元ビリギャル・小林さやかさんが高校にやってきた! 先生でもない、生徒でもない立場から見えたこと

専門家に聞く

2018/09/20

「ヤッホー! ヤッホー!」

高校の廊下を歩きながら、すれ違う生徒たちに笑顔で手を振る大人の女性。隣を歩く女子生徒に「さやちゃん、それやめた方がいいよ。超バカっぽいから」と、たしなめられる……。

そんな手を振る彼女が、かつて「ビリギャル」として注目を浴びた小林さやかさんだ。小林さんは2018年3月から7月末の間、”先生”ではない立場で札幌新陽高等学校に関わった。

ビリギャルとしての経験を語る講演会などを行うなかで、感じたことから改めて教育を学び直したいと考えていた小林さん。彼女を学校に招き入れることを決断したのが、同校校長の荒井優さんだ。

教員免許も持たない”外部の大人”の受け入れの舞台裏、そして高校という生の教育現場で過ごして見えたことを伺った。

【プロフィール】

小林さやかさん

1988年生まれ。愛知県出身。坪田信貴著「学年ビリのギャルが一年で偏差値を40上げて慶応大学に現役合格した話」の主人公ビリギャル本人。偏差値は全国模試で30以下だった高校2年の夏、母のすすめで行った塾で恩師坪田信貴先生と出会い、1年半猛勉強のすえ、偏差値を40あげ、慶応義塾大学総合政策学部入学。卒業後は大手ブライダル企業で、ウエディングプランナーとして従事。3年後フリーに転身。現在は、全国への講演活動をしながら、自身でも学生や親向けのセミナー等の企画をしている。

荒井優(あらい・ゆたか)さん

1975年生まれ。札幌出身。大学卒業後は、リクルート、ソフトバンクに勤務し、通信・教育事業に携わる。グループ会社の取締役を歴任し、同社の復興支援活動の責任者となる。東北の高校生300人が米国カリフォルニアでリーダーシップを学ぶ「TOMODACHI ソフトバンクリーダーシッププログラム」や経済的に困難な高校生への給付型奨学金「まなべる基金」の創設、「福島県立ふたば未来学園高等学校」の開校に唯一の民間委員として関わるなど東北復興の最前線で活躍してきた。2016年2月より、私立札幌新陽高校の校長に就任。

タブーに挑戦する「校長の右目」

――実際に学校の中で過ごしたこの数カ月、小林さんはどんなことをされたのですか?

小林:何もしていません(笑)。休み時間や放課後は、生徒たちから次々にアポイントが入って、ランチをしたり、おしゃべりをしたり。授業中は、面白そうな授業があれば、ふらっと教室に入っていって、そのまま席につく時もありますし、先生に頼まれてみんなの前でお話をすることも。ほかにも、朝と帰りのホームルームに出るなど担任の体験機会もありました。その頃、ちょうど学園祭の時期だったのでクラスの出し物を決めるのに喝を入れたり(笑)。

基本的には、「学校の中で自由に“いる”こと」をやっていました。

――そもそも、新陽高校ではどのような形で小林さんを受け入れたのでしょうか?

荒井:インターンという形で入っていいただきました。昨年11月に一度お母様と一緒に講演をしていただいているのですが、その後、小林さん自身が、教育について学び直してみたいというお話を聞いていまして。「現場に入ってみるのがいいよ」と、本校に来ることを薦めました。

1年前に中央大学の学生さんを「インターン」として受け入れたことがあります。「インターン」は実習生のこと。最近は一般企業ではよく行っていて、大学生などが実際に企業で働いてみてさまざまな経験を積むことを目標においています。

ただ、学校現場ではまだ実例がそんなに多くないので、先生たちは「インターン?教育実習生とは違うんですか??」と少し混乱していました。新陽高校のインターンは、本人の気がついたことを生徒や保護者、教員のために自分なりに工夫して行うことを期待されています。

――受け入れ側の荒井さんからは、小林さんに何をお願いしていたんですか?

荒井:「何かをやってください」ではなく、「どうぞ勝手になんでもやってください」と伝えていました。ただ1つだけ注文をしたのは、タブーに挑戦してほしいってことですね。

――タブーとは?

荒井:多くの学校には、これをやってはいけない、ということがいっぱいあるじゃないですか。校則やルール、制度でがんじがらめなのはもちろんのこと、大人の目線から見て「それはどうなのか?」と思われるようなこと。あるいは、校長先生はこんな格好をしなければならない、先生はこうであらねば、生徒はこうしなきゃいけないといった学校にまつわるカルチャーみたいなもの。

もちろん今の見方でいくと、おかしかったり、合わなかったりすることもあるかもしれませんが、それが続いてきているということは続くだけの理由がある場合もあります。今、学校全体がそういったものに縛られて、行き詰まって苦しめられているように感じるんです。

ただ、私自身は校長という立場上、おかしいと思ったことを、独断で勝手に決めて変えてしまうということはしません。それをやってしまうと、先生や生徒、保護者、また地域の人たちを混乱させかねません。

でも、小林さんは、誰も言えなかった「おかしいんじゃない?」と思ったことを口にしたり、職員室で見て見ぬふりをしていることを話題にしたりできる存在だと思っています。

その発言を制限してはいけないし、そういう声をちゃんと聞き入れられる先生や生徒や僕自身でありたいと思っていました。

小林:私はスーパー劣等生だったので、校則を破る子たちの気持ちもわかってあげられるかもしれない。先生たちにも見えない景色が、私になら見える時もあるかもしれない。そこで、元スーパー劣等生の私だからこそ見える教育、学校、生徒たちがあるといいなということで『校長の右目』という役職になったんです。これは、優さん(荒井校長)と一緒に決めました。

いまどきの高校生と過ごして感じたこと

――生徒たちとはどんな話をされましたか?

小林:友達や部活、あとは恋愛相談ですね。大人の説教じみたこと、学校では言われたくはないじゃないですか。だから、基本的にはふざけながらの聞き役です。本当に友達だと思ってくれているから、いろいろな話をしてくれます。「今の高校生はこんなふうなんだ!」と、私にとっても学びになっています。例えば、最近キスマークをつけている女の子がいたんですよ。

――キスマークって、あのキスマークですか?

小林:そうです。首元などにつけて、ブラウスのボタンをはずして、わざと見えるようにしている。アクセサリーみたいにつけているんです。大人からすると目をひそめたくなるようなことですが、一概に悪いことだからやめなさい、とも言えないところがあります。

男の子は「この子は僕の子だぞ!」とキスマークをつけることで、相手の女の子はそれを見せびらかすことで、お互い愛情を確かめ合う、安心感を得られる。それは、彼らが、愛情に飢えているサインだとも考えられる。

私たちが考えなければならないのは、「そういうことをせずとも、子どもたちが愛情や安心感を感じられるようにするためには、どうしたらいいのだろう?」ということだと思っています。

それで、「私は大人になったからわかるけど、それはあまりイケてないよ。つけるなら、もうちょっと見えないところにつけた方が、なんかセクシーじゃない?」って話をしました(笑)。

大切な自己肯定感を高めるために……大人に伝えたいこと

―――小林さん自身、学校で過ごした間にどんな気づきがありましたか?また、そのことからやってみたいことはできたでしょうか。

小林:私は、子どもたちがもっといきいきできる社会をつくりたいと思っているんですね。ただ私が「ビリギャル」であったという面で考えると、中学生や高校生への発信にいきがちになってしまいます。

ただ新陽高校で過ごしたことで、高校生くらいには人格がほぼできあがってしまっており、考え方を変えるのはなかなか難しいとわかりました。だからこそ、小さい時にどう過ごすか、幼児教育って本当に大事だなぁ、と思うんです。

これはお勉強とかそういうことではありません。自分を好きになる、自分を好きでいるっていうことを覚える。それで、初めて周りの人のことも安心して好きになれる。相手を好きと思うことで、相手も自分のことを好きになってくれる。これがコミュニケーション能力の原点であり、それが自己肯定感につながると思っています。

――それは一体どうしたら育まれるんでしょうか。

小林:そもそも褒めるのには3種類あります。1つ目が、『これやってくれて偉かったね』って行動自体を褒める。これはdoingで褒めるということ。2つ目が、『100点取れて偉いわね。1位になって偉いわね』というのはhavingで褒めている。その子の所属しているものや持っているもので褒めているわけです。

でも、一番なのは3つ目のbeingで褒めること。その子の存在自体を抱きしめて、ありがとうを伝える。私は母から、『あなたが笑顔でそこにいてくれるだけで、どれだけうれしいだろう』と毎日ずっと言われていました。私の強みは、そうやって育てられたと思います。

日本人は、特に距離の近い人に向けて、言葉で伝えることが苦手ですよね。でも、そうすることによって、子どもたちは「自分は価値のある人間なんだ」と自覚して大きくなる。それで、いろんな想像をしたり、自由な発想をしたり、何かをやったりすることのハードルがぐんと下がるのではないかなと思うんです。

だからそういうことを伝えて、お母さんやお父さんが小さい子どもたちに寄り添える、幸せな家族を増やすことが大事。そんな手助けができたらと思います。

先生の意識が生徒たちに直結している

小林:もう1つは、下の世代の人たちにとって大事な、必要な教育というのは何かを、自分の元ビリギャルとしての経験もプラスして、先生をはじめとする大人たちに伝えていきたいですね。
学校の先生方の意識ってすごく大事で、その意識の持ち方のすべてが、生徒たちに直結していると言っても過言ではないくらいだからです。

「教育がこういうふうだったら、生徒たちはこんなふうに変わるんだ」というのを、新陽高校で今年から新しく始まった「探究コース」の様子を目の当たりにして感じました。

このコースは定期考査が全くなく、生徒たちが日々どういうふうに考えて学んでいるかを、先生方が細かく見て、記録することによって評価をするんです。人間性やコミュニケーション能力、協調性など既に持っているものを評価するのではなく、それをどうやって伸ばしていってあげられるかが課題です。経験値や考える力を伸ばせるこのような教育がベースになっていったら、日本の社会はちょっとずつ変わっていくのだろうなと思います。

――今回の取り組みや「探究コース」のスタートは、先生たちにとってはどのような影響があったのでしょうか?

荒井:外部の専門家が学校に入ってくることは、先生たちが料理を作っている学校という食堂に、突然、5つ星フレンチレストランのシェフがやってきて、「さあ、今日から一緒に料理をしましょう」と言うようなものです。それまで自分たちが使ってきた厨房をすみずみまで見せて、レシピも見せないといけない。その道のプロからしたら、今までやってきた野菜の切り方も、未熟かもしれない。

ベテランの先生ほど、自分たちよりも若く優秀なプロを受け入れにくいことでしょう。でも、もっとおいしい料理を生徒たちに作ってあげたい。だから、「その一流の技術を教えてください」って気持ちに先生たちがなった瞬間に、その厨房の態勢はガチっとはまる。つまり、先生たち自身が躊躇なく、知的好奇心を全開にして向かっていくことで、本当の意味で教室を開くことが成り立つんだと思います。

今、「探究コース」では教室がフルに開いています。先生たちがいきいきと楽しみ出して「次はもっとこういうふうにやろう」と本気になってくると、生徒の本気度も上がり、受け取り方も抜群に良くなっていくんですよ。

素直であることが一番大事

――最後に小林さんのようにワクワクを追いかけていくコツを教えてください。

小林:「さやかちゃんは、坪田先生(※注)に出会えて運がいいですね」とよく言われるのですが、自分の気持ちの持ちようだと思うんですよね。

確かに、私は坪田先生に言われたことに心を揺さぶられて、この人の言うことは一言一句逃さずに聞いておこうと思ったくらい大好きだったんです。もし、こんなに話が面白い人がいっぱいいる世界があるんだったら、そこに行ってみたい。その手段が、私にとっては勉強であり、結果として1年半で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格したというだけです。

だけど、それは私の道であって、人それぞれワクワクすることや、なりたいものは違う。だから、自分なりに考えて決める力をつけてほしいと思います。そして、そのことを人に伝える言葉を持つこと、さらに言えば人に応援してもらえる力もつくといいかな。

ワクワクすることは、虫の研究がしたいでもいいし、ジャニーズをずっと追っかけていたいでもどんなことでもいい。ワクワクできる目標を持つことは、人生を大きく変えると思います。

そして、そのワクワクの種をポッとくれるような大人との出会いを自分で見つけていってほしいなって思います。そんな出会いなんてないっていう子もいるかもしれません。確かに都会にいたら、出会う確率は高いかもしれないし、でも、山の奥に住んでいたら難しいかもしれない。だけど、本は読めるじゃないですか。本を読むことは、それを書いた人に出会うことだと思っています。その人の考えや価値観に触れるっていうことだから。それに、今はインターネットがありますから、遠くの人としゃべることもできるし、アポイントを取ることだってできる。そういうことで行動力って試されるんです。

もし、学校に行きたくない、人に会いたくないというのであれば、行かなくてもいいと思います。たとえ、家に引きこもったとしても、後悔する必要はありません。その分の時間で学校に行っている子が気づかないことに気づくかもしれないし、自分のことを人よりも多く見つめなおすことができたかもしれないし。それをその子にとっての1つの経験として、プラスに考えていってほしい。そうして、学校以外のどこなら行けるだろうって考えればいいと思います。

いずれにしても、夢がなくても、引きこもっていても、目の前に、「これだ!」っていう出会いがあった時に、素直に飛び込んでいけるかどうかだと思うんですよね。その時に、素直でいることはすごく大事。無理そうだと周りに言われても、「やるかやらないかどっち?」となった時に、「やってみよう」と素直に思えること。それがあったから、今の私もあるのだと思います。

たくさんの出会いの宝物を抱えてさらに前へ

「優さんのFacebookの校長日誌を読んでファンになって、いてもたってもいられなくなってメッセージを送ったら、返信をくださったのが始まりなんです。優さんは、私のメンターの1人です」と笑う小林さん。

今でも、さまざまな面白い大人との出会いを自ら積極的につくって、新しい目標に向かっています。札幌でも、来年開催する、地域、家庭、学校を巻き込んだ親子イベントの準備を進めているところだとか。また、お父さんが経営する飲食店の従業員が楽しく働ける仕組みづくりも進めていきたいそう。さらに幸せな家族を増やせるような保育園をつくることも目指すことの1つ。

小林さんが目標を達成するたびに、ハッピーな笑顔が増えていくことを期待しています。

※注 坪田先生
坪田信貴先生『学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学現役合格した話』の著者であり、小林さんを慶応義塾大学の現役合格へと導いた塾講師。

(企画・取材・写真・執筆:わたなべひろみ 編集:鬼頭佳代/ノオト)

※本記事はWebメディア「クリスクぷらす」(2018年9月20日)に掲載されたものです。

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