高校野球ファンなら、「日本ウェルネス高等学校」の名を聞いて、ピンとくる人も多いのではないでしょうか?
日本ウェルネス高等学校・東京キャンパスは、2020年、埼玉西武ライオンズにドラフト1位で指名された渡部健人選手の母校であり、2016年、2017年と続けて全国高校野球選手権東東京大会でベスト16に進出した通信制高校です。
また、2023年ドラフト会議でも、沖縄キャンパスから楽天イーグルスに4位指名、宮城校からは楽天イーグルスに7位指名された選手を輩出しています。
「部活にも打ち込みたいけれど、通信制高校では難しいのでは?」そんなふうに考えている人も多いでしょうが、実際には部活動で好成績を残す通信制高校も増えてきています。
そこで今回は、日本ウェルネス高等学校・東京キャンパス野球部の美齊津忠也(みさいつ・ただなり)監督と、この秋からキャプテンになった2年生の内田翔貴(うちだ・しょうき)さんに話をうかがい、同校の野球部がどのようにして今のレベルまで成長したのかを探ってみました。
創部当初は人数が9名に足りず、サッカー部の部員を足して試合をしていた!?
日本ウェルネス高等学校東京キャンパス野球部が創部したのは、2011年のこと。
当時は人数が少なく、公式戦にもサッカー部員に参加してもらって出場していたのだとか。
美齊津監督は、その頃の様子をこう語ります。
「とにかく、部員たちのいちばんの目標は公式戦で勝利すること。ただ、他校に練習試合を申し込んでも、承諾してくれるのは私の知り合いの先生がいる学校のみで、つながりのない学校からはことごとく断られていました。
やはり通信制高校ということで、『茶髪の選手がいるんでしょ』とか、『ちゃんと野球に取り組んでないんでしょ』というイメージで見られてしまうようなんです。だから、身だしなみを整え、髪型は坊主、挨拶や返事、礼儀、感謝する心、人を思いやる心を持ち、いわゆる『高校球児らしい部員』を目指すことにしました」
そのような努力の中、初の公式戦勝利の目標を達成したのは創部から3年後、2014年の秋大会のことでした。
「応援してくれた父兄の方々も涙を流すほど喜んでくれて、大きな手応えを感じました。改めて部員たちと話し合ったところ、部の目標が『公式戦で勝利する』から『甲子園に出る』に変わりました」
学校の運営母体である学校法人タイケン学園グループも、この部員たちの「勝ちたい」という強い気持ちに応え、2015年から野球部を「強化指定クラブ」に指定。強化策の構築、寮の整備、指導者・進路先の拡充などを行ったことで、25名の新入部員が加わり、チームには甲子園を目指すにふさわしい体制が整ったのです。
そんな学校側のバックアップに、部員たちも応えました。翌年の2016年の春大会ではブロック予選2試合を初めて勝ち上がり、その勢いのまま都大会3試合を勝ち抜きベスト16に進出し、夏大会のシード権を獲得したのです。
さらに2017年の夏大会でも順調に勝ち上がり、大会初の5回戦に進出。ベスト8をかけて甲子園出場の常連校の帝京高校と対戦し、1対4で敗れたものの、この試合で「日本ウェルネス」の名を多くの人に認知してもらうことに成功したのでした。
授業は午前中のみ。午後と土日の朝から夕方まで野球三昧の恵まれた環境
2022年入学の内田翔貴さんは、その評判を聞いて、日本ウェルネス高校に進学した生徒のひとりです。
小学生のころからクラブチームに所属し、中学生になってからは名門・調布リトルリーグ・リトルシニアでプレイしていた内田さん。「日本ウェルネス高校に進んだ先輩から、「野球に徹底的に取り組む環境が整っている」という話を聞いていたのだとか。
「午前中の授業が終わると、13時30分から日が暮れるまで、土日は朝から夕方まで練習できる環境で、まさに先輩の言葉どおりでした。自転車で30~40分のところに野球部専用のグラウンドがあって、練習後も校舎にあるトレーニングルームで筋トレすることができる。おかげで小柄だった身体も、野球選手にふさわしい身体に鍛えることができました」
1年生のときは目立った活躍ができなかったという内田さんが頭角を表すきっかけとなったのは、2年生のときに迎えた2023年の夏大会でした。
相手校は、都立小山台高校。1点リードで迎えた9回表、2本の安打とエラーで同点に追いつかれ、試合の流れが押され気味になっていました。そして迎えた9回裏、ケガで退場した選手に替わって途中出場していた内田さんが打席に入ったのです。
「緊張しましたね。この回で点を取らなければ、延長になってしまう。とにかく、無我夢中で振ったバットにボールが当たって、ヒットになりました」
この一打が試合の空気をガラリと変え、結果的に延長11回、1点を返して2対1のサヨナラ勝ちに導いたのです。
次の5回戦では実践学園高校と対戦し、6対9で敗戦しましたが、この年もベスト16に入ることができました。
不登校生からキャプテンになった部員も。部員が互いに支え合う文化がある
野球部は毎年、夏大会を終えて3年生が引退すると、2年生から新キャプテンが生まれ、新しいチームづくりに向けて一歩を踏み出します。
2023年の秋にキャプテンになった内田さんは、どんな理由で選ばれたのでしょう?
美齊津監督にうかがいました。
「実は当校の野球部には、複数のキャプテンがいます。グランド整備のキャプテン、内野のキャプテン、バッティングのキャプテンという具合に役割によってそれぞれのまとめ役がいるんです。さらにそのキャプテンたちのまとめ役を務めるのが、総合キャプテンとも言うべき内田くんです。
彼をその役に起用した大きな理由は、口先ではなく、行動で部員たちにやるべきことを伝えられる存在だと思ったからです。部員全員が内田くんを模範として行動してくれれば、きっと人に好かれる、強いチームになってくれるはずです」
日本ウェルネス高校野球部には、内田さんのように野球をプレイするために入学した生徒だけでなく、不登校などを原因に地元の学校に通うことができずに入学した生徒もいます。
中には途中で学校だけでなく、練習にも参加できなくなる生徒もいるといいますが、「去る者は追わず。来る者は拒まず」というのが野球部の方針です。つまり、「一度練習から離れてしまった部員でも、再びやる気を取り戻したときには元のように受け入れてくれるのです。
「練習に戻ってきた部員のケアをするのも、キャプテンの大事な役目です。そういう理由から、かつて不登校だった部員がキャプテンを務めたことも何度かあります」と美齊津監督は説明します。
「少人数で始まった野球部ですから、部内では部員同士が支え合って物事を行う文化があります。野球部というと、一般的には『先輩の言うことは絶対』という風潮があって、先輩後輩の間には強い上下関係があるといいますが、当校の野球部ではそういった上下関係はありません。下級生だろうと、自分の意見があれば何の抵抗もなく先輩に言うことができる。今年からは、髪形も自由にしました」
というわけで、内田さんは幼稚園児だったとき以来、坊主ではない髪形で日々を過ごしています。
そんな内田キャプテンにこれからの意気込みを聞いてみました。
「今年、系列校の沖縄校のワォーターズ璃海選手と宮城校の大内誠弥選手がドラフトで楽天に指名され、プロ野球選手になりました。交流戦で練習試合をし、同じユニフォームを着ていた先輩がプロになったことは、大きな励みになりました。
野球の基礎をしっかり身につけていることが我が野球部の強みだと思っています。今後、試合で良い結果を出せるよう、全力を尽くしていきたいです」
少人数の弱小校だった日本ウェルネス高校の野球部ですが、「試合に勝つ」という成功体験をひとつひとつ積み重ねてきたからこそ、現在のようなレベルに達したということがよくわかります。
「甲子園に出場する」という目標に向けて突き進む彼らの姿に今後、注目しましょう!
取材協力
日本ウェルネス高等学校東京キャンパス
週5日、週2日、通学0日(在宅)から好きなスタイルを選べ、年間4〜10日のスクーリングと単位認定試験で高校卒業資格が取得可能。また、進学、スポーツ、ペット、音楽、吹奏楽、マンガ・イラスト、声優などの多彩な専攻科目も選べる。野球部の部員は週5日スタイルで、平日の午前は授業、午後と土日を練習という時間割で日々を過ごす。
学校法人タイケン学園グループが運営する通信制高校。
<取材・文/内藤孝宏>
この記事を書いたのは
「ボブ内藤」名義でも活動。編集プロダクション方南ぐみを経て2009年にフリーに。1990年より30年以上で1500を超える企業を取材。また、財界人、有名人、芸能人にも連載を通じて2000人強にインタビューしている。2男1女の父。次男は不登校を経験している。