マンガ作品に育てられた人生 マンガ家・里中満智子の考える「学習マンガ」とは

専門家に聞く

2016/10/28

学校で習う教科の理解を助け、マンガという読みやすい形で知識を深める「学習マンガ」。学校の図書館などで見かけたことがある、子どもの頃に読んだことがある、という人は多いのではないだろうか。

しかし、一見学習マンガとは思えないストーリーマンガの中にも、日々の生活に活きる知恵や知識が詰まった素晴らしい作品が多くある。それを選出するのが、日本財団が主宰する「これも学習マンガだ!~世界発見プロジェクト~」だ。同プロジェクトでは、2015 年に 100 作品、2016年に追加で50 作品を選出した。

▼選出作品一覧(これも学習マンガだ!~世界発見プロジェクト~)
http://gakushumanga.jp/

今回は、2016年10月25日に追加選出作品の発表とともに行われた、選書委員長の里中満智子先生のトークイベントの内容をお届けする。

●お話を伺った人

里中満智子(マンガ家/マンガジャパン代表)
1948年1月24日大阪生まれ。1964 年(高校 2 年生)に『ピアの肖像』で第 1 回講談社新人漫画賞受賞。代表作に『あした輝く』『アリエスの乙女たち』『海のオーロラ』 『あすなろ坂』『狩人の星座』『天1948年1月24日大阪生まれ。1964 年(高校 2 年生)16歳の時に『ピアの肖像』で第 1 回講談社新人漫画賞受賞。代表作に『あした輝く』『アリエスの乙女たち』『海のオーロラ』 『あすなろ坂』『狩人の星座』『天上の虹』 など多数。2006 年に全作品及び文化活動に対し文部科学大臣賞、2010 年文化庁長官表彰、2013 年度古事記出版大賞太安万侶賞(『マンガ古典文学 古事記』)2014 年外務大臣表彰。 公益社団法人日本漫画家協会常務理事 理事長/ 一般社団法人マンガジャパン代表 / NPO 法人 アジア MANGA サミット運営本部代表 / デジタルマンガ協会会長 / 大阪芸術大学キャラクター造形学科学科長など。
http://www.satonaka-machiko.com

素晴らしい作品が多すぎて選出が難しい

――選書はどのように行っているのですか?

まず300~400作品をピックアップし、それを選書会場にそろえます。そして、その場に選書委員のメンバーが集合し、どの作品を選出するか、議論を重ねます。時間にして、4~5時間ほどですね。

“ひとつの作品を大賞に選ぶ”というようなプロジェクトではないので、「100作品も選んでいいなら精神的にラクだろう」と思われるかもしれませんが、とんでもありません。素晴らしい学習マンガって、100作品どころじゃないんです。

でも、ジャンルごとに分けて、同じ作者からはなるべく1作品にとどめ、泣く泣く100作品に絞りました。しかし、やはり「他にも素晴らしい作品がたくさんある」ということで、今回50作品を追加で選出しました。

人の心はどうやって成長するのか

――学習マンガについて、どのように考えてらっしゃいますか?

従来の「学習マンガ」も、素晴らしいジャンルです。学校や図書館、保護者が安心して勧められる作品で、子どもたちがストレートに学ぶことができます。

ただ、人間は本来ありとあらゆることから学びを得る生物。自らの体験、出会った人、見聞きした物事、そのすべてから学び取って、人は大人になっていくわけです。その学び取り方によって、大人になったときの価値基準が変わってきます。

マンガは、子どもの世界に大きな影響を及ぼしています。子どもたちは多くのことをマンガから学び、実は人格形成にさまざまな影響を及ぼしているのではないだろうかと考えました。そのような視点で考えると、従来「学習マンガ」とされてきた作品以外にも、学習マンガは限りなくあるな、と。

プロジェクトで特定の作品を選出した理由は、多くの作品の中からどれを勧めたらいいのか分からないと感じている学校や図書館、保護者の方への指標になると思ったからです。

また、古い作品を読んでいただく機会にもなるかと思い、昔の作品も選出しています。刊行点数が非常に多いマンガの中で、古い作品は時代に押し流されて読まれなくなってしまうことも。しかし、日本人の心を育ててきた素晴らしい作品たちが多く存在します。作品の命を永らえさせるのは読者です。読むことで素晴らしい作品を保存していければと思います。

マンガの表現について

――近年、マンガの表現に規制が入るような動きがありますが、どう思いますか?

選出した作品の中には、ちょっとびっくりするような表現の作品もあります。エロティックであったり残酷であったり。それは、作者が自分の信念を掛けて世に問うたものです。

選出した150作品の中で、そのような表現がなく特に子どもに勧めやすいものについては、「小学生からOK」マークを目安としてつけています。もし気になるなら、マークがついていない作品については、子どもたちの心がもう少し育ってから勧めてみるのもいいかもしれません。

里中満智子が子どもの頃読んだ「学習マンガ」

――里中先生自身にとって、学習マンガとして特別な作品はありますか?

鉄腕アトムですね。悪いことをしている人やロボットはただの「悪役」ではない。なぜ悪いことをしたのか、これまで何があったのか。理由や背景が描かれていたり、それを読者が想像したり。子どもの頃は言語化できていませんでしたが、「正義とは何か」ということを学んだと思います。

マンガから学んだことって、その瞬間には咀嚼(そしゃく)できないこともあります。だけど、ページをめくらないと読めない能動的な体験であることと、キャラクターに感情移入しやすいつくりであることによって、疑似体験のレベルが非常に高く、心に強烈なインパクトが残ります。

ふとした瞬間に、あるマンガの1シーンが蘇ってきて「ああ、こういうことだったのか」と思うこともあるでしょう。あとになって、「私はこの作品からこういうことを学んでいたんだな」と感じることもあると思います。マンガは、伝えたいことを端的に伝えるのではなく、ストーリーを通じてメッセージを伝えるからこその強さがあるのです。

ある意味、すべてのマンガ作品が「学習マンガ」でもあります。お子さんも、大人の方も、良質なマンガをたくさん読んでいただければと願っています。

(田島里奈/ノオト)

取材協力

これも学習マンガだ!

2015年度からスタートした、新しい世界を発見できるマンガや学びにつながるマンガを選出・発表する事業。マンガの持つ「楽しさ」「分かりやすさ」「共感力」に着目し、社会をより良いものにしていくことを目的とする。マンガを通じて、「楽しみながら学ぶこと(=edutainment)」を継続的に推進。

http://gakushumanga.jp/

※本記事はWebメディア「クリスクぷらす」(2016年10月28日)に掲載されたものです。

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