スタンフォード・オンライン・ハイスクールってどんな場所? 星友啓校長に聞いてみた
専門家に聞く
2022/03/08
N高やS高のようなオンライン高校の知名度が近年、上昇しています。では、日本以外の国では、通信制高校は学びの場としてどのように機能しているのでしょうか。
アメリカが世界に誇る名門大学の一つ、スタンフォード大学。同校はオンラインのハイスクールを2006年に開校しており、現在は日本人の星友啓さんが校長を務めています。
コロナ禍よりもはるかに早く、オンライン教育を推進してきたスタンフォード・オンライン・ハイスクール。オンラインスクールでありながらも、スタンフォード、ハーバードなどの名門大学への合格実績も全米トップクラスを誇る進学校としても知られる同校では、どんな生徒たちが、どのように学んでいるのでしょうか。
新たな学びの形として定着しつつあるオンライン学校のあり方について、星校長にお話を伺いました。
日本式にいえば「オンライン式中高一貫校」
――スタンフォード・オンライン・ハイスクールとはどのような学校なのでしょうか。
アメリカ・カリフォルニア州にあるスタンフォード大学の一部である、という点がまずは大きな特色です。校名はハイスクールですが、日本に置き換えるならば「オンライン式の中高一貫校」で中1から高3までの学年をカバーしています。
生徒数は約900名。8割はアメリカの生徒です。都市部の家庭の子どもが、質の高い教育を求めて入学するケースが比較的多く見られます。残りの2割は、東南アジア諸国とヨーロッパの出身者がほぼ半分ずつ。授業はすべて英語で行われます。
アメリカは国土が広大なため、従来からホームスクーリング(学校に通学せず、家庭に拠点を置いて学ぶこと)が盛んでした。しかし、スタンフォード・オンライン・ハイスクールはそうしたホームスクーリングや通信制高校とは少し違う位置づけにあります。
アメリカのオンライン授業は単位を落とした場合などのリカバリーのために用いられることが多いのですが、スタンフォード・オンライン・ハイスクールは設立当初から「世界トップレベルのクオリティの高い教育をオンラインで可能にする」ことを目的にしています。
――日本人の生徒も在籍していますか?
日本在住の生徒も10名ほど在籍しています。ただ、日本在住の日本国籍を持つ生徒なのか、それとも他の国の国籍を持つ生徒なのかまではわかりません。生徒の現住所は登録していますが、国籍は集計していません。
――オンラインのライブ授業が基本だそうですが、具体的にはどんなふうに行われるのでしょう。
多くの人が考える「授業」は、教師が講義を行う形が一般的ですよね。その後、各自で復習する。この構図を反転させた「反転授業」のスタイルを創立当初から導入しています。
生徒たちは授業の前に教材やレクチャー動画を各自で視聴してもらい、授業の時間には生徒同士によるディスカッションや演習などのインタラクティブな取り組みを行っています。これをオンラインで導入したのは本校が世界初でした。
必修科目は「哲学」だけ
――日本でいう大学の授業のようなイメージですね。学年ごとにカリキュラムは統一されているのでしょうか。
学年ごとに決まったカリキュラムはなく、生徒たちは約80ある履修コースの中から好きなものを選択します。必修科目は「哲学」のみです。
――なぜ哲学を必修に?
中高生ともなると授業内容もだんだんと専門的になっていきますよね。一方で、自分の頭で考え抜く力、既存の価値観を見つめ直すような視点など、生きる上でとても大切な力を磨く機会はなかなかありません。そうした力を10代のうちに養っていくために、最も効果的なアプローチが哲学であると私たちは考えています。
自律的な思考力や論理性、コミュニケーション能力を10代のうちから鍛えていくためには、哲学をしっかり学ぶことがとても重要になってきます。
オンライン学校には「廊下」がない
――さまざまな国や地域に住む10代がオンラインで交わり、学んでいくオンラインの学校だからこそ工夫されている点などはありますか。
もちろん、たくさんありますよ。通学して対面で会える学校であれば、休み時間に廊下に出て友達とちょっとしたおしゃべりができますよね? 同じ空間で近くにいるからこそ、授業以外に距離を縮められる機会がたくさんあるんです。
一方で、オンラインスクールにはそうした廊下のような空間がありません。だからこそ学校側としてはさまざまなサポートの仕組みを作っています。
たとえば、授業を受けるグループごとにSlackのチャンネルを作るのですが、「作りました、はいどうぞ」と生徒たちにただ投げて任せるようなことはしません。
最初のうちは教師から「今日のリーダーは●●さんね」と毎回指名して、リーダーとしてのその回では必ず発言をしてもらう。そんなふうにちょっとした役割を与えることで能動的になってもらい、お互いを知り合える機会や自分からコミットする感覚を身に着けてもらうようにサポートをしています。
「オンラインスクールなら、家で授業だけ受けていればいいのでは」と誤解されることも多いのですが、実はオンラインだからこそ社交性がなければ難しい。本校ではグループワークやディスカッションも盛んに行いますから、オンラインでも自分からアクティブに動ける子でないと、コミュニティに溶け込むまでに時間がかかるかもしれません。
ただ、シャイな生徒をサポートするためのレイヤーは、リアルよりもオンラインのほうが多様です。
たとえば、授業中に突然皆の前でプレゼンすることになったらプレッシャーですよね? でもオンライン授業であれば、「次はあなたに発言してもらうから心の準備をしておいてね」と先生から生徒に個別チャットでこっそり予告できます。
これはあくまで一例ですが、そうしたシャイな10代の子たちをサポートする仕組みやノウハウも、この16年間でだいぶ蓄積されています。
リアルの交流を挟んでオンラインにフィードバックさせる
――授業以外の場では、学校としてどのような活動があるのでしょうか。
クラブ活動も盛んです。約60のクラブや同好会があり、生徒たちはそれぞれにオンラインで参加・活動しています。もちろん、普通の学校のように生徒会活動もありますよ。
今はコロナ禍で難しくなってしまいましたが、普段は3カ月に1回のペースでスタンフォード大学のキャンパスに生徒を迎えての大規模なイベントも行っています。イベントといっても一種類だけをやるのではなく、2泊3日の期間内にアカデミックなものから遊び心のあるものまで30近くの多様なイベントが盛りだくさんに詰め込むんですね。飛行機に乗ってわざわざやってくる生徒も多数いますから。
それまでずっとオンラインでしか交流がなかった仲間や先生たちとリアルで会える機会ですから、生徒たちは当然すごく盛り上がるんですよ。先生やスタッフは期間中、インフラ整備がそのぶん大変ですね。厳重に警備をしないと本当にいろんなことが起きかねないので(笑)。
けれども、そうやって実際に会って盛り上がったことで絆がより一層強く育まれると、再びオンラインに戻ったときのよい関係性にもフィードバックしていくんです。そういう意味では本校の授業は完全なオンラインではなく、オンラインとリアルのよいところを融合させたハイブリッド型教育と呼んだほうが正確かもしれません。
――10代は多感な時期です。生徒たちのメンタル面のサポート体制などはあるのでしょうか。
本校では生徒1名に対して、3名のサポートスタッフが必ずつく仕組みになっています。どんな授業を取ればいいかといった学業面での相談ができる、アカデミック・アドバイザーがまず1名。入学直後はフリーの時間が多くて戸惑ってしまう生徒も少なくありませんから、タイムマネジメントはどうすればいいのかといったことも含めて相談に乗ります。
それから、メンタル面で生徒を支えるカウンセラーが1名。さらに、進路指導の相談に乗るカレッジカウンセラーが1名。通常の授業を行う講師陣のほかに、これら3名のスタッフが生徒の学校生活をメンタル面からバックアップしています。
――生徒1名につき、3名の大人のスタッフがつくのですね。そこまで手厚い体制は日本の中学・高校ではなかなか見かけません。
そこは通常の学校の3倍はリソースを注いでいますね。10代の生徒たちの不安定な精神面を、オンラインだけで支えるのであればやはりそこは重きを置かなければならないという判断です。
また、本校の教育プログラムには哲学と並ぶもうひとつの柱ともいえる「SEL(Social Emortional Learning:社会性や感情の学習)」があります。これは自分や他者の感情を理解することで、適切なコミュニケーションや行動ができるようになるためのスキルを学ぶ授業です。
自分の感情を見つめ直したり、ほかの人の気持ちを汲み取ったり。社会性や感情のレギュレーションのスキルを身につける特別授業の他にも、日々の学習の中で自然にそうした学習が進められるように毎日の授業の中にSELの要素がふんだんに取り込まれています。
オンラインの学びに絶対的メソッドはない
――今後は日本でもオンライン学習やオンラインスクールが増えていく兆しが見えます。最後に一言、アドバイスをお願いできますか。
スタンフォード・オンライン・ハイスクールの運営に携わって16年目になりますが、僕自身はオンライン教育に絶対のメソッドがあるとは思っていません。どういう生徒に、何について、どんな風に教えるかによって、メソッドは常に変わってくるからです。
ただ、ライブ授業を行うならば、やはりレクチャーは短めにし、出席者同士がインタラクティブに意見を交わし合える授業のほうが有意義な成果が出ることは確かだと思っています。とくに若い生徒の場合は、それが一番大事といってもいいかもしれません。
自分がやりたいこと、学びたいことがはっきりしている子どもはどんどん伸びていきます。オンラインを学びのための有効な手段の一つとして、ぜひ活かしていってください。
(取材・執筆:阿部花恵 編集:鬼頭佳代/ノオト)
取材先
スタンフォード・オンライン・ハイスクール校長、哲学博士 星 友啓さん
1977年、東京生まれ。2008年、スタンフォード大学哲学博士修了後、同大学哲学部講師として論理学で教鞭をとりながら、「スタンフォード・オンライン・ハイスクール」スタートアッププロジェクトに参加。 16年より校長に就任。 現職の傍ら、哲学、論理学、リーダーシップの講義活動や、米国、アジアにむけて、教育及び教育関連テクノロジーのコンサルティングにも取り組む。
※本記事はWebメディア「クリスクぷらす」(2022年3月8日)に掲載されたものです。