成されているのですか?

中には弁護士さんもいらっしゃいますし、我々のような大学教授もいます。それぞれ、現状をそんなに知らないわけではないですが、全部を知っているわけでもありません。そこで状況を把握し、論点を整理しているというのが現状だと思います。

求められているのは「新しい学び」?

── 論点を整理されてきた中で、現在一番の問題はどこだとお考えですか?

もともとは「通信制高校のあり方」を考えるための委員会でしたが、今我々が議論し始めているのは、通信制高校だけに限らず、高校教育、もっと言うと日本の教育全体に関わるような問題になっています。

通信制高校、特に私立に通う7割の生徒さんが不登校経験者です。もともと通信制高校は勤労青年を対象としたものであったのに対し、近年では様変わりしてきています。その状況の中で、ではなぜ不登校の生徒が増え続けているのか。全日制の高校では、不登校の生徒に対してどこまで対応できているのか、という疑問が出てきます。

そうなると全日制とか通信制とかいう問題ではなく、日本全体が抱えている、戦後日本が成功体験の元に繰り返し行ってきた教育の連鎖の中で、時代にそぐわないものも残ってきているのかなと。今の教育制度の成功者や教員らは、そのことに気がついていないのかもしれません。

それを敏感に子供たちが感じて、違うものを求めてきているのではないかという仮説も成り立ちます。新しい学びを求めているのではないかと。

そうすると全日制、通信制などと分けている区分についても、再検討する必要があるということになるんですね。

── 新しい学び、ですか。

たとえばオンラインで授業を実施する場合に、「対面よりも必ず劣っている」という発言が年配の方から聞こえてくる場合があります。「オンラインで人を育てられるわけがない」と。しかし我々の会議ではそのような意見は出てこないし、実際にそんなことはないと思っています。

新しい学びというものを考えなければいけない時期に来ているんじゃないかという話は、前身の会議※でも最初に出てきてはいました。ですが会議全体では、最初に質の保証をしっかりしてから、新しい学びについては議論しましょうということになったんですね。

そこでまず「質を保証するには?」ということで、現在の会議では所轄庁の問題が大きな議論になっています。

※「通信制高等学校の質の確保・向上に関する調査研究協力者会議」

── まずは枠組み、仕組みの部分から、今の時代に合わせて整理しようということですね。

はい。通信制高校で言うと、今は「通信教育連携協力施設」と呼ぶことになった、いわゆるサテライト施設の現状があまりに複雑すぎて、所轄庁が把握しきれていないんです。

なので、まずここから手をつけるということにフォーカスが移っていて、直近の会議ではそこのところを中心に話していただきました。

── 具体的にはどういった問題でしょうか。

例えば沖縄に本校があって、サテライト施設が東京にあるという場合がありますよね。東京にはサテライト施設がものすごくたくさんあるんですが、では東京都の教育行政の担当者が、このすべてに足を運んで立ち合い調査ができるかというと、まず不可能です。

もちろん本校がある都道府県の担当者が行くわけにもいかない。

そもそも担当者の人数が少ないし、通信制高校のことはよく分からないけど、異動で担当になったという人も多いわけです。なので、結局現場で何が起きているか実態をきちんと把握しているところはないんですね。これが一番の問題です。

── なるほど。通信制高校ならではの問題もあるということですね。

ただ、話を聞いていくと、ちゃんとやっている学校はけっこう多いんですよ。だから我々は、ちゃんとやっている学校さんと問題のある学校をしっかり見極めるにはどうすればいいか、というところの検討をしています。

今はその制度がないので、議論しましょうという状況ですね。

現場の話を吸い上げてたどり着いた、制度上の問題点

── 今の段階では、「現場をこう改善していこう」という以前の問題を話し合っているということでしょうか?

もちろん現場の問題も重要です。たとえば、県の高校に採用された教員は必ず通信制高校を見て、考え方や現場の状況を理解した上で、また戻っていくという体制を取っている県もあります。

現場に通っている生徒さんの状況も多様で、通信制高校についてはいわゆる「保健室」の整備も十分ではありません。その制度を整えましょうという議論もしたことがあるし、非常に多角的にやっています。

そういった現場の問題を議論してきた中で、所轄庁の問題にたどり着いたというところです。前の会議から考えても何年かやっていて、ようやく原因の本丸のいくつかが見えてきたという感じですね。

── 今後、会議はどう進んでいくのでしょうか。

現状、今の会議では「質の保証」「新しい学校体制の構築」という2点を重視して議論を進めてきました。

文科省も通信制高校だけでなく、実にさまざまな問題をいろんな方向から検討しています。通信制高校の問題は、やがて高校全体の問題に吸収されることになるでしょう。

これからの方向性は文科省が決めることですが、「通信制高校のあり方会議」は1年という期限があるので、もうそろそろ今の会議は終了し、提言書を提出することになります。

その上で文科省からの要請がまたあれば、次に設けられた会議でまた議論していくことになると思います。

── ありがとうございました。

今まで見直される機会が少なかった通信制高校の仕組み。しかし、フタを開けてみれば通信制高校だけの制度問題もあれば、もっと大きな、高校教育全体を巡る問題も多くあることが見えてきました。

その解決には、いまある問題点を見守っているだけでは、何も解決することはないでしょう。しかし、少しばかりの制度変更だけでは済まされず大きな転換が必要そうだということも見えてきました。しかし、こうした会議で論点が細かくあぶり出される中で、通信制高校だけではない教育の「あり方」が少しずつでも改善されることが期待されます。

<取材・文/高崎計三>

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この記事を書いたのは

高崎計三
1970年、福岡県生まれ。ベースボール・マガジン社、まんだらけを経て2002年に有限会社ソリタリオを設立。編集・ライターとして幅広い分野で活動中。