「学びの多様化」は実現可能? 専門家に聞いた現状と課題

専門家に聞く

2024/10/29

不登校の児童・生徒の増加に伴い、文部科学省によって設定された「不登校特例校」。不登校やさまざまな困難を抱える子どもが等しく学ぶ機会を得られるように、学びの多様性を認める学校として動き出しました。
この不登校特例校が2023年には「学びの多様化学校」と名称を変更。2024年4月の段階で、全国35校に設置されています。

こうした国の動きと同時に、民間でも、学びの多様性を認めていこうという声は高まってきています。
従来の学校における全員一律の教育スタイルではなく、一人ひとりの特性・個性に合わせた学びができる場として、さまざまな教育の場が今、増えてきています。

多様性を認めていこうという時代の流れの中で、教育も多様化が叫ばれている今。学びの多様化とは具体的にどのようなことを指し、現状はどこまで進んでいるのでしょうか。また、どのような課題を抱えているのでしょうか。
教育研究者で、私塾やフリースクールなども運営する古山明男さんにお話を伺いました。

公立でも民間でも、多様化が進行中

—— 「学びの多様化」という言葉がよく聞かれるようになった昨今ですが、国が進めているものと、民間が進めているものとがありますよね。その違いをまずご説明いただけますか。

古山さん:公的なものとしては、2023年に不登校特例校から名称変更した「学びの多様化学校」があります。こちらは、不登校の児童・生徒が急増している現状を踏まえ、より柔軟に対応する学校を作ろうという話で、学習指導要領をすべて網羅しなくてもよいという特例を設けている学校を指します。

—— 多様化という言葉からは、学習指導要領にこだわらず、さまざまな学び方や科目に取り組んでいこうというイメージがありますが、そうではないのですか。

古山さん:そのとおりですが、折衷的なものです。文部科学省は、学びの多様化学校においては学習指導要領に基づく教育課程を半分くらいに減らし、残りを学校の裁量に任せています。「学びの多様化学校」に行くには、それまで在籍していた学校から転学します。

—— 「学びの多様化学校」は2024年時点でまだ全国に35校ですから、選べない人も多いでしょうね。

古山さん:ほかに公的な学びの多様化の例としては、自治体の教育センターが、学校に在籍したままで行ける教室を用意しているケースが多いです。以前は「適応指導教室」と呼ばれていたものですが、現在は学校への適応を指導するところから、自由に遊ばせるところまで、いろいろなところがあります。また、学校内には、教室でみんなと一緒に授業を受けられないときに過ごせるステップルームがよく作られています。

—— 特性に応じて、学ぶ内容や方法を個別に変えていくという話ではないわけですね。

古山さん:まだ、そこまでやりきるだけのノウハウがないのでしょうね。学習指導要領の傘の下からは出られないので、本当に多様なのかと言われるとそうではないのが現実です。ただ、「イエナプラン」を取り入れる動きは出てきています。

—— ドイツ発祥で、オランダで広がった教育モデルですね。詳しくは後ほど触れるとして、それは学習指導要領と両立できるものなのですか。

古山さん:イエナプランのコンセプトを取り入れつつ、学習指導要領に沿った内容で進めていく工夫はできます。教室にこだわらず図書室やオンラインで学習したり、自分のペースに合わせてカリキュラムを進めたり、探求学習に力を入れたりすることは、従来の教育課程の中でも実現は可能です。

—— そういう動きも出始めているのは注目していきたいですね。

古山さん:はい、注目すべき動きです。しかし、義務教育ではやはり教育課程によって強く統制されていて、限界があると感じます。一方、義務教育ではない高校はすごく多様化が進んでいますね。さまざまな専門課程ができたり、学びのスタイルを選べたり、全日制普通科以外の選択肢も増えてきています。通信制高校が増えているのもその象徴です。

—— それは確かですね。義務教育段階の小・中学生を対象に考えると、民間でも多様な学びを認めていこうという考え方は少しずつ広まっているように感じます。どういった様子なのでしょうか。

古山さん:国よりも民間のほうがずっと早く、多様化を進めてきています。学校教育法で規定されている学校の中では子どもの学習権が十分に守れないと感じ、学校以外の方法で学ぶことを認めてほしいという思いを込めて「学びの多様化」という言葉を使ってきた人たちもいます。

—— 学校教育法や学習指導要領に則った学びの場や内容にこだわらない、さまざまな教育のプランやコンセプトがありますよね。

古山さん:そうした国の規格以外の教育のことを、オルタナティブ教育と言います。オルタナティブ教育の中にもさまざまなものがあって、多様な民間団体が教育の場を運営しています。

学校以外の学びの場、オルタナティブ教育には何がある?

—— では、オルタナティブ教育の中にはどのようなものがあるのか、代表的なものを教えていただけますか。

古山さん:有名なものではまず、オーストリア出身のルドルフ・シュタイナーの思想に基づいた「シュタイナー教育」があります。子どもの個性を尊重し、「からだ」「こころ」「あたま」のバランスを重視して、教育を総合芸術としてとらえる考え方です。正式にシュタイナー教育を取り入れている学校も、日本にはいくつかあります。学校として認可されているところでは、学習指導要領の弾力運用を認められている「教育課程特例校」という形になっていますが、それをよしとせずに正式な学校にならずに教育を行っているNPOなどもあります。

—— 正式な学校として教育を行うためには、やはり学習指導要領を軸にせざるを得ない面があるのですね。そうなると、理念と完全に一致しなくなり、それをよしとしない団体もある、と。

古山さん:シュタイナーの考え方には、教育は国家に統制されてはいけないというものもあります。これを受け継ぐと、国が定めた学校の枠組みの中ではできないことになります。

—— 学校教育法とどこまで折り合うか、バランスのとり方も多様なんですね。

古山さん:もともと日本で盛んだったオルタナティブ教育は、デモクラティックスクールです。サドベリースクールと呼ばれることもあります。これは学校の規則に従って学ぶのではなく、子どもたちが主体的に学ぶ力を引き出し、子どもたち自身が学校を運営するスタイルです。不登校が増え始めた1990年代頃から、学校に対するアンチテーゼとしてデモクラティックスクールが増えてきました。子どもの要望がなければ授業も行わないし、ルールも自分たちで決める。このスタイルでは正式な学校にはなりようがありません。

—— 授業がない、決められた教科書を使わないなどは、学校の規格には当てはまらないわけですね。

古山さん:はい。一方、先ほど話が出たイエナプランについては、公立の学校にもフリースクールにも取り入れられていて、オルタナティブ教育でも学校に近い中間的な位置づけとも言えます。イエナプランは2000年代に日本に入ってきたもので、異なる年齢の集団の中で学びながら、子どもが主体的に考えて行動することや、他者を尊重して互いに協力し合うことを重視します。これは先ほども話したように、学習指導要領と折り合いをつけながら取り入れやすい教育方法です。

—— イエナプランを公立の学校で取り入れる場合、先生たちの理解度の低さや経験の浅さによって実現が難しくなったりすることはないのでしょうか。

古山さん:そのとおりです。ただ、イエナプランを実践するには、研修を受け経験を積んだ先生の数を確保しなくてはならず、たくさんの教材も必要になります。公立であればその資金を国や自治体の予算から捻出することができます。民間では資金不足で続けられないところも多く、イエナプランに手を出せる民間のフリースクールはあまり多くはないんです。

—— なるほど、公立の学校だからこそやりやすいという考え方もあるわけですね。あとは、棋士の藤井聡太さんが幼少期に受けていたという「モンテッソーリ教育」も有名ですよね。

古山さん:モンテッソーリ教育はオルタナティブ教育の老舗ですね。子どもには自分自身を成長させる力が備わっていると考え、子ども自身が興味を持ったタイミングで自発的に学んでいくことを尊重していく教育です。日本では未就学児を対象にした教育の場が多いですが、諸外国では高校まで一貫してモンテッソーリ教育を行う学校が多いです。

—— ホームスクールも、オルタナティブ教育に入りますか?

古山さん:はい。私自身も、ホームスクールに力を入れています。学校に通わずに家庭で学習する教育方法ですが、不登校の子どもの保護者たちは、「学校に合わずに元気を失っている今の状態を、何とか変えてあげたい」と心配しています。そういう子どもには、安心できる場所や、休むことのできる場所が最も重要で、家が安心できる場所ならホームスクールがまずは理想の場だと思います。子どもの興味・関心を確保できるので、やりやすい教育法です。

—— どのような教育が今の子どもの状態に合っているかという視点も大切ですね。

子どもの「今」のニーズを見極めることも大切

—— 今、オルタナティブ教育が抱える課題としては、どんなものがあるのでしょうか。

古山さん:まずは、多様な学びの場を用意したいと考えても、法律に則った正規の学校でないと、人材確保が難しく、運営がままならない点です。国からお金が支給されないので給料をまともに払えず、維持するのが難しくなってしまうのです。

—— 学校教育法で認められている学校の幅が狭いことも原因ですね。

古山さん:はい、制度面と経済面で制約がある中、志だけで何とか続けている団体がほとんどです。不登校だけでなく発達障害への理解も広まってきた中で、学習指導要領を少し手加減してもいいという特例は認められるようにはなりましたが、日本の教育の考え方は、いずれ就職して生活できるようにするための訓練だというものです。そんな中、訓練という姿勢に合わない子どもに対しては、民間が何とか対応しているのが現実です。

—— 国に認められた学校に行かないと、高校や大学への進学、その先の就職に支障をきたすのではと考える人も多いですよね。

古山さん:そのとおり、多いです。でも、マイノリティもけっこういるんですね。教育観がそもそも違う人たちもいます。進路を心配するどころではなく、今困難を抱えている子どもも多いです。今、外に出ることができない。今、他の子とコミュニケーションがうまくとれず悩んでいる。今、学校の授業についていけず苦しい。こうした子どもたちが今学べる場所というのは、必要ではないでしょうか。

—— そうですね。今通っている学校に合わなくて、自分はダメだと思い込んでしまっている子も多いと思います。

古山さん:それぞれ個性や成長度合いが違う中、みんなと同じようにできず「ダメな子」という扱いをされてしまうと、子どもは自己否定感を持ってしまい、成長が阻害されてしまうんです。実際には、中学まであまり勉強ができなくても、高校で自発的に勉強を始めた途端にできるようになったというケースはたくさんあります。

—— どんな教育コンセプトが合っているかだけでなく、子どもの今の状況にはどう対応するのが最適かを考え、できないことを否定しないことが重要なわけですね。

古山さん:はい。心や体を休ませることが必要な段階なのか、コミュニケーションの基礎を学ぶことが必要なのか、そうした基礎は整っていて、学びの取り組みを支援したらいい段階なのか、「今」それぞれの子どものニーズを見極めることは大切です。

—— そう考えると、国が規定している学校以外の学びの場ももっと認められていき、段階に応じて選択しやすくなるとよいですよね。

古山さん:そうですね。文科省が2024年3月に公表した不登校に関する調査によると、学校のオンライン授業や教育センター、ステップルームなどの公的機関に対しても、「よかった」という人たちと「よくなかった」という人たちの両方がいます。公的機関だけでは、対応しきれないのです。民間のフリースクールなどにももっと助成金を支給して、受け皿が多様化していくことを願っています。

—— ありがとうございました。古山さんはオルタナティブ教育に関するセミナーや講演にも多数登壇しているとのことで、興味のある方はぜひ参加してみてください。

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取材協力

古山明男さん

1949年千葉県生まれ。京都大学理学部卒業。動物雑誌などの編集者を経て、私塾・フリースクールを開設し、不登校、地域活動、補習、受験などさまざまなニーズに応える。一方、古山教育研究所を主宰し、国内外の教育史や教育制度を研究。イギリス、アメリカ、オランダ、フィンランドなどの教育事情の視察から得た知見は、不登校の子どもたちと接する体験ともども、日本の教育制度研究に広い視野を提供している。

<取材・文/大西桃子>

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この記事を書いたのは

大西桃子
ライター、編集者。出版社3社の勤務を経て2012年フリーに。月刊誌、夕刊紙、単行本などの編集・執筆を行う。本業の傍ら、低所得世帯の中学生を対象にした無料塾を2014年より運営。