良い偶然は計画的に起こせる? 中高生から考える「キャリアデザイン」のはなし

専門家に聞く

2017/10/26

近年、「キャリアデザイン」という言葉をよく聞くようになった。その概念はいつ、どのようにして生まれたのか? 「キャリアをデザインする」というのは、どういう意味なのだろうか?

キャリアデザインの分野でロングセラーとなっている「その幸運は偶然ではないんです!」(J.D.クランボルツ、A.S.レヴィン著)という本がある。その翻訳を担当した、キャリア・リソース・ラボラトリーの宮地夕紀子さんに話を聞いた。

「キャリアをデザインする」ってどういうこと?

――宮地さんが所属している「キャリア・リソース・ラボラトリー」は、どのような活動をしているのでしょうか?

慶應義塾大学SFC研究所の中にある、キャリアに特化した研究機関です。かつて「キャリア」という言葉は、いわゆる「キャリア官僚」や「キャリアウーマン」など、特定の人を指して使われていました。それがやがて、働いている人全般、また仕事以外の活動も含めた幅広い意味で捉えられはじめました。

管理職、非正規雇用、派遣など、働き方に限らず、どのような要因がよりよいキャリアを作っていくことに寄与するのか。環境面や働く動機を調査したり、企業から依頼を受けて研修を行ったりしています。  

今は大企業でも、事業部がなくなったり他の企業に売却されたり、状況がどんどん変化します。どのようなキャリアを歩んでいきたいのか、ひとりひとりが考えないといけない時代ですよね。

――キャリアデザインの概念は、いつごろから始まったのでしょうか?

バブル経済が終わった後、90年代半ばが景気の「底」で、みんなが自分の今後のキャリアについて考えるようになったのではないでしょうか。正規雇用だからといって、必ずしも安定的な成長があるわけではない。「会社に頼らず、自分の身は自分で守らなければいけない」と盛んに言われ始めたのが2000年前後かと思います。

――宮地さんが翻訳された「その幸運は偶然ではないんです!」は、どのような内容ですか?

日本も同じかもしれませんが、特にアメリカでは「私はこういう人間になります」と宣言し、その通りに経験を積んでいくことが理想的である、とされています。でも、本当にそうなのか、と。

例えばITの分野は技術革新のスピードが速く、最終的なゴールなんて分からないですよね。従来とは違う指針が必要ではないか、という趣旨で書かれた本です。

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「その幸運は偶然ではないんです!」 J.D.クランボルツ、A.S.レヴィン著  ダイヤモンド社

自分にとって良い偶然は、計画的に起こせる

――本に書かれている「計画された偶発性理論」について、簡単に解説していただけますか?

スタンフォード大学のジョン・D・クランボルツ博士らが提唱した理論です。「キャリアの8割は、予期せぬ偶発的なことによって決定される」という考えに基づき、偶然を計画的に設計してキャリアを良いものにしていこう、という考え方です。

たいていの人は「自分の適性と合った仕事をしよう」と考えていると思うんですね。でも実際には、環境が変わったり能力が上がったり、とさまざまな変化があります。だとしたら、修正のきかないほどにきちんとしたアクションプランを作るより、ある程度幅をもたせたほうがいい。明確なゴールはなくても、自分の興味や小さなきっかけから変えていけるはずです。そういう考え方は、今の時代にしっくりくるのではないでしょうか。

――世の中の変化が激しく、「先の見えない時代だ」と言われますね。

理想的なキャリアデザインとは「10年、20年後のゴールを設定し、アクションを作っていくこと」と考える人も多いでしょう。一方で「10年後、自分が何をやっているか分からないよ」というのも本音だと思います。であれば、とりあえず「前から気になっていたこと」をやってみる。それが仕事につながるかどうかはさておき、小さなことでもいいので、まず行動することが大事です。

中高生であれば、知っている世界ってものすごく狭いですよね。接する大人といえば、両親と親戚、学校の先生、アルバイト先の人ぐらい。その行動範囲で決めた職業って、長い目でみれば隙だらけとも言えます。

――「大人になったら何になりたい?」というのは、子どもの頃に必ず受ける質問ですよね。

いまの中高生が「YouTuberや芸能人になりたい」と言うのは、ある意味当然のことだと思います。ただ、漠然と憧れるだけではなく、自分はなぜその職業に興味を持ったのか、その仕事を選んだ先に何があるのか、調べたり考えたりすることは大切です。

一方で、大人たちが今知っている職業が20年後にもあるのか、という議論もありますよね。 最近では「今ある仕事の多くがAIにとって代わられる」なんて話もよく聞きます。

日本人の就業人口構造をみても、その分布は確実に変化しています。第三次産業の就業人口が圧倒的に増えていますし、事務系の仕事も高度にプロフェッショナル化、細分化しています。中高生であれば、そもそも今世の中にどんな職業があるのか知る機会が少ないし、大人になったときにその職業が存在するかどうかもわからないので、“なりたい職業”は暫定的でいいと思います。

―― 一般的に「目標を変えることは失敗である」と捉えられがちです。

たとえば部活動でも、必ずしもレギュラーメンバーになれるわけではないでしょうし、予期せぬケガなどアクシデントもあるでしょう。良い成果を出すためにはどうすればいいか、やり方を自分で考え、そのプロセスを学ぶことが本質的に大事なのです。「そもそも何を成し遂げたいのか」という点にこそ価値を置くべきでしょう。

中高生であれば勉強のカリキュラムなど、やるべきことは決まっています。しかし社会人になると、「A社とB社が提携した」「希望しない異動によって仕事内容がガラッと変わった」など、さまざまな環境変化があります。世の中の変化に注意を払い、その都度自分の考えや行動を修正、調整していく必要があるのです。

本当に大事なのかな?と自分に問いかけて、違うなと思ったら変えればいい。それは決して失敗ではありません。

間違いから学ぶことの意味

――個人的な感覚ですが、なんとなく世の中全体が「リスクを取ることに憶病になっている」ような気がします。

それは「リスク」と「デンジャー(危険)」が混ざっているのではないでしょうか。新しいことを始めたい、でも途中で失敗する可能性もある。どうやって成功の確率を高めていくか、その努力が重要なのです。

たとえば新しい職場に移ったとして、必ずしも自分の思った通りの仕事内容ではないかもしれない。その一方で、新しい仲間と出会ったり、違うスキルが身についたり、想定していなかったプラスの出来事も起きるでしょう。

ただし、行動しなければ何も起きない。長い目でみれば、何もしないほうが大きなリスクとなる可能性があります。

――「間違いから学ぶことが成功につながる」という話をよく聞きますが、具体的にはどうすればよいのでしょうか?

先日ヒアリングで、社長賞をもらうほどの成果を挙げた人に話を聞いたのですが、「何が良かったのか分からない」と話していました。たまたま上手くいっただけだと、その次も成功する手法かどうか分からないですよね。

成功、失敗にかかわらず周囲から指摘をうけ、どこで間違ったのか、次はどうしたら前に進めるのかを考える。そうした学習が大事であって、それがないと次のキャリアにつながっていきません。もし管理職になったら、自分の経験をベースにしつつ、部下の成功のために伝えていく能力も求められます。

中高生は、まわりの大人から言われることに過敏になる時期かもしれません。でも失敗したことや成功したことを自分なりに評価、検証することはとても大事です。

――多くの人が「この世のどこかに、自分にピッタリの仕事が存在する」と思っているような気がします。実際はどうなんでしょうか?

「自分に合った仕事」というのは、いわば魔術みたいな言葉ですよね。もちろん、まったく合わない仕事もあるでしょう。それよりも「まあまあ自分に合っている」と思える仕事はたくさんある、と捉えたほうがいいんじゃないでしょうか。

根底にあるのは、「興味や特性に合った仕事があり、そのマッチング度合いが高いほど活躍できるはずだ」という仮説です。その考え方はいまも根強く残っており、職業適性検査などもありますが、必ずしもパーフェクトな考え方とは言えません。なぜなら客観的なデータというよりも、自己申告や主観による回答データをマッチングに使っていることがほとんどだからです。

たいていの仕事は、きれいに区切られているものではありません。たとえば「経理の仕事」といっても計算だけではなく、他の部署に確認したり外部からアドバイスをもらったり、とさまざまな業務が発生します。そこでは数字の正確性とともに、コミュニケーション能力も問われます。

キッチリと区分された仕事を遂行すると同時に、その場で自分の役割をうまく調整していくことも大事だと言えるでしょう。

一歩踏み込むクセを身に着ける

――自分の中にある情熱を見つけるためには、どうすればいいのでしょうか?

興味・関心のあるものにまっすぐ目を向け、研ぎ澄ましていくことが大切です。

たとえば「YouTuberになりたい」という中高生がいたとします。今人気のあるYouTuberは何が面白いのか分析して、企画を立て、自分で映像を撮り、反応をみて次に生かす。そこまでやれば大したもので、もし将来YouTuberになれなかったとしても、その経験は別の仕事で確実に役立つはずです。

――中高生に向けて、メッセージをお願いします。

私は臨床心理士の資格を持っています。でも心理学を学び始めたのは30代半ばです。当然ながら中高生の頃は、今の仕事をまったく想像もしていませんでした。そんなものです(笑)。

自分の興味や関心は変わることもあるでしょうし、社会に出てから勉強したいことも出てくるでしょう。

もっと知りたいなと思える場を、自ら作っていくことが大切です。アルバイトでも趣味でも、ただ楽しむだけじゃなくて一歩踏み込むクセを身に着ける。その姿勢が次につながっていくと思います。

(企画・取材・文:村中貴士 編集:田島里奈/ノオト)

取材協力

宮地夕紀子

慶應義塾大学 SFC研究所 キャリア・リソース・ラボラトリー 研究員。 1995年慶應義塾大学総合政策学部卒業後、プレスオールタナティブにおいて女性経営者の創業支援活動に従事。その後慶應義塾大学政策メディア研究科でキャリア開発の研究を行い、99年に修士課程修了。その後米国キャリアアクションセンターでキャリア自律プログラムの日本版作成に携わる。SFC研究所キャリア・リソース・ラボラトリー設立活動に参加。現在は同大学院政策・メディア研究科 特任講師も務めている。

※本記事はWebメディア「クリスクぷらす」(2017年10月26日)に掲載されたものです。

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