数学嫌いは問題を解こうとするから生まれる。サイエンス作家・竹内薫さんに聞く難しくない数学の話

教育問題

専門家に聞く

2022/07/26

高校生になった途端、数学を難しく感じる人は少なくないでしょう。

三角関数やベクトル、虚数、微分・積分などが、実生活に結びついているとは感じにくく、何をやっているのかわからないまま苦手意識を持ってしまうのではないでしょうか。

世の中には「高校で習う数学は実生活では役に立たないからやる意味がない」と言う人もいますが、実際はどうなのでしょう。

そこで、サイエンス作家の竹内薫さんに、高校数学を学ぶ意味や、苦手意識をなくすための考え方を伺いました。

竹内薫さん
1960年、東京都生まれ。東京大学教養学部教養学科、同大学理学部物理学科卒業。カナダ・マギル大学大学院博士課程修了。理学博士。物理、数学、脳、宇宙など幅広い分野で執筆をするサイエンス作家。近著に『ゼロから学ぶ量子力学』(講談社ブルーバックス)、『中高生の悩みを「理系センス」で解決する40のヒント』(PHP研究所)などがある。

どうして高校の数学はこんなに難しいの?

中学生までは数学にそれほど苦手意識を感じていなかった人も、高校生になると途端にわけがわからなくなるという人が多いようです。どうして高校数学はこんなに難しくなるのでしょう。

それは高校数学の難易度が問題なのではなく、今の日本の教育では「試験に合格するため」にしか数学を教えていないことが問題だと思います。

中学までの数学でも、解けるには解けても、「それがどんな分野で役に立っているのか」「誰が考え出したのか」「なぜ考えようと思ったのか」といったことは教えてもらえませんよね。

単に「解けないとダメ」と押しつけられて答えを出すことだけを求められる。これでは苦手意識を持つ人が増えるばかりなんです。

実際、「三角関数は実生活で役に立ったことがない」「その分野に進む人が専門的に学べばいいのでは」といった声が議員からも上がりましたね。
でも、数学って身近なところでどう役立っているんですか?

たとえば三角関数なら、波のような周期的な現象を分析するための基本的な数学です。光や電磁波、音などはすべて波の動きとしてとらえられます。

そうしたものを利用して作られたスマートフォンや音楽を聴くためのステレオ、補聴器などは、三角関数がなければ存在し得ないんですよ。
他にも、行列*はプログラミングの基礎となっています。
地図だって、座標や比の概念がなければ存在しません。FX(外国為替証拠金取引)などの投資にも、統計の基礎知識が使われています。

現代社会にあるさまざまなモノやそれを生み出す仕事には、高校数学が基礎となっていることが本当に多いんです。

そう考えると、高校から数学をいきなりなくしてしまうよりは、少なくとも高1や高2まではひと通り数学を習い、理系に進む人材を増やしていかないと、世の中が進歩しなくなっていきそうですね。

そうなのですが、数学に興味を持たせるような指導ができていないのが、今の日本の教育の問題だと考えています。

※行列とは、記号や実数・複素数などの要素を、縦方向と横方向に長方形(正方形も含む)状に並べたもの。統計学や機械学習などといった分野にも用いられ, 現代数学では欠かせないものとなっています

解けないことにチャレンジするのが「本当の数学」

興味を持ってもらうための指導としては、どんなことが必要だと思いますか。

問題を解くことを目的にしないことです。数学は計算ができることが重要なのではなく、誰が考え出してどこでどんなふうに使われているのかを知ることが重要なんです。

確かに、数学が得意な人の場合は、与えられた問題をゲーム感覚で解いている人は多いかもしれません。

ルービックキューブでも、初心者向けの簡単な攻略法を知ることで、とりあえず色を揃えられるようになります。でもやりこんでいくと、もっと難易度を上げたくなっていくんですよ。

何かの役に立てようと思ってルービックキューブをやっているわけではないんですが、どんどん難しいことに挑戦したくなる。

多くの数学者も同じように、「これの役に立てよう」と思って問題を解くのではなく、解けない問題を楽しんでいます。それが後々、さまざまなことに役立っていくというわけです。だから、ゲーム感覚で「もっと難しい問題に挑戦したい」と思うことは大切です。

問題は、そのゲームについていけず、「数学は苦手」と思ってしまう人が多いという点ですね。

学校では解ける問題しかテストに出しませんが、大学に進めば解けない問題を考えることが数学になっていきます。数学は解けなければいけないものではないんです。

野球だって、プロ並みに打ったり投げたりできなければ、野球に関係する仕事に就けないというわけではないですよね。数学も同じように、解くことはできなくても、関連する仕事はたくさんあります。

多くの人に興味を持ってもらうために、「数学ってこんなことに役立っているんですよ」とか「こういう人がこんなふうに考えたんですよ」ということを教えることが重要だと思います。

その上で、「自分も解いてみたい」と思ったら技術を学んでいけばいいということですね。

はい。今のように、一律に「これを解けなければダメ」と決めつけられて評価されてしまうと、数学は衰退していくばかりだと思います。

数学が苦手な人はどうすればいい?

今、まさに数学に苦手意識を持っている人は、どう考えたらラクになるでしょうか。

「解けなくてもいい」と思ってください。数学を選択しなくても受験できる大学はたくさんありますし、解けなくても問題はありません。でも、数学に限らず「なぜ?」と思う気持ちは大切にしてください。

不要だと切り捨てるのではなく、 どういうことをやっているのか、なぜその学問が存在するのかということは、教養として持っておくことが必要です。

実生活に直接的に、すぐ役に立つことだけが学問ではないということですね。

ものを知るということは、見える世界を広げるということです。「数学はこんなことをやっているんだ」と知ることによって、世界の見え方は変わってきます。

たとえば、西洋数学が広まる前の江戸時代にも、「和算」といって日本人は独自に数学を発展させていました。庶民たちも楽しみながら難しい問題に挑戦していたんですよ。なぜ鎖国していたのに、日本人がここまで数学を発展させることができたのかと考えると面白いですよね。

数学が苦手でも、歴史が好きな人なら、そういうことを考えると日本の文化や風習をより深掘りして考えていくことができます。文化として数学を学べば、あらゆるものの見え方が変わり、視野が広がっていくと思いますよ。

苦手意識をなくし、数学を文化として楽しむために、数学者の伝記や、受験と関係のない楽しそうな数学書を読んでみることをオススメします。

問題を解くことはできなくても、自分の世界を広げるために数学を知ることが、人生を豊かにすることにつながるのですね。

はい。解けなくてもいいです!(笑)

それは気がラクです。ありがとうございました。

<取材・文/大西桃子>

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この記事を書いたのは

大西桃子

ライター、編集者。出版社3社の勤務を経て2012年フリーに。月刊誌、夕刊紙、単行本などの編集・執筆を行う。本業の傍ら、低所得世帯の中学生を対象にした無料塾を2014年より運営。