【大人の失敗から学ぼう Vol.04】人と比べず、失敗してもやり続ければうまくなる!(三遊亭美るくさん)
生徒・先生の声
2020/10/29
さまざまな業界で活躍する大人たちの失敗談から、生きていくヒントをいただこうという本シリーズ4回目。今回インタビューさせていただいたのは、女性落語家の三遊亭美るくさん。
美るくさんは、IT企業2社での会社員経験を経て、27歳のときに未経験で落語の世界に飛び込むという思い切った決断をしました。
各地の寄席で高座に上がり、地元の千葉県でも毎月『月イチ落語会』を開催、現在注目される落語家のひとりです。
寄席では毎回多くの人を笑わせている美るくさんですが、実は「以前は人前で話すのは苦手だった」と言います。それなのに、なぜ落語家の道を……!?
お話を伺っていくと、「私、失敗だらけなんですよ」「まだまだ学ばないといけないことばかり」と、非常に謙虚。そんな美るくさんの失敗談を、詳しく聞いてみましょう。
失敗も、落語のネタになる!
── 今回のインタビューは失敗談がテーマなのですが、まず子ども時代の失敗で覚えているものはありますか?
人生失敗だらけなんで! いくらでもありますよ(笑)。子どもの頃だと、私、実は音を消してオナラをする「すかしっぺ」ができないんですよ。
── えっ、いきなりすごい話が飛び出してきましたね(笑)
音を出しちゃうことでよくみんなに笑われていて。音を消せないのはもうしかたがないのでネタにしていたんですけど、中学生のときに英語のリスニングテスト中に大きな音でオナラが出てしまって、リスニングの音をかき消してしまったんですよ。あれは申し訳ないなと思いましたね。
── それはなかなか……。子どもでも女の子ですし、特に思春期は結構つらかったのでは?
もちろん小学生のときは大問題ですよ。他の子のオナラでも全部私のせいにされちゃいますし(笑)。でも、だんだん開き直ってきてネタにするようになっていました。今は落語のマクラ(本題に入る前の世間話や小咄で、落語を聞きやすくするためのもの)に使えたりもするので、助かっちゃっていますけど。
── 美るくさんは、失敗はすべてネタにして乗り越えてきたという感じなんでしょうか。
できることなら、ネタにしてしまったほうがいいですよね。でも、今もまだまだ失敗だらけで……。自分のことをもっとたくさんの人に知っていただきたいと思っているのですが、テレビにもなかなか出られないんです。というのも、テレビでは過去2回失敗しているんですよ。
1回目は、『BS笑点』(BS日テレで放送されていた番組)でのこと。お題を言われて、面白い答えが思い浮かんだんです。それで手を挙げたんですけど、先に他の方に当てられてしまって、その方の答えを「面白いなぁ」と聞いているうちに、自分の答えを忘れてしまったんです。その後当ててもらえたんですけど、何も思い出せなくて……。それから呼ばれなくなってしまいました。
大喜利って、思いつくまでが大変だと思っていたんですけど、思いついた答えを覚えているほうがよっぽど大変なんだとわかりました。
2回目は、生放送の番組で食レポをするというものだったんですが、それが大福だったんですね。大福を食べて、さあ感想を言おうと勢い込みながら深く息を吸ったら、大福の粉が喉に吸い込まれてむせてしまったんです。
こんな失敗があったことで、テレビにはなかなか呼んでもらえないんですよ……。
── その場面も、思わず笑ってしまいそうですが。
うーん、今度はもっとうまくやりたいのでぜひ呼んでいただきたいです。
人前で話すのが苦手な会社員が、落語家に転身
── 美るくさんは、落語家になる前は会社員をされていたんですよね。
はい。奨学金をもらいながら工学院大学の化学科に通い、その後ソフトブレーン株式会社というITベンチャーに入社しました。パソコンが得意なわけではなかったんですが、働きながら学んでいこうとSE(システムエンジニア)として就職したんです。あの頃も、たくさん失敗がありました。たとえば入社して最初にやるのが、仕事に使うためのパソコンの組み立てだったんですが、詳しくないのでわかるはずもなく……。自力でやらなくてはいけないのですが、周囲の人に助けてもらってやっとできあがりました。
それから新人研修では、飛び込み営業に出て名刺を50枚配ってくるというミッションがあったのですが、これもできるわけがないと思って、喫茶店に入って近くに座っているおじさんに「名刺交換してもらえませんか」なんてお願いして乗り越えました。だから、みんなが汗をかいている間、私は誰よりも早く名刺が配れてしまったという。
── 失敗ではなく、逆にうまくやっちゃっていますね(笑)
同期たちと比べてもできないことばかりだったんですが、こんなふうに何とかして乗り越える場面は多かったかもしれません。でも、ソフトブレーンでは持ち回りで、朝礼時に3分間スピーチをしないといけなかったんです。これは苦手でしたね。人前で話すのがすごく苦手だったんです。
── えっ、落語家さんは人前で話すのが仕事ですよね。意外です。
人前で話そうとすると、緊張して声が思うように出なくなってしまうんですよ。だから、落語家になったばかりの頃は、寄席でも「声が聞こえない!」とお客さんからお叱りの声が飛んできたりもしました。インターネットの掲示板でも、「すぐ辞めるだろう」なんて書かれてしまっていたくらいです。
── どうやって克服されたんですか?
慣れですね。よく、緊張しているときには手のひらに「人」という字を書いて飲み込めとか、お客さんをかぼちゃだと思えとか言いますけど、あれは嘘。そんなことをしても緊張はほぐれません! ただ、続けていればできるようになるんです。また、続けることで原因がわかってくることもありますしね。
── でも、人前で話すのが苦手なのに、落語家になろうと思ったのはすごいですね。
落語家になる前に、ソフトブレーンで上昇志向の強い仲間たちから刺激を受けて、大手IT企業に転職したんです。そこでは社員同士のやりとりがチャットだったり、暗黙のルールで挨拶がNGだったりして、人間味あふれる仲間たちと働けていた前の職場と大きなギャップを感じることになりました。まさに実力勝負という雰囲気で、後輩を育てたり、仲間同士で協力したりということのない、人間関係が希薄な職場だったんです。それが苦痛になってしまって……。
精神的に疲れ果てていたある日、友達に誘われて寄席に行くことになったんです。当時は落語を聞いたこともなく、「笑点」くらいしか知らなかったので、つまらなかったら寝ていればいいやと軽い気持ちで行ったんですね。そうしたら、落語はものすごく人間味に溢れていて、面白くて。そこから休日には一人で寄席に通い詰め、どんどんハマっていきました。それで、落語家になろうと思うようになったんです。
── 大手企業の安定した収入を捨ててでも、落語の世界に入りたいと思ったんですか。
はい。収入よりも、人間らしい生き方をしたいという気持ちが勝りました。大手企業では、人間関係が希薄な中で誰からも叱られることがなかったので、お師匠さんに厳しく叱られながら育ててもらえることも魅力に感じました。それで、憧れていた女性噺家の三遊亭歌る多師匠のところへ、履歴書を持ってスーツ姿で会いに行ったんです。弟子入りする方法なんてどこにも書いていなかったので、普通の採用面接のようにして、師匠にお願いするしかないと思ったんですね。それで、師匠が出る寄席で出待ちをして、思い切って声をかけたんです。
── その勇気と行動力……すごいですね!
興味を持ったら行動!そして、続けることで道が開ける
── 高座では、人前で大きな声を出せるようになってからはあまり失敗はないのですか?
いやいや、ありますよ! 言葉に詰まってしまったり、噺の続きが思い出せなくなってしまったり。慣れてくるとごまかし方もわかってくるんですけど……。でも、失敗をすることで、よりしっかり練習ができるようになり、同じ失敗をしないようになっていきます。
勉強も同じだと思いますが、「あとでやろう」と思って結局やる時間がなくなって、後悔することってありますよね。「この前失敗したから次こそは」など、何かがないとやろうという気が起きないことってあると思うんです。でも、失敗していれば、「次も同じことが起こったらどうしよう」と恐怖感が芽生えて、しっかり準備するようになるんです。
だから、物事は失敗しながらでも続けていくことで、上達していくんだと思います。
── 何事も続けていくことが大事だということですね。
会社時代も数年で転職して、落語の世界に飛び込んだ私が言うと矛盾しているように聞こえるかもしれませんが、本来は物事は続けたほうがいいと私は考えています。転職するか迷っている人がいるなら、「迷うくらいならその場にいたほうがいい、納得するまで続けることで見えてくるものがあるから」と思うんです。それよりもやりたいことがあるのなら、迷う前に飛び込んでいるはずですし。やりたいことがあるならすぐ行動をする、そうでないなら今目の前のことを納得いくまで続ける、それがいいんじゃないかなと私は思っています。
── 今のままでいいのかな、と悩んでいるときには、悩むよりも今できる努力をしたほうがいい、と。
悩んだり迷ったりするときって、他人と比べていることが多いように思います。私も落語家になってすぐの頃は、同じ女性でももっと華のある人、上手な人を見て、自分と比較して落ち込むことが多かったんです。でも、比較してもしかたがないことってあると思うんです。それよりも、今できるのは目の前のお客さんを笑わせること。そのために努力すること。それしかできないんですよ。そう思って誰かと比べなくなると、気持ちも楽になってきました。
── 今やるべきことが思い浮かばなくて、悩んでいる中高生も多いと思いますが、そういう子に何かアドバイスはありますか?
打ち込めることを見つけるには、少しでも面白いなと思ったものがあったら、実際に行動してみるしかないのかなと思います。落語だったら、まずはYouTubeで見てみる。そして、寄席に行ってみる。画面で見るのと、実際に寄席で体験するのとでは全然違うので、動くことはとても大切だと思います。音楽でも絵でも、興味のある国でも何でもいいんですが、動くことって大事です。たとえば寄席に行ってみてピンと来なかったとしても、その帰り道に興味を引くものが見つかるかもしれません。そういう偶然の出会いも、行動することで出てくると思うんです。
── そして、面白いと思うものを見つけたら、納得がいくまで追求してみる。そうすると道が開けてくるかもしれないということですね。
はい。私もまだまだ失敗ばかりで精進しないといけませんが、頑張って続けていこうと思います。
── ありがとうございました。
たまたま誘われて寄席に行ったことで、ほとんど知識のなかった落語の世界に飛び込むことになった美るくさん。外に出て行動してみることで、みなさんにも新しい「夢中になれるもの」が見つかるかもしれません。
そして、それが見つかったら、失敗してもそこから気づきや「次こそは」という気持ちを得て、納得がいくまで続けること。そうするうちに、その道の「真打ち」に上り詰めることがきっとできるでしょう。
取材協力
三遊亭美るくさん
1979年生まれ。2003年工学院大学を卒業、会社員生活を経て2006年に三遊亭歌る多に入門、翌年前座となる(前座名「歌る美」)。2011年に二つ目に昇進、「美るく」と改名。
公式ブログ:https://ameblo.jp/3utmilk/<取材・文/大西桃子 >
この記事を書いたのは
ライター、編集者。出版社3社の勤務を経て2012年フリーに。月刊誌、夕刊紙、単行本などの編集・執筆を行う。本業の傍ら、低所得世帯の中学生を対象にした無料塾を2014年より運営。