「勉強についていけない」、「授業がわからなくなってしまった……」 そのことが気がかりで学校生活を楽しめなくなったり、登校がおっくうになったりすることがあるかもしれません。もちろん、学力だけが自分を評価するものではないとはわかってはいるはず。
でも、学校にいる限り、授業は毎日ありますし、テストは定期的にやってきます。「勉強ができない」という気持ちが大きな負担となり、身動きがとれなくなってしまったとしたら。そんなとき、一体何から始めればいいのでしょうか。
今回は、不登校や中退、引きこもりからの再受験など、「もう一度勉強したい人」を応援するキズキ共育塾の半村進(はんむらすすむ)さんに、学び直しの最初の一歩をどう考えたらいいのかを伺います。
8歳から60代まで……幅広い層の人たちが学び直しを考える
――学び直しの相談をしてこられるのは、どのような方々が多いんですか?
下は8歳から上は60代まで、老若男女さまざまな方からご相談があります。居住地もバラバラで離島や海外在住の方からのご連絡も珍しくありません。社会に出て仕事をするうちに必要性を感じて学び直しをしたいという方もいます。
ただ、その中でも年齢層でいうと10代、20代の方がやはり一番多いですね。あるいは、そういう方の親御さんやおばあさま、ごきょうだいからのお問い合わせもあります。
――どのような内容のご相談がありますか?
たとえば、学校に行けない状態が長く続いていたけれど、やはり高校や大学に通ってみたいという気持ちが湧いてきた。勉強の大きなブランクがあるけれど、何とか大学に行けないものだろうか。でも、何から始めたらよいか全くわからないという方からの問い合わせもあります。
また、成績の順位が貼りだされたり、周囲がすごい勢いで勉強している姿を見てしまったりするなど、誰かと比べられるような環境には耐えられないけれど、どうしたらよいか。
昼夜逆転になってしまっていて、いきなり生活リズムを整えるのは難しいので夜の時間帯で勉強することはできないか。自分が引け目を感じなくていい環境で勉強したい……などの悩みや要望を聞くことが多いですね。
――そのようなご相談を受ける際、どのように受け入れているのでしょう。
若いご本人は、かなり思い切ってご相談されてきているんです。そんなとき、「こんなこと言って笑われないだろうか」、「だらしない人間と思われないだろうか」、「こんな状況に陥っているのは自分だけではないだろうか」などと考えがちなのですね。ですから、まず「相談してきてくれてありがとう、何はともあれ相談してきてくれたことがうれしい」という気持ちを心からお伝えします。
それと同時に、「あなたと似たようなことで困っている人って、実は本当にいろんなところにいるんですよ」とお伝えし、相手の孤独感、孤立感を減らしてあげることが大事になります。キズキでは何千件もの相談を受けてきており、気休めではなく事実として同様のご相談も多いのです。
まずはこの2点をお伝えして、1つめのステップとします。
――まずは勉強する、学び直すということ以前に、寄り添ってお話を聞いたり、大丈夫だよっていうことを伝えてあげたりということなんですね。
これは学び直しをしたい10代、20代のご本人たちばかりではなく、親御さんや周囲の方からのご相談の場合にも当てはまります。
親御さんが勇気を出してどこかに相談してみたら「何をやっているのですか? こんなことではいけませんよ」と責められて傷ついてしまうこともあります。それがご本人にも伝わって、ご本人がまた自分自身を責めるという悪循環にもなりかねません。
ですから、相談してくれてありがとうという気持ちを伝えるのは大事なことなのです。
――相談者にとっては自分を大切にする気持ちを思い出すような感じでしょうか
まさにそうです。実は僕自身も5年半、完全に引きこもっていた時期がありました。「どうせ自分の人生なんて」という投げやりな気持ちにもなりました。だから、自分の情けない姿をさらさなきゃいけない、誰かに何か言われるのが怖いという感覚は痛いほどわかるつもりです。
「俺、人生終わってるんで」みたいなことを言う方も多いです。でも、客観的に見ると全く終わってなんかいない。打つ手はいくらでもあるし、今、この瞬間手を打てなくったってなんとかなると心から思っています。
自分が続けやすいやり方=正解の勉強法
――では、学び直しのスタートラインに着いたところからどう勉強を進めるとよいのでしょう?
まず重要なのは、何もかもを一度にやらなくてもいいということ。自分は勉強をしてこなかった、さぼってきたと感じている人は、自分のことが許せなくて、他の人の2倍も3倍もやらなきゃいけない、そうしなければ間に合わないと思ってしまいがちです。また、苦手科目から始めなきゃ行けないと思っている人も結構います。
地域差はありますが、実際のところ、高校・大学受験に必要な科目は減少傾向にあります。いろいろな事情でこれまで勉強できなかったとか、心身のコンディションが整わなくてちょっときついという状態のまま、何科目も勉強しなくても何とかなることが多いのです。
世間では「勉強は1日何時間やるべきだ」などと言われるかもしれませんが、そんな決まりはありません。「今の自分のコンディションで続けやすい勉強法=正解」です。
たとえば、入試に必要な中で抵抗のなさそうな科目から始めても、「ゲーム『信長の野望』が好きだったから日本史から始めてみよう」でもいいわけです。
――ハードルがぐんと下がりますね。
教科書の最初から順番通りにやる必要もありません。あえて単元ごとに切り分けて、数学なら方程式が苦手でも図形であればわかりそうというのならそこから始めればいいのです。
1つの分野ができるようになると自信がついてきて次のチャレンジへと進んでいけます。何もできないと思っていても、これぐらいならやれるんじゃないかなっていう感覚が持てたら、それこそが学習においての一番大事な最初のステップになるのです。
環境面では、「寝転がって漢字を読んでますみたいなことがあっても叱らないでください」と親御さんたちに伝えていますね。それまで何年間も勉強していない、いわば「ゼロの状態」だったわけです。それが、1になるのは、それだけでも結構すごいことなんです。
いきなり30分、1時間と姿勢を正して机に向かうよりも、とにかくやってみて、ちょっとでも知識が残ることの方がずっと重要なのです。
――教材はどう選ぶといいですか?
それぞれに合わせることが大切です。キズキでは、まずは薄いのがいいのか、厚いのがいいのかを聞くことが多いですね。とにかく抵抗感なく取り組める薄いテキストがいい人、分厚くても1冊で全てがまとまっているものがいい人など、それぞれの考え方に合わせて選ぶヒントを伝えます。
もし親が買ってきた教材にいやな思い出が染みついているならば、全く新しいものを選びます。学校の教科書を見るたびにいやな気持ちになるなら、「使わなくてもいいんじゃない?」と言ってあげます。
――その教材は自分に合っていないということですものね
それが自分には合ってないってことがわかるのが大事なことなのです。わかっただけでも前進しているわけですから。
自分がこれから勉強を続けられるのか正直わからない、むしろできないんじゃないかと不安を感じている時点では、無理にポジティブになってもらうより、マイナスの要素を減らすだけでもすごく大きな意味があると思います。
不安でもくじけても必ず打つ手はある。その一手は1人で考えなくてもいい
――学び直しを始める時に続けられるか不安を感じる時はどうしたらよいですか?
勉強を始めたからといって、なかなか一直線にはいかないものです。最初はうまくいっても、梅雨の気圧の変化で調子が崩れて勉強できなくなったり、本人が「やっぱりこんなことしていても意味がないんじゃないか」と思ったり……。
そういうありがちな落とし穴などは、自分の失敗談に織り交ぜて、事前にさりげなく教えてあげます。そうすれば、もし不調になったり、挫折したりした時にも「やっぱり自分はダメなやつなんだ」と落ち込むのではなく、「そういえば、こういうことはよくあるし、普通のことだって言ってたな」と深刻に受け止めすぎないようにできるわけです。
勉強を続ける中で、本人が学力向上を認められない場合は、やれるようになった部分を実際に見せてあげています。うそや気休めを言っても、本人には伝わってしまいますから。
たとえば、「そもそも2カ月前はこの問題を見たことがなかったのに、今はここまで解けるようになってるじゃないか」となどですね。ほめるときは、きちんと理由をつけるのもいいですね。「適当に言っているんじゃなくて、あなたのここを見てちゃんと感心したんだよ」と、正直に伝えてあげてください。
――ぼんやりとした励ましではなくて、具体的な状況をきちんと目に見えるように示してあげるのですね
ただ、気づかいのできる人であればあるほど、「正直全然勉強ができるようになった気がしないけど、周囲の人たちが悲しむから不安を言えない」などと思ってしまう。
でも、そういう気持ちは口に出していい。先生に言いにくかったら、他の人でもいい。1人だけで思い悩んで苦しむのが一番大変なことですから。頭の中に浮かんでしまったネガティブな感情は、無理に押し隠さなくてもいいのです。
それに不安になったりくじけちゃったりしても、必ず打つ手はあるし、決してその方法を1人だけで考えなくてもいいのです。そういうことを、頭の片隅にでも入れておいてほしいです。
それから同じ姿勢でいると、悪い考えが頭の中をぐるぐるしちゃうことがあります。だから、ちょっとだけでも姿勢を変えることもおすすめしています。外に出たくなければ、勉強する部屋を変えるだけでもいいし、同じ部屋の中でも立ちあがってみるとか。それだけでも、だいぶ気分が変わりますよ。
一緒に頑張れるパートナーがいれば
――こうして聞いていると、先生方は冒険に出かける時の仲間のような存在ですね。
それまでほとんど勉強をしたことがない方にとって、学び直しはすごく大きな関門ですよね。それこそアドベンチャーどころかトライアル、試練かもしれないですね。そんなときに、「1人で頑張れ」と言うのは酷なことだと思います。
でも、ただパートナーがいればいいかというと、そうとも限らない場合もあります。学び直しのパートナーには3つの条件が求められると考えています。
まず重要なのは、気が長いこと。わかるまで何回も同じことを聞いても、おかしいことはありません。でも、気の短い人にはちょっと怖くて繰り返し聞きづらいですよね。2つめは、目の前の人と誰かを比べないこと。そういう素振りが見えると、学び直しをしている人は非常にきついと思います。3つめは、上から目線の言動をしないこと。「教えてやっているんだから」という態度はよくありません。
どんなに勉強を教えるのが上手であっても、これらの条件を満たしていないと学び直しのパートナーとしては向いていないのではと思います。逆にこのような条件を満たした方が、身近にいてくれるのであれば、素晴らしいパートナーになってくれると思いますね。
学び直しは散歩に近い? いつからでもどんな形でも何歳からでも
――最後に、半村先生にとって、勉強することや学び直しとはどのようなものでしょう?
僕は散歩みたいなものじゃないかって思っています。
――散歩ですか?
散歩って何歳からやらなきゃいけないってないじゃないですか。何歳から行っても体にも頭にもいいわけですよね。その点で散歩と本来の学び直しって似ているなと思うのです。
あと、散歩はコースを決められていないところがいい。このコースとこのコースを週何回歩くものだみたいな定義は散歩にはありませんよね?
同じように、勉強や学び直しにもいろいろな形があっていいわけです。教科書通りの順番じゃなくてもいいし、1科目からでもいい。どんなやり方であっても自分の頭や心にいい働きがある。これもまさに散歩と同じですよね。さらに、何歳までしか散歩はしちゃいけないということもないわけです。何歳からやってもよく年齢の上限もない。
冒頭でもお話したように、キズキにはさまざまな生徒さんがいます。
小学5年生から学校に行っていなかったけれど、読書が大好きで現代文をきっかけに東京都内の有名大学に合格した人。社会人として海外で大きな発表をしてきたものの、そこで尋ねられた日本文化について満足に答えられず、大学院で学ぶことを決意した人。それまで外に出るのも怖かったのに、アルバイトを続けることができた上に、店長への昇進を打診され、社内試験を受けるために数学を学びに来た人。大学に入学後、レポートの書き方をちゃんと学びたいという人もいました。
今後も、散歩をするようにのびのびと、どんな形でもいつからでも誰もが本来の学び直しに取り組めるようになるとよいと思っています。
――「勉強ができないこと」にとらわれて、自分を大切にすることまで忘れてしまうのは悲しいことです。半村先生のお話を参考に小さな一歩からコツコツと、自分を否定することなく学び直しができたらよいなと感じました。また、学び直しは私たち大人にとっても生涯何らかの形で関わる機会のあるものであると再認識しました。散歩をするようにゆったりと学び続けていけたらよいですね。
(企画・取材・執筆:わたなべひろみ 編集:鬼頭佳代/ノオト)
取材先
キズキ共育塾 半村進さん
小学校時代から転校を繰り返し、運動ができなかったことなどからいじめの対象に。大学在学中に病を患い、その影響もあってひきこもりに。ひきこもり期間中に「これをやった」と言えることを探し、勉強に取り組む。30歳で初めてアルバイトをはじめ、現在は、キズキ共育塾にて「学び直し」のサポート中。
※本記事はWebメディア「クリスクぷらす」(2021年12月4日)に掲載されたものです。