言葉がつっかえてうまく話せないーー「吃音」を知る・考えるきっかけになる本5選

本などから学ぶ

2019/02/21

意図せず言葉につまってしまったり、言葉を伸ばして発音したり、最初の言葉が出てこなかったりする「吃音」。主に幼児期に発症し、成人の100人に1人が吃音に悩んでいるとも言われています。

言いたいことは頭に浮かんでいるのに、伝えたい言葉は明確にあるのに、口に出せない。

そんな吃音に悩む当事者のもどかしさを知り、吃音について深く考えるきっかけになる5冊を紹介します。

『吃音 伝えられないもどかしさ』(近藤雄生/新潮社)

自らも吃音に悩んだという著者が、約5年の歳月をかけ80人以上への取材を基に描いたノンフィクションです。

吃音に悩み苦しむ当事者、家族や周囲の人たち、研究者や医療関係者、吃音はコントロールできるはずだと語る言語聴覚士、吃音を治すのではなく受け容れようとする自助グループ、吃音で悩む人々の就労をサポートするNPO法人、そして苦しみを誰にも語らず命を絶った青年の遺族……。

「話す」という何気ない日常の行為が、吃音者にはどれほど難しく、痛みを伴うことなのか、ページをめくるごとにその生きづらさに気付かされます。丁寧に、慎重につづられたエピソードは引き込まれることでしょう。

吃音治療と原因解明の歴史も初心者でも理解できるように説明されている本書。吃音との向き合い方は人それぞれで、明確な正しさと誤りはないとも教えてくれます。吃音への理解を深めるとともに、吃音に向き合う当事者間の架け橋にもなりうる一冊です。

『きよしこ』(重松清/新潮社)

吃音を持つ少年・きよし。本小説は吃音と付き合いながら成長するきよしの姿を描いた7つの短編小説で構成されています。

「魚雷戦ゲーム」の「ギョ」が発音できずに欲しいものを伝えられず、不本意なクリスマスプレゼントを受け取り癇癪を起こしてしまう少年。「ごめんなさい」の「ご」を言いよどんでしまう少年。また、父親の仕事で頻繁に転校しなければならないけれど、「きよし」の「き」が発音できないため転校初日の自己紹介を失敗し、クラスの中で浮いてしまう少年……。さまざまな場面で少年は悲しさや悔しさ、惨めさを味わいながら、人の温かさに触れていきます。

本作は、吃音を持つ少年の母親から筆者のもとに届いた「吃音なんかに負けるな、と返事を書いてやってください」という手紙の返事として書かれた作品。きよしのモデルは、同じく吃音を持つ作者自身とされています。

言いたいことをうまく言えない、そのうっぷんを感情に乗せて爆発させてしまう。そんな経験は誰しもあることでしょう。本作はもしかしたら自分にもあったかもしれない少年少女時代を描いた物語。すべての人に手に取ってもらいたい一冊です。

▼『きよしこ』(Amazon)
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『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』(押見修三/太田出版)

コンプレックスに悩む2人の女子高生の友情を描いた漫画作品。2018年に実写映画化もされています。

主人公は吃音を持つ大島志乃。特に母音から始まる言葉を発するのが苦手で、自分の名字の最初の音「お」がスムーズに言えず、「おっ、おっ……」とつっかえ、クラスメイトに笑われてしまいます。

周囲となじめず孤立する志乃。しかし、ひょんなきっかけからクラスメイトの加代と友達に。音楽が大好きなのに音痴な加代は、思いがけず聞いた志乃の歌声に心を奪われ一緒にバンドを組もうと誘います。フォークデュオ”しのかよ”は文化祭のステージを目指しますが……。

吃音に悩んできた作者の実体験をベースに描かれていますが、「吃音」や「どもり」という言葉は一切使われていません。あとがきで、「ただの『吃音漫画』にしたくなかった。誰にでも当てはまる物語になればいいな、と思った」と語っています。

本作で描かれた悩みの本質は、他人と違う自分にどう向き合っていくか、あるいは自分と違う個性を持つ他者とどう接するのかにあると言えるでしょう。自己と他者との関係構築についてさまざまなヒントと気付きを得られるはず。

▼『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』(Amazon)
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『僕は上手にしゃべれない』(椎野直弥/ポプラ社)

小学生の頃から吃音に悩んできた主人公・柏崎悠太。自己紹介のプレッシャーに耐えきれず、中学入学式から逃げ出してしまいます。その帰りに受け取った部活動勧誘のチラシの一文「誰でも上手に声が出せるようになります」にひかれ、放送部へ入部を決意。クラスメイトで同じ新入部員女子や優しい先輩、姉など周囲の人に助けられ、くじけながらも少しずつ変わっていく悠太の葛藤と成長を描いた小説です。

本作最大の特徴は、主人公が発話する時に徹底的にどもるのが文章で表現されている点。吃音とはっきりと分かる台詞を目で追うのはとてももどかしく、息苦しさすら感じます。まるで、吃音を持たない人を含むすべての読者に、「言葉がつまってしまう」感覚を追体験させるよう。また、吃音の説明とストーリーのバランスも絶妙です。

エンタメ作品としても存分に楽しめるので、読みやすい物語を通して、吃音への理解を深めたい人におすすめです。

▼『僕は上手にしゃべれない』(Amazon)
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『吃音のリスクマネジメント:備えあれば憂いなし』(菊池良和/学苑社)

著者は吃音当事者であり、“吃音ドクター”とも呼ばれる吃音専門の医師です。幼児期から小学校低学年、思春期、大学生、社会人までの各時期に、吃音を直面するリスクにどう対応し、つきあっていくかを、図表や四コマ漫画を交えて紹介しています。

「吃音があってもいい」「吃音とうまく付き合っていく」という考えを軸としているため、特に大学生~社会人のリスクやリスクマネジメント、吃音のカミングアウトにも度々触れています。

これまで明らかにしてこなかった秘密を明かすのは勇気がいるもの。「友だちに笑われる」「就職活動の乗り越え方」など具体的なリスクとその対処法が述べられており、吃音者やその家族、支援者にとって心強い一冊になることでしょう。

巻末の「先生に関するお手紙」や「リスクマネジメント例」などの資料は、幼稚園や学校の先生に吃音を説明する一助になってくれるはず。

▼『吃音のリスクマネジメント:備えあれば憂いなし』(Amazon)
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二重の意味で理解されにくい吃音

“人が生きていく上で、他者とのコミュニケーションは欠かせない。吃音の何よりもの苦しさは、その一端が絶たれることだ。言葉によって相手に理解を求めるのが難しい。さらに、その状況や問題を理解してもらうのも容易ではない。二重の意味で理解されにくいという現実を、吃音を持つ人たちはあらゆる場面で突きつけられる。(『吃音 伝えられないもどかしさ』より)”

この言葉にあるように、吃音はそれ自体だけではなく、周囲との関係に大きな影響を与え、受験や就職活動などに悩む方も沢山います。一方、現在も、吃音のメカニズムが解明されたり、確固たる治療法が見つかったりしたわけではありません。吃音者の吃音との向き合い方もそれぞれで、これが正解はありません。

現在、本記事でも紹介したように吃音をテーマにした多くの作品が世に送り出されています。吃音の本質がより深く理解され、吃音があってもつまずきにくい社会になることを願ってやみません。

(企画・選書・執筆:水本このむ 編集:鬼頭佳代/ノオト)

※本記事はWebメディア「クリスクぷらす」(2019年2月21日)に掲載されたものです。

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