勉強するための資金援助を! 児童養護施設の子どもたちのスピーチイベント「カナエール」
専門家に聞く
2016/09/01
勉強したいのにお金がない! 世の中には、こうした悩みを抱える子どもたちがいる。
高校を卒業すると、通常7割程度の子どもたちが大学へ進学する。しかし、高卒者の中で児童養護施設で育った子どもたちの進学率は2割程度だという。進学できない理由のひとつが資金不足だ。
今回紹介する「カナエール夢スピーチコンテスト」は、児童養護施設の若者の夢を応援する奨学金支援プログラム。今年は、東京・横浜・福岡で開催された。
カナエール夢スピーチコンテストに出場をはたすと進学のための奨学金がもらえる。一時金30万円と、大学や専門学校卒業までの期間の毎月3万円が1人あたりへの支援金だ。
月3万円の奨学金は、アルバイト時間37.5時間(時給800円換算)に相当する。カナエールプログラムの運営団体「NPO法人ブリッジフォースマイル」は、この3万円を「時間のプレゼント」と呼ぶ。時間のゆとりが、若者たちの心のゆとりにつながるという考えだからだ。
カナエール夢スピーチコンテストへの出場権を得るためには、書類や面談による審査が必要で、審査を通過し、コンテストへの出場をはたせば全員が支援対象者となる。本番のスピーチコンテストでは、進学して叶えたい自分の夢を語る。イベント入場者たちが購入したイベントチケットが、奨学金の一部となる。
今年の出場者たちの希望する職業は、ゲームクリエーターやパタンナー、カフェ経営者、作業療法士、保育士、美容師、シェフなど。夢を語るとともに、生活がままらない状況や他人からの心ない言葉など、子どもたちの過酷な状況も伝えられた。
「僕にとって施設は楽しいところだったから、それを伝えるためにも施設職員になりたい」。そう語ったのは、横浜会場のピンクチームの“ジェイ君”だ(写真)。
何かあるとすぐ逃げ出していたという彼はそこにはいない。すべての登壇者のスピーチから「夢を叶えたい」という熱い気持ちが伝わり、横浜会場は終始あたたかくやさしい雰囲気に包まれていた。
イベントを主催するNPO法人ブリッジフォースマイルは、子どもたちの居場所づくりや自立を支援する団体だ。彼らの支援は金銭面だけではなく、ステージに立つためのスピーチの準備サポートや大学卒業までのメンタル面でのサポートも行う。
コンテストへの出場権を得た子どもたちは、3人の社会人たちとチームを組む。その4人チームでコンテストまでの120日間、スピーチトレーニングや原稿制作などのさまざまなスタディプログラムに参加する。そして、プログラムはその120日間では終了しない。彼らが進学する大学や専門学校を卒業するまでの奨学金を受ける期間、子どもたちは定期的に面談やイベントに参加し、交流したり卒業の障害となりそうな悩みやつまづきを相談したりする。
NPOブリッジフォースマイルの理事で、今年のカナエール実行委員会委員長(東京・横浜)でもある植村百合香さんに、プロジェクトについて話を聞いた。
――奨学金応募者の動機は、どんなものが多いですか?
「以前は、単純に進学のためのお金が必要だからという理由がほぼ100%でした。ただ最近は少し変わってきたんですよ。先輩のスピーチを見て、カナエールを知って、やってみたいという子が増えてきました。あんなに堂々と夢を話していいんだ、と感じてくれたことが動機になり始めています。良い連鎖なのでうれしいですね」
――18歳ぐらいの子が、初めて会う大人たち3人とチームを組んで自分のためのスピーチステージを目指す。これは、なかなか貴重な経験ですよね。
「そうなんです。ただ、子ども達自身は必ずしも経験が欲しいとか成長したいという動機で来るわけではなく、奨学金が必要だからという理由だったりします。とはいえ、大人たちがこんなにも自分の話を聞いてくれるという経験がひとつの自信になっていっているなというのは感じています」
――子どもたちには、プログラムを通してどんな変化がありますか。
「コンテストまでの120日間に、何度も原稿を書き直し、何度もスピーチの練習をします。スピーチトレーニングも行うので、人前で自分の思いを『伝える』ということが少しずつうまくなっていきます。子どもによっては、表情や姿勢が変化するようにも感じます」
――自信がつくんですね。
「例えば、施設出身であることを周りに隠していた子が、自分が施設出身であることも含めて認めてもらいたいと、コンテストでスピーチをしたことがありました。それをきっかけに、施設出身であることをあまり隠さないようになったんです。コミュニケーションも、以前より柔らかくなったように感じます」
――ある種のカミングアウトですね。
「ものすごく勇気がいることです。信頼関係ができあがってないと、なかなかできないのではないでしょうか。世の中の偏見を感じている子どもたちが、自分や周囲の人ときちんと向き合うのは難しいことだと感じます。カナエールを通して応援者の存在を知ることで、施設出身である自分が受け入れられるという実感を持てる子もいるようです」
――人間関係の作り方を練習するような感じですね。支える運営側も大変な苦労があるのではと感じますが……。
「自立という答えのないテーマは、それぞれの価値観が反映されやすいので大変ですね。子どもの教育方針をめぐっては、夫婦ですらケンカしますもんね(笑)。プログラム自体の経験則はたまってきているので、ゆくゆくは他の地域でも展開していけるようなモデル構築をしっかりしていきたいと思っています」
――ところで、カナエールには協力者が多いイメージがあります。
「運営側の人手不足はいつもなんですが、おかげさまで多くの方に助けていただいています。もっと協力が欲しいというところでは、やはり資金がまだまだ足りません。月額2000円の継続サポーター15人で1人の奨学生を支えるしくみです。企業へのアプローチももう少ししていかねばなのですけれど」
―資金は、個人からの奨学金継続サポート支援、企業からの寄付、コンテスト会場への入場料(夢チケット)がメインとお伺いしていますが、横浜のように公共団体との支援連携のパターンはほかにもあるんですか?
「拠点の追加展開は構想にあります。ただ、横浜市のように大きく資金面で支援いただいているケースは他にはまだないです。横浜市にはとても柔軟性高く対応していただいていて。いろいろとチャレンジさせていただけているのでありがたいですね。このケースをベースに地方公共との連携モデルを作って他にも展開できればいいなと思っています」
夢を叶えるためのサポートを受け取ることが決定した2016年の奨学生は、東京10名、横浜8名、福岡6名、計24名。エントリーした全員が夢スピーチコンテストへの出場をやりとげた。
不安や失敗の乗り越え方を知った人間は強い。サポートを受けた子どもたちが手に入れる、自分がどうしたいかと向き合ってそれを人に伝える力は、きっと本人と社会の役に立つに違いない。彼らの成長をまた見ることができる日が楽しみだ。
(矢奈川あやこ+ノオト)
取材先
NPO法人ブリッジフォースマイル
18歳で児童養護施設を出て、自立を迫られる子どもたち。彼ら、彼女らが施設を「巣立つ前」から「巣立った後」まで、継続的にサポートし、自立を支援するさまざまな活動を行う。子どもたちが抱える「生活するための知識がない」「相談相手がいない」「家がない」「お金がない」「働くことがどういうことかわからない」などの問題を解決し、子どもたちが施設から退所したあとに、自立して社会生活ができるようになることを目指して活動する。
※本記事はWebメディア「クリスクぷらす」(2016年9月1日)に掲載されたものです。