【マンガ紹介】のん主演でアニメ映画化-日常の儚さときらめきを描く『この世界の片隅に』
本などから学ぶ
2016/11/11
のん主演でアニメ映画化されたマンガ『この世界の片隅に』(こうの史代/双葉社)は、戦時中の広島県呉市が舞台。作中では戦闘機や焼夷弾、そして原爆の、あの皮膚がダラリと焼けただれた被爆者も描かれる。
それなのに読後、心に残るのは、戦争の悲惨さや恐ろしさよりもむしろ、そこに暮らす人々の日常生活そのものだ。「戦争マンガ」なんて、怖くて悲しくて重いから、あまり読みたくないと敬遠してしまう人にこそ、是非手に取って欲しい名作だ。
▼『この世界の片隅に』(こうの史代/双葉社)上・中・下巻(完結)
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今でも使える!? 戦時中のライフハック術
主人公のすずは、人から「ボーッとしている」と言われるが、実際は芯が強く働き者の少女。幼い頃に一度だけ会ったことのある周作に見初められ、広島県呉市に嫁ぐ。
時は太平洋戦争末期。日に日に食料や生活必需品が入手しにくくなる中で、食べられる野草を探して食事の足しにしたり、着物をリメイクして動きやすいアッパッパ(ワンピース)にしたりして生活するすず達に、戦争の影が徐々に色濃く忍び寄る。
特徴的なのは、戦時中の暮らしが過剰なくらいに細かく、具体的に描かれている点だ。節約術のハウツー本としても活用できそうなくらい手順やポイントが事細かに記されていて、つい、自分もやってみようかな?と思ってしまう。こんな自然な形で、戦時中の生活と読者自身の生活とを結びつけてしまう作品は多くない。
日々の小さな笑いの中に見つける人間の逞しさ
この作品は意外にも「クスッ」と笑えるネタの宝庫だ。考えてみれば戦時下だって、四六時中姿勢を正して真面目な顔をして暮らしていたわけではないだろう。
例えば、すずが呉港の風景を描いていたことが間諜(スパイ)行為と見なされ憲兵に捕まってしまうシーン。憲兵の激しい叱責を受けている最中、神妙な面持ちをしていたすずの家族たちは憲兵が去ったとたん、一斉に涙が出るほど笑いだす。実は彼らは憲兵の前で神妙にしていたのではなく、「あのボーッとしたすずがスパイだなんて!」と笑いたいのを必死にこらえていただけだったのだ。
戦時下にも家族や親しい知人の中だけで共有されていた笑いの感覚がごく当たり前にあったのだろう。そんな風に考えると、彼らがぐっと身近な存在に感じられる。すず達の笑顔から、私たちと同じ「ふつうの」人々の思いがけない逞しさを感じることだろう。
平和とは? 命とは? 答えは私たちの中に
この作品で描かれる戦争は、私たちが歴史の授業で史実として知る戦争と大きく異なる。すずたちにとっては「どの国が宣戦布告した」等の歴史上のビッグニュース以上に、広島へ向かう列車の切符が取れるかどうか、砂糖の配給がいつなくなるかが大きな関心事だ。
その感覚は、現代に生きる私たちにもよく分かる。ニュースで報じられる世界情勢より、今日の自分のことだけで精一杯なのはよくある話だ。もちろん、すず達が実際に何を見てきたのか、戦争を体験した当事者ではない私たちは知る由はない。けれど、この作品は戦争の真っ只中にいる人間が見てきたもの、感じたことを想像するためのひとつの材料となる。
作者のこうの史代さんは、決してメッセージを押し付けてこない。史実を念入りに調べた上で(下巻末の参考文献一覧を参照)どこまでも謙虚に、「ふつうの人々の暮らし」を描き切っている。
戦争とは? 平和とは? 命とは?
その答えは、私たち読者の日々の生活の中にある。
(岩崎由美/マンガナイト+ノオト)
<記事で紹介したマンガ>
『この世界の片隅に』(こうの史代/双葉社)上・中・下巻(完結)
※本記事はWebメディア「クリスクぷらす」(2016年11月11日)に掲載されたものです。