学費も教育費も負担増… 若者世代の投票で「今」を変えよう
教育問題
専門家に聞く
2021/10/30
第49回衆議院議員総選挙が2021年10月31日に行われますが、日本では近年、若い世代の投票率を上げることが課題となっています。
2015年に公職選挙法が改正され、18歳から選挙権が与えられるようになったものの、
「政治のことって難しそう!自分に何が関係あるのかわからないし……」
「候補者がたくさんいて、誰を選んだらいいかわからない」
といった理由で、なかなか投票に足が向かないという人も多いかもしれません。
でも、そのことによって、自分が大きな不利益を被ることになるとしたらどうでしょうか?
実は若者の投票率が下がってしまったことによって、子どもや若者たちは、もっと豊かになれるチャンスを失ってしまっているのです。
なぜなのでしょうか。
それは、政治家がどのようにして政治家になれるかを考えればヒントが見えてきます。
政治家は国民に投票され当選しない限り政治家になることはできません。
そうであれば、より投票率の高い世代に向かってアピールしたほうが当選する確率が高くなりますよね。
では若い世代と上の世代とで、実際に投票率はどれくらい差があるのか見てみましょう。
総務省調べによると、衆議院議員総選挙における20代の投票率は、1980年には63.13%、1990年には57.76%と、かつては半数以上に上っていました。しかしそれ以降、半数を超えたことは一度もありません。
一方、60代以上の投票率は変わらず高い数値を保っています。
過去3回の衆議院議員総選挙の投票率について、20代と60代で比べてみましょう。
ごらんのとおり、20代に比べると60代は投票率がほとんど2倍となっていることがわかります。
この世代による投票率の差によって、若い世代に不利な状況が生み出されていることを、今多くの人が指摘しています。
「目指せ!投票率75%プロジェクト」の実行委員で、認定NPO法人キッズドア理事長の渡辺由美子さんはこう言います。
「国がどうお金を使うか決めるのは誰かというと、簡単に言えば政治家です。その政治家を選ぶ選挙で、若者よりも高齢の人のほうが多く投票するとなれば、政治家が高齢の人に向けた政策をたくさん考えて票を入れてもらおうとするのは当然ですよね。その結果、介護や年金など高齢者に関係することにはお金がたくさん使われるけれど、その分、教育や子育てといった子ども・若い世代のために使われるお金は減っていきます。分配が偏っていってしまうんですね。だから、若い世代も投票に行くんだということを示すことが大切なんです」
では、次から具体的に、子どもや若い世代に向けた政策が今どうなっているかを見ていきましょう。
海外・過去の日本と比べても高負担な教育費
10〜20代にとって身近な政策のテーマといえば、教育です。
「目指せ!投票率75%プロジェクト」において行われたアンケート調査(2021年8月、回答数4万4,629 件)では、「教育無償化など教育費の負担軽減を進めてほしい」かどうかを尋ねる質問で、62%の人が「とてもそう思う」と答えています。「そう思う」と答えた26%を加えると、全体の9割近くが教育費の負担軽減を求めていることがわかります。
ちなみに、このアンケートの回答者は、19歳以下が3.8%、20代が40.3%、30代が35.2%と、30代までで約8割となっています。つまり、若い世代の多くが教育費軽減を求めていることがわかります。
「OECD(欧米など38カ国の先進国が加盟する国際機関)に加盟する国の中で、小学校から大学までの教育機関に対する公的支出の割合を比べると、日本はダントツに低いことがわかります。OECD平均は4.1%ですが、日本は2.9%(2017年)。38カ国のうち下から2番目です。トップのノルウェーは6.4%、アメリカは4.2%です。
日本は特に大学や専門学校など高等教育への公的支出が少なく、進学したい国民は大きな出費が必要となります。学びたい気持ちがあっても、諦めざるを得ない子どもたちがいるのが現状なのです」
大学に進学したければ、学費の安い国立大学を選べばいいという意見もあるでしょう。しかし、「上の世代の方は、自分たちの時代と比較してそう言いがちです。でも、国立大学の学費や入学費も大きく上がっていることをご存じない方も多いのです」と渡辺さん。
実際、文部科学省のデータを見てみると、たとえば現在60歳の人が大学生だったであろう1980年には、授業料が年間18万円、入学料は8万円というのが標準額となっています。授業料は4年間通って72万円。
一方、現在の標準額は授業料が年間53万5,800円、入学料が28万2,000円。授業料は4年間で214万3,200円となります。つまり、額は3倍に膨れ上がっているのです。
物価や最低賃金が上がっているから大丈夫?
「物価が違う、という声もあるかもしれませんが、この40年間で物価が3倍にも上がったということはありません。それに、今は大学に入るために予備校や進学塾で勉強するのが当たり前となっていて、学校外での教育費によっても差が出る時代です。ただ、そういう〝今の当たり前〟の感覚が、世代が違うと理解できないという人が多いのです」と渡辺さん。
この40年での消費者物価上昇は1.2〜1.3倍ほどとなっており、確かに上がってはいるものの、2倍、3倍というほどには至っていません。
また、「アルバイト代だって上がっているはずだ、学業とバイトを両立して……」という意見があるにしても、1980年の東京都の最低賃金は405円、2021年は1,041円で、およそ2.5倍。3倍には至りません。
また、一世帯当たりの平均年間所得も、1985年には約490万円だったところ、バブル期の90年代には600万円台後半まで伸びましたが、以降また下り坂となって現在は約550万円になっています。
こちらも2〜3倍にまで伸びているのならば、親が学費を捻出するにしてももう少しラクになるかもしれませんが、実際はそうではないのです。
子育て関連は9兆円、介護・年金には70兆円のアンバランス
教育費の他にも、「目指せ!投票率75%プロジェクト」のアンケート調査では、「子育て支援の拡充(児童手当の高校卒業時までの延長等)をしてほしい」という項目に、「とてもそう思う」と答えた人が63%、「そう思う」と答えた人が26%で、およそ9割に上っています。
児童手当は2012年以降、中学生以下の子ども一人あたり月額1万〜1万5,000円が支給されるようになっています。しかし渡辺さんは、「これが足りないという声が多いのが現状」だと言います。
「ここでもやはり、教育費が大きな問題となるのです。現在、日本の高校進学率は98.8%となっていて、ほとんどの子は働かずに高校に行きます。
高校に行けば、中学までとは違って、学費の他に通学費用や教科書代などさまざまな費用がかかるようになります。高校の授業料無償化などがあったとしても、出費は中学までと比べて増えます。しかし、児童手当はもらえなくなってしまいます。この1万〜1万5000円があればと苦しんでいる家庭も多いのです」
これでは、安心して子どもを生み育てようと思える社会とはほど遠いもののように感じられます。
「私たちの生活に関係するお金と言えば、年金、医療、介護、子ども・子育てなどの予算です。これらをまとめて社会保障費と言いますが、この分配のバランスが、子どもや若者に不利になっているのが現状です。子育て関連予算は約9兆円なのに対して、年金支給や介護関連予算は約70兆円です。圧倒的に、高齢者に偏っていることがわかりますよね」
こうしたアンバランスに加えて、働く若者に対しても不利な状況があると渡辺さんは続けます。
「労働者の所得はほとんど上がっていないのに、年金や社会保険料として納める額はどんどん上がっているため、手取り額が少なくなっています。非正規雇用者が増え、特にコロナ禍などでは困窮する若者が増加。正社員でも、働き方改革によって残業ができなくなったことで残業費が削られて昔ほど稼げなくなった人が多くいます。そんな中、『奨学金を借りて進学したら、その返済に追われることになるから、絶対子どもなんか産めない』と話してくれた10代の子もいました」
では、この状況をどうしたら変えていけるのでしょうか。
その答えが、若者が投票に行くということなのです。
「今、どうしてほしいか」を考えて投票を!
10〜20代が投票に行くときに考えてほしいこととして、渡辺さんは次のように話します。
「今の若い人は真面目で、〝自分たちも大事だけど高齢者も大事〟と、すべての人にバランスよい政策をと考えてしまうかもしれません。でも、現実を見れば、高齢者は高齢者で、やはり自分たちにとって得になるように候補者を選択していることがわかります。ですから、もちろん全体を見てもいいですが、〝自分たちや自分のちょっと下の世代が、今、生きやすくなるには何が必要か〟ということを考えていただきたいと思います」
今をガマンして、「将来のため」「老後に備えて」と数十年先のことを考えても、「今、給料が上がらない」「今、学費の負担に押しつぶされそう」「今、子どもを産み育てる自信がない」といった「苦しい今」の積み重ねの先に、あまり明るい未来は待っていないような気がします。
誰に投票するかを誰かにとやかく言われる筋合いはない
「政治のことがよくわからない人は投票してはいけない、投票する人を間違えてはいけない、と考えて投票をためらう人もいるかもしれません。でも、みんなに平等に与えられた一票をどう使うかは、その人の自由です。投票に間違いも正解もありません。周りがとやかく言う権利もありません。ですからもっと、伸びやかに一票を入れに行ってほしいなと思います」
もしこれから投票に行くつもりではいるけれど、どの候補者に入れるか迷っているという人は、「自分が気になる争点を1つ2つ選んで、そこに絞って選択してみるのもいい」と渡辺さん。
「ハラスメントの問題、LGBTや選択的夫婦別姓の問題。自分たちの世代に身近で、気になる問題はたくさんあると思います。たとえば学校生活の中で、ブラック校則で嫌な思いをしたことがあるなら、多様性を広げるような政策に目を向けてみるというように、身近なことから考えてみてください」
また、現在はまだ選挙権がない中高生も、さまざまな企業・団体がインターネット上で公開している「ボートマッチ」をやってみるのもオススメとのこと。
ボートマッチとは、さまざまな争点について自分の意見を答えていくことによって、どんな政党や立候補者が合っているかを推定してくれるというもの。分からない質問にはわからないと解答すればOKで、ゲーム感覚で進められるので、ぜひやってみてほしいと思います。
若い人の投票率が倍になれば、その意見は無視できなくなります。自分が投票できるのは1票しかなくても、世代でみれば大きな力になるでしょう。
気負わず、自分らしく自分のために一票を入れてみてください。
▼ボートマッチング参考サイト
選挙ドットコム 投票マッチング
毎日新聞ボートマッチ えらぼーと 2021衆院選
取材協力
2009年特定非営利活動法人キッズドアを設立。日本の全ての子どもが夢と希望を持てる社会を目指し活動を広げている。子どもへの学習支援や居場所運営に加え、2020年より新型コロナ感染症の影響を受けた日本全国の困窮子育て家庭への支援を開始。
内閣府 子供の貧困対策に関する有識者会議 構成員。一般社団法人全国子どもの貧困・教育支援団体協議会 副代表理事。
<取材・文/大西桃子 >
この記事を書いたのは
ライター、編集者。出版社3社の勤務を経て2012年フリーに。月刊誌、夕刊紙、単行本などの編集・執筆を行う。本業の傍ら、低所得世帯の中学生を対象にした無料塾を2014年より運営。