速く走れなくても大丈夫? 大人も子どもも楽しめる「新しい運動会」のカタチ
先輩に聞く
2019/05/27
体育着に着替える休み時間が憂鬱で仕方がなかった……。グラウンドではしゃぐ同級生を横目に、隅っこでポツンと授業の様子を見ていた……。
「どうしても体育が好きになれなくて」と悩む子どもたちの声は、昔も今も変わらずに聞こえてきます。
速く走れない。高く跳べない。でも、体育や運動って、それができないと楽しめないものなの……?
そんな疑問を解決するべく訪ねたのは、東京・渋谷近郊で老若男女が誰もが気軽に楽しめる運動会、その名も「ササハタハツ運動会」。一体どうやって誰もが楽しめる場を作っているのでしょうか?
自身も「体育の授業が憂鬱なときもあった」と話す実行委員会代表・財津典央(ざいつ・のりひさ)さんに伺います。
運動が得意でも苦手でも楽しめる競技を
ーー今回は、体育や運動にネガティブなイメージを持っている方に向けて、少しでも運動が楽しくなるヒントを伺いたいと思っています。さっそくですが「ササハタハツ運動会」って珍しいネーミングですが、その活動内容からお伺いできますか。
確かに、不思議な名前ですよね(笑)。「ササハタハツ」は、東京の笹塚・幡ヶ谷・初台の頭文字を取って付けられました。
僕が参加したきっかけは「渋谷をつなげる30人」いうプロジェクトで知り合った宮地英治さんからのお誘いです。宮地さんは、スポーツ庁事業が行う「未来の運動会プロジェクト」に関わっていました。
のちに、そのプロジェクトを笹塚で行うことになり、現在の「ササハタハツ運動会」開催に繋がったんです。
ーーなるほど。地域の取り組みとして生まれたんですね。具体的にはどのようなことを?
2日間の連続イベントなのですが、1日目に「これまでにはない、誰でも楽しめる競技」をみんなで考えるスポーツハッカソン【※】、2日目にその競技を実際に行う運動会を開催しています。
前回(2019年2月)は、4つの新しい競技種目を作りました。それぞれ「人間あみだくじ」「DASH!!ミニ四駆リレー」「ハチGO」「逆に、ハードルが来い!」と名前が付いています。
【※】ハッカソンとは、大勢の人々で意見を持ち寄りながら、ひとつの目標や成果に向かってアイデアを形にするイベント形式の場のこと。
ーーどれも気になりますね。簡単に競技内容を教えていただけますか?
「人間あみだくじ」は、文字通り、人があみだくじの線になって移動し、点を取る競技です。ルートの中にチェックポイントを用意され、それを獲得することで高いポイントが溜まるルールです。
「DASH!!ミニ四駆リレー」は、アイスホッケーのスティックを2人1組で操り、ミニ四駆をゴールまで運ぶリレー。
「ハチGO」は、2人1組で背中に忠犬ハチ公のぬいぐるみを挟みながら走るレースです。ゴールには野球のようにホームグラウンドを用意し、いかに早く一周回れるのか競います。
最後の「逆に、ハードルが来い!」は、前から迫ってくるハードルをプレイヤーが飛び越えて点数を争う競技ですね。
どれも運動が得意でも苦手でも、子どもでも大人でも楽しめる競技ばかりです。
ーー個性的ですね……! 1日目のハッカソンでは、どのように競技を決めていくのでしょうか。
「ブレスト(ブレインストーミング)」とすごく似ていますよ。参加者それぞれが3〜5案の競技アイデアをメモに書いて並べていくんです。
すべてのアイデアが出揃ったところで、自分たちが生み出したいと感じた競技に投票して、4つの競技案を採用します。その後、参加者を競技ごとに分担して、チームで詳しいルールを考えていますね。
「面白さ」は、安全性を守った先にあるもの
ーーお話を伺っているだけでワクワクしてきます。誰もが楽しめるために、競技を作っていく段階では何を意識しているのでしょうか。
一番意識しているのは、安全に行えるかどうか、です。面白さや楽しさも大事ですが、それよりもケガなくプレイできること。
以前、聖火のトーチがあったので、せっかくなら競技に使用したいと声があったんです。華やかですし話題性は大きいと思いましたが、何よりトーチが壊れてしまったり、誰かがケガをしてしまったりしては元も子もありませんよね。それで、残念ながらボツになりました。
ーー老若男女、誰でも楽しめるからこそ、まずは安全性が重要になるんですね。
あとは、競技としてのやりがいや充実感を高めるために「ジレンマ」を意識してルールを作るのも良いですよ。
ーージレンマですか?
たとえば、自転車に乗ってそばを運ぶおそば屋さんの出前を想像してみてください。
片手で5人前のそばを乗せる場合と10人前のそばを乗せる場合とでは、どちらが「効率的」で、どちらが「早い」ですかね?
ーー10人前を乗せたほうが効率的だが遅くなるかもしれず、5人前を乗せたほうが早い。つまり、どちらの良いところ取りもできないからジレンマ、なんですね。
そういうことです。過去に生まれた競技「綱引き玉入れ」は、ジレンマの良い例です。綱を力いっぱい引いて玉入れのゴールに近づかなければならないルールだけれど、玉を投げると手が離れるので綱は強く引けない(笑)。
ーー確かに(笑)。そのジレンマこそが、競技を何倍も魅力的にするエッセンスなのかもしれませんね。
あと、僕らは「ルールなんて変えたいときに変えたらいい」と思っているんですよ。
ハッカソンという性質上、実際にプレイしてみるとうまくいかなかったり、より楽しめるルールがありそうな気がしたり。その場その場で、いろいろと気づきがあるんですよね。
だから、ルールはあくまで“ひとまず”決めるもの。そのルールによって楽しめない人が現れてはいけないし、いつでも変更できるものと定義しています。
子どもたちには、自分なりに楽しめる運動と出会ってほしい
ーーここまでのお話を通して、学校の体育の時間でもぜひ取り入れてみていただきたいなあと感じています。
そう思います。僕自身も学生の頃、球技は好きだったものの鉄棒が本当に苦手で……。苦手種目の授業ってすごく憂鬱じゃないですか。
だから、こうした取り組みを通して、一人でも多くの方に「運動は得意、不得意に関係なく楽しめるもの」と知ってもらえたらと思っているんです。
2019年2月の「ササハタハツ運動会」には、渋谷区の長谷部区長、スポーツ庁の鈴木長官にもご参加いただき、「こういった活動をぜひ進めてほしい」との言葉もいただきました。
ーーとっても素敵です。ただ、学校だと体育の授業を受け持つ先生も生徒も、いろいろ難しい面があると思っています。どうしたら、誰もが運動を楽しめる空間が作れるのでしょう。
一人ひとりの個性ってバラバラです。ですから、既存のルールに縛られてばかりいると、運動を楽しめなくなってしまう子どもがいる気がするんですよね。
なので、もちろん一筋縄ではいかないと思いますが、まずは「新しい競技やルールを作る」ことから始めてみてはいかがでしょう。
たとえば、点数の配分を変えてみる、無かったルールを付け足しちゃう。なんでも構いません。プレイする仲間が楽しめるルールは、みんなで考えて作っていくのが一番だと思いますよ。
そして、無いものを作る、いわゆるゼロイチの発想は子どものほうが得意です。大人は固定概念に縛られてしまいがちですが、子どもって枠組みだけ提案するとすごくたくさんのアイデアを出してくれるんですよね。
実際に僕らが運動会を作っていたときも、子どもたちの発想に驚く場面が珍しくありません。玉入れや綱引きのように、シンプルな枠のみ決まっていると、なおさら豊かな想像力で大人をアッと言わせるアイデアをくれるはずですよ。
ーーそれは運動に限らず、社会でも必要とされる力かもしれませんね。それでは、最後に、財津さんが未来に期待する「体育の多様性」を教えていただけますか。
走る、飛ぶ、回るなどの要素を組み合わせながら、一人ひとりが好きだと感じる運動と出会える世の中になること。それが、僕が願う多様性です。
そして、決まりきったルールに縛られず、みんなで探してゼロから作ることが当たり前の世の中になったらいいなあと思います。
そのためのきっかけ作りを、これからも「ササハタハツ運動会」として行っていきたいですね。
(取材・執筆:鈴木しの 編集:鬼頭佳代/ノオト)
取材先
ササハタハツ運動会実行委員会
「渋谷をつなげる30人」からの繋がりで、笹塚での運動会を企画。笹塚、幡ヶ谷、初台エリアでの開催になったため「ササハタハツまちづくりプロジェクト」を巻き込み、ササハタハツ運動会として実行委員会を立ち上げ。
※本記事はWebメディア「クリスクぷらす」(2019年5月27日)に掲載されたものです。