2024/09/30

「みんなと同じ方法では身につかない」生徒に知ってほしい勉強法のヒント

専門家に聞く 

学校の授業はちゃんと聞いているし、宿題も出している。それなのに、周りの生徒と同じように理解したり覚えたりすることが難しい……。
そんな悩みを持っている中・高生は、もしかしたら「みんなと同じ学び方」が合っていないだけかもしれません。

最近は、発達障害のひとつとしてLD(学習障害)という言葉も知られてきています。
しかし、LDと診断されていなくても、「耳で聞いても覚えられない」「文字を書くのが苦手」など、人はそれぞれ得意・不得意があるものです。
また、発達障害には他にも「集中しようと思っても集中できない」「ざわざわした場所だと、聞きたい人の声が聞き取れない」など、さまざまな困難を抱えるケースがあり、それが学習面での困難につながっていく場合も多々あります。
しかしこれも、必ずしも発達障害と診断されていなくても、人それぞれ学びやすい、学びにくい環境や方法があるものです。
そして、多くの生徒が学びやすいと感じている環境や方法ではうまくいかないと感じている生徒も、「みんなと同じ」ではなく、自分に合った方法を見つければ、もっとラクに学習を進めることができる可能性があります。

今回は、こうした困難を持つ子どもに向けた本『LDの子が見つけたこんな勉強法』(合同出版)の編著者のひとりで、神戸女子大学・教育学科の田中裕一教授にお話を伺いました。
同著で取り上げた「LD」という言葉を、田中教授はこう定義しています。

「多数派とは学び方が異なること=Learning Difference(LD)」

発達障害と診断されているかどうかにかかわらず、学校でみんなと同じように勉強しているはずなのになぜかうまくいかない。これがLD(Learning Difference)で、「決められた学び方にこだわらず、さまざまな学び方を試してみると、自分に合った方法がきっと見つかる」と田中教授は言います。

では、どのように工夫していけばいいのか、詳しく伺っていきましょう。

特性によって、合う学び方はさまざま

—— 今回は学習に困難を抱えている生徒にヒントをいただければと思っているのですが、その前に、LDという言葉について少し詳しく伺っておきたいと思います。一般的には学習障害として知られるようになってきていると思いますが、田中教授はもう少し広く、「学び方が多数派とは異なること」と本に書かれています。

田中教授:LDは発達障害のひとつとされていますが、実は医療側の捉え方と、学校や文部科学省など教育側での捉え方は異なるんです。LDの「D」の部分も、医療的には「Learning Disorders」、教育的には「Learning Disabilities」と、2つの言い方があります。

—— 「Disorders」と「Disabilities」はどちらも「障害」と訳されますが、前者は病気や障害という意味合いが強いのに対し、後者は不自由といったニュアンスですね。

田中教授:私は10年ほど前に文部科学省に特別支援教育調査官として勤めていたのですが、教育のほうは医療よりもより幅広くLDを捉えているんですね。実際、学習面で不安を抱えて病院に行っても、LDと診断されることはあまり多くはないんです。しかし、他の子と同じように勉強をしているはずなのに、その2倍、3倍の努力が必要になったり、授業に置いて行かれたりしてしまう子は少なくありません。ただ、そういう子は、学習自体が難しいのではなく、やり方が自分に合っていないというケースが多いのです。

—— そこで、障害という意味合いではなく、「Difference(違い)」の「D」と捉えていこうというわけですね。では、具体的にどんな部分に不得意があるのでしょうか。

田中教授:まず文部科学省では、「聞く」「話す」「読む」「書く」「計算する」「推論する」といった学習に必要な能力のうち、ひとつあるいは複数の能力について習得や発揮が難しいことを学習障害としています。また苦手さを別の考え方で捉えることもでき、情報の入力・出力で考えることもあります。入力では、目から入ってくる情報、耳から入ってくる情報のうち、どちらかは処理しやすくてもどちらかは苦手など。出力では、話す、書くといった表現のどれかが苦手などです。

—— たしかに、人前で話すことはできるけれど文章を書くのが苦手だったり、パソコンでは文字を打てるけれど手書きで文字を書くことは苦手だったりと、アウトプットの方法には多くの人に得意・不得意があると思います。

田中教授:また、頭の中で物事を整理する方法にも、継次(けいじ)処理と同時処理とがありますが、どちらかが極端に苦手な場合、学習に困難が生じることがあります。ざっくり言うと、継次処理とは、情報をひとつずつ順番に処理していくことで、同時処理は複数の情報を集めて全体的に見て処理していくことです。プラモデルには、箱に完成形の写真が載ってあったりしますよね。それを見たうえで「ここにたどりつけばいいんだ」と全体を理解して作っていきます。これって、同時処理と継次処理をうまくミックスした方法なんです。

—— 作り方をイチから順番に理解していったほうがスムーズにゴールに行ける人と、最初に全体がわかったほうがゴールにたどりつきやすい人とがいるということですね。

田中教授:さらに、自分の感覚を少なく使うほうが処理しやすいか、多く使うほうがいいか、あるいは強い刺激のほうがいいか弱い刺激のほうがいいか、というのもあります。授業を耳で聞きながら手でメモをとっていくと覚えやすい人もいれば、聞くときは聞く、書くときは書くとそれぞれに分けたほうが頭に入りやすい人もいます。

—— 学習するときには、目や耳、口、手などを使って頭を働かせますが、自分に合ったそれぞれの体の機能をどう使っていくのが得意なのか、あるいは苦手なのかと考えていくと、自分に合った学習方法が見つけやすくなりそうです。

文字、音、映像etc…ICTも活用してみよう

—— では、それぞれの得意・不得意に合わせてどのような工夫ができるのか、具体的に教えていただけますか。

田中教授:学校の授業は多くの場合、先生が話している言葉を耳から聞いて学習します。たとえば、聞くことが苦手な子は授業が理解しづらいかもしれませんが、自分で「年表を見る」「写真や図解を見る」など、目から入る情報を増やしていくと、理解しやすくなるかもしれません。一方で、目から入る情報では理解しづらい場合は、音声で読み上げてくれるような教材を使う手もあります。

—— 最近は教育のICT化が進んでいるので、映像や音声がメインの教材コンテンツもいろいろ使えそうですね。

田中教授:はい。学び方の選択肢はICT化でとても広がっています。授業中、口頭で答えを求められるのが苦手であれば、先生に相談して、パソコンに入力した文字を音声出力する方法で表現する手もあります。文字を書くことが苦手なら、黒板の文字などをノートに写すのではなくパソコンでメモをとらせてもらうのもよいでしょう。

—— 田中教授の著書『LDの子が見つけたこんな勉強法』も参考に、次にいくつか具体的な工夫の例を示しておきます。

★長い文章がなかなか頭に入らない

  • 定規を当ててどこを読んでいるかわかるようにしながら読む
  • キーワードだけを拾って読む
  • 読み上げソフトを使う

★英単語をひとつひとつ覚えられない

  • 翻訳ツールを使って文章を日本語訳して、文の意味をつかむ
  • 読み上げ機能を使って英語を音に変換する

★書く速度が遅くてノートをとるのが追いつかない

  • パソコンであらかじめ下書きをして、紙に清書する
  • 絵や図などはコピーしてノートに貼る
  • 黒板をiPadなどで撮影する
  • ボイスメモを使う

★暗記しなければいけないことが覚えられない

  • 英単語なら単語帳アプリを使う
  • 黒板を撮影した画面を見返す
  • 授業を録音して何度も聞く
  • 歌やリズムに乗せて唱えながら覚える

★数学の文章問題がわからない

  • 書いてあることがイメージできるようにイラスト化する
  • 公式は単語帳などに書いておき、必要なときに辞書のように使う
  • 文章の中の数字やカギとなる文字をマルで囲む

★宿題が終わらない

  • 全体の70%程度を目指して自分に合った目標ラインをつくる
  • 100%ではなく目標ラインを先に仕上げる勉強ルーティンを確立する
  • 先生に相談して、優先順位と手抜きポイントを教えてもらう
使うツールや学習環境も、特性に合わせて工夫を

目的が明確であれば、学び方は自由でいい!

—— 自分の得意・不得意に合わせて勉強法もさまざまな工夫ができるということですが、注意する点はありますか?

田中教授:学校で教えてくれる方法は、これまでの経験から、多くの人が学びやすい方法と考えられた方法である場合が多いです。そのため、学校で言われたやり方だけが正しいと思わないことです。たとえば学校から「漢字を10回書いて覚える」という宿題が出たとします。この目的は漢字を覚えることであって、10回書くことが目的ではありませんよね。10回書いても覚えられない子は20回書いたほうがいいかもしれませんし、書き方もそれぞれ覚えやすい方法があるかもしれません。実は私も、漢字を10回書けと言われたら、まず1画目を10回書いて、次に2画目を10回書くというように、他の子とは違う書き方をしたほうが覚えやすかったんです。

—— それは珍しいですね! 1画目がタテなら、タテタテタテ……と書いて、2画目のヨコをまたヨコヨコヨコ……と書くわけですか。

田中教授:あまりいませんよね(笑)。でも私は、そのほうが漢字を覚えられたんですよ。漢字を習得することが目的なので、方法はそれぞれでいいはずなんです。今は、マンガにもいろいろな学び方のヒントがありますよ。『ドラゴン桜』や『二月の勝者』など、受験を題材にしたマンガなどを読んでいると、こんなやり方もあるんだと気づけるかもしれません。

—— インターネットでも、さまざまな学習法を調べることができますね。

田中教授:大切なのは、目的が何かをはっきりさせたうえで、自分に合った方法を探ってみることです。ひとつやってみてダメでも、他の方法に変えればいいんです。いろいろ試して、自分がラクにできる方法を探ってみてほしいと思います。ラクをするのは悪いことではなく、覚えやすい、身につけやすいということですから。先ほどの私の漢字の覚え方も、スタートは「こっちのほうがラクかな?」でしたので(笑)。

—— ただ、周りの生徒と違う方法で学習することに、学校の先生や周りの大人が理解を示してくれるか不安に感じている子もいると思います。

田中教授:そこが難しいところですよね。生徒のみなさんには、「気にしないでいいよ」と言いたいところですが、これは生徒の問題ではなく、大人側の問題になってきます。大人が「こうあるべき」という固定概念を外さないとだめなんです。もちろん漢字は書けたほうがいいけれど、「この方法で書けるようにならなければいけない」というルールははないはずです。大人になると、何かを学ぶときに本を読むのかネットで見るのか、スクールなどに通うのか、さまざまな選択肢から選べますよね。子どもにもその選択肢があっていいはずなんです。数ある選択肢の中から自分で決めることが大切で、一度選んだ方法が合わなかったら別の方法を試すという試行錯誤も必要なはずです。

—— 大人なら、静かな場所でするか、何かを口にしながら勉強するのかなど環境も選べます。子どもも選択肢がたくさんあっていいはずですね。

田中教授:自分で考える習慣をつけるためにも、学習が日常のメインとなる時代に自分で学び方やその環境を工夫することは重要だと思います。学校も多様な生徒に対応していこうと変わってきてはいますが、まだまだ不十分だと感じる場面が多いです。学び方については国語、数学などそれぞれの科目の専門家が、その科目ごとに学び方の選択肢を考えていくことも必要だと感じています。

—— 最後に、今、他の子と同じ方法では勉強がうまくいかないと感じている中・高生にメッセージをいただけますか。

田中教授:自分に合った学び方は必ずあります。勉強に苦手があることは中・高生にとってはつらいかもしれませんが、そこで自分を全否定しなくても大丈夫です。勉強が苦手でも生きられないことはありませんし、あるときわかるようになることもあります。大人も子どもも、みんな凸凹があって、多かれ少なかれ困りごとを抱えているものです。勉強に限らず、自分の得意なこと、不得意なことを考えながらラクになる方法を模索していくことが、大人になってから必ず役に立ちます。

—— 自己否定をしないことは大切ですね

田中教授:困ったときには、誰か相談できる大人を見つけてほしいと思います。といっても、答えを出してくれる人を見つける必要はありません。話を聞いて、一緒に考えてくれる人はどこかにいるはずです。

—— ありがとうございました。

取材協力

神戸女子大学教育学科
田中裕一教授

1970年生まれ、大学卒業後は企業の社会人野球チームでプレーし、その後、兵庫県内の知的障害者施設、教員、兵庫県教育委員会、文部科学省特別支援教育調査官、兵庫県立山の学校長という異色の経歴の持ち主。7度の退職願を書いて現職。著書に『通常学級の発達障害児の「学び」を、どう保障するか』(小学館)、編著に『LDの子が見つけたこんな勉強法』(共同編著・野口晃菜、合同出版)などがある。

<取材・文/大西桃子>

この記事を書いたのは

大西桃子
ライター、編集者。出版社3社の勤務を経て2012年フリーに。月刊誌、夕刊紙、単行本などの編集・執筆を行う。本業の傍ら、低所得世帯の中学生を対象にした無料塾を2014年より運営。
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