「日本史は親友、世界史は恋人」――公立高校教師YouTuberムンディ先生が説く、歴史を学ぶ本当の意義

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2018/10/03

動画の累計再生回数850万回、チャンネル登録者2万5000人超。Historia Mundi(ヒストリア・ムンディ)名義で活動し、ネットでは「ムンディ先生」の愛称で呼ばれる人気YouTuberがいる。その正体は、福岡県立の定時制・通信制高校の社会科教員の山崎圭一さんだ。

2014年からYouTubeで世界史の授業動画の配信を開始し、2018年8月には「一度読んだら絶対に忘れない世界史の教科書」を出版。現在は日本史や地理の動画も配信し、そのわかりやすい動画授業は高校生たちから高く支持されている。

なぜ私たちは中学校、高校で世界の歴史を学ばなければいけないのだろうか。山崎さんの活動の背景に迫りつつ、世界史を学ぶ意義や学習方法について話を伺ってきた。

世界史を学んでも「役に立ちません」と答えています

――改めて、まず世界史がどんな科目なのか教えてください。

世界史は人間の存在や社会の成り立ちの全てを学べる、もっともスケールの大きい学問の1つです。高校で習う学問だと、世界史よりもスケールが大きいのは、宇宙を学ぶ地学くらいではないでしょうか。

そんな世界史には、人間のあらゆる失敗と成功が詰まっています。例えば、権力の絶頂にある人が転落するのは、ちょっと調子にのっちゃったとき。逆に権力者は控えめな方が長期政権を維持できたりする。人間には黒でも白でもない灰色の部分があり、それを認めないと戦争になってしまったり……。そんな学びが歴史の出来事から見えてくる科目です。

――では、世界史を学ぶと、社会に出てからどんなことに役立つのでしょうか?

歴史を教えているとよく聞かれる質問なんですが……。いつも「役に立たないですよ」と、ズバッと答えていますね(笑)。

――えっ、そうなんですか。役に立たないんですか……?

よく学校では、「一所懸命学んで、役に立つ人間になりなさい」と教わりますよね。でも、「役に立つこと」ばかりを勉強すると、他人に労働力を提供するだけの人間、つまり労働者に陥ってしまうんです。便利な人にはなれるけれど、新しい価値は生み出せません。

グローバル化が進んだ今、企業は安い労働力がほしければ、平均賃金が低い発展途上国の人たちを雇えばいい。そのため、もし自分がただの労働者になってしまったら、そういう人たちとの労働力争いに参加することになり、賃金はどんどん下がってしまいます。

そんな社会の中で生徒たちは生きていかないといけない。だから世界史は役に立ちませんが、「役に立つこと」だけを学べばいいというわけではないと思います。

――それでは、授業ではどのような話を?

まず、よく「家賃」の話をしています。例えば、私は借家に住んでいるので、大家さんに家賃を払っている。つまり、逆に考えると大家さんは働かなくても、家賃を収入として得られている。そういう収入がある人たちが世の中にはたくさんいるんです。

私は、生徒にマネーゲームをやってほしいわけではありません。ただ世の中に資本家と労働者がいること、なぜそういう社会構造になっているのかを知らないままで高校を卒業するのは、資本主義社会の中へ丸腰で出て行くようなものだと思うんです。だから授業ではこうやって、一歩踏み込んだところまで伝えるようにしています。

――社会の授業でそんなことを習ったことがないので、驚きました。それは世界史の中でも?

現代社会や政治経済の授業でも教えますが、世界史でも大きな関わりがあります。

昔の企業は、蒸気力や水力で商品を生産していましたよね。しかし、第二次産業革命をきっかけに、電気と石油でものを作る機械を作れるようになり、生産力が100倍くらいに跳ね上がります。つまり、これまでの生産力では100個しか作れなかった商品を1万個作ってしまい、すべて売らなくてはいけなくなりました。

それぞれの企業は株主や銀行からお金を借りて商売をしているので、1万個の商品を売り切って借金を返さなければ簡単に倒産してしまう。そこで企業は国や軍隊に働きかけて植民地をつくってもらい、現地で商品を売りつける。そうすると企業は助かりますよね。だから、19〜20世紀に列強諸国は帝国主義【※】に走ったんです。「植民地支配は良くない!」という感情論を伝えるだけではなく、社会や企業からどんな要請があったのかまでを掘り下げて伝えています。

【※】一つの国家が自国の民族主義、文化、宗教などを拡大するため、領土や勢力範囲を広げようとする侵略的な動き。経済上では、国際市場を独占しようとする、資本主義の最終段階。

さらに現代は、グローバル化と情報化がより進んで、企業の寿命はどんどん短くなっている。そういう世界で生きていくならば、自分の活動を多くの人に発信していくのは必須になります。

だから、美容師になるならばカットした髪型やアレンジのコツをSNSにアップしたほうがいい。直接お店に来てもらえれば、賃金の安い働き方に流されずに済みますよね、と。こういう話って、勉強の得意不得意にかかわらず、きちんと説明すれば伝わるんです。実際にYouTubeに動画を配信している生徒も結構いるので、「どんどんやれ」って話していますよ。ただし、ものになるには4〜5年はかかるよ、と言っていますけどね。

YouTubeでの活動は、学校のジレンマの解消につながる

――「世界史20話プロジェクト」をはじめとした動画をYouTubeで公開したのも、発信が重要と考えて始められたんですか?

いいえ。実はYouTubeを始めたのは、ある学校へ勤めていた時、生徒に世界史を教えている途中で他校へ異動になってしまったからだったんです。「先生が面白いって言うから、世界史を選択したのに!」と生徒から言われてしまって。そこで、せめてYouTubeで授業を見られないかという話になり、始めました。

目の前の生徒との関係性からスタートしたYouTubeでしたが、少しずつアップするうちに生徒や大人からどんどん反響をいただいて、止められなくなってしまって今に至ります。そして、この活動は私が学校の中で感じていたジレンマの解消にも繋がると気がつきました。

――ジレンマとは?

学校では授業時間に制約があるものの、センター試験に合わせて解説まで細かく教えないといけません。そのため世界史では、後半で習う現代史を教えきれずに終わってしまうのが「あるある」なんです。また学校によっては、世界史の授業経験が豊富ではない先生が担当になるケースもあります。

それに高校1年〜2年という早い段階で、世界史か日本史のどちらを勉強するか選択するので、受験する大学を決めた時に勉強していない科目が必要になるとわかるケースもあります。例えば、東京外国語大学は多くの受験生の得意科目が英語なので、世界史の点数で大きな差がつくんです。

また、スクーリングの時間が限られた通信制高校では世界史は20時間しかなく、授業だけで全てを教えるのは不可能だったりします。

――確かに。そうなると、世界史の苦手意識にもつながりそうですね。

先生が腑に落ちていないと、生徒もピンとこないですからね。多くの教員の歴史に魅了されており、その面白さを生徒に伝えたいのに、十分に伝えきれないままで生徒が卒業してしまうのは、本当にもったいないこと。

しかし、YouTubeの動画ならこのジレンマが少し解消できるんです。受験生はもちろん、高卒認定試験を受ける方や不登校の方、留学後に大学受験をしたい方、社会人で学び直したい方など、さまざまな視聴者がいるようです。

世界史の勉強のコツは、全体像をつかむこと

――世界史が苦手な人やこれから自分で世界史を勉強しないといけない人が、世界史を学ぶコツはありますか?

まずざっくりとした歴史の流れを掴んで、その後少しずつ細かくしていきましょう。最初から細かく覚えていくとキツいですし、最初の頃に学んだ内容をどんどん忘れてしまう。だからこそ、『一度読んだら絶対に忘れない世界史の教科書』を書きました。

多くの学校で使われる山川出版社の世界史Bの教科書は、学者さんの理想が詰まった本なんです。歴史の同時代性や、社会がどういうシステムで動いているのかを伝えたい気持ちは一教員として大変よくわかります。しかし正直なところ、これは大人でも読みこなすのが難しい。

特に、中学を卒業したばかりの高1や高2の生徒が、この教科書だけで理解しきるのはちょっと厳しい。だから、私が書いた本の位置付けは、教科書をしっかり読みこなせるようになるために歴史の全体像をざっくりと掴める「世界史のパスポート」なんです。

これから、学習指導要領が変わって、世界史にもアクティブラーニングが導入され、歴史の一時代をピックアップして議論する授業も行われるでしょう。しかし、細かい部分をしっかりと理解するために大切なのは、前もって歴史の大きな流れを知っておくこと。この1冊はそんなケースでも役に立つと思います。

大きな歴史の流れを掴んだ後に、さらにYouTubeにアップした動画を見てください。そうすれば、よりスムーズに理解できるのではないでしょうか。

――動画にはどのような工夫が?

「世界史20話プロジェクト」では、それぞれの話の区切りを意識しています。小説のように1話ごとに区切ってそして次の話で全く違う地域を取り上げる場合は、「ここから全く関係ない物語が始まる」という前提をきちんと伝えます。

世界史を習う時に一番混乱するのは、別のページに出てきた2人が同一人物だった時なんです。例えば、ローマと中国の歴史の両方に登場するマルクス・アウレリウス【※】とか。

【※】ローマ帝国の全盛期、五賢帝の最後の皇帝。中国まで使者を派遣し、後漢書に「大秦王安敦」として登場する。

世界史では、同時代に何が起きているかを学ぶのは重要です。しか、まずはそれぞれの地域で時間軸に合わせた縦のストーリーを押さえた方がいい。例えば、桃太郎とサルカニ合戦のそれぞれの面白さをきちんと教えて、「それぞれの物語に出てくるサルは、実は同じサルなんだよ」と教えてあげるイメージです。

――縦のストーリーをしっかりと頭に定着させるための、復習のポイントはありますか?

世界史20話プロジェクトの1話ごとに合わせた、まとめのプリントをネットで公開しています。1話にはコアになるキーワードが約100語あり、1枚のプリントでそれをカバーしています。

1話分が終わったタイミングで歴史のストーリーを振り返れば、記憶の新しいうちに復習ができて定着します。集中すればプリント1枚は10〜15分で埋められるので、20話分でも5時間あれば十分。高卒認定試験やだいたいの大学の試験問題は事足ります。

――なるほど。では、歴史の同時代性を掴み、横串を刺すためのコツはありますか?

横のつながりを考えるのは、受験勉強モードになった時です。それまでは、純粋に縦の流れを学ぶ方が、世界史を楽しめると思うので。

同じ時代に何が起こっていたかをしっかり理解するには、センター試験の問題を解くのがオススメです。センター試験はよくできていて、「○世紀に起きていない出来事を選べ」という問題の質が非常に高い。それをたくさん解いて解説を読むと、どんどん点数が上がっていきますよ。ただ、そのためにも、まずは縦の歴史の流れをしっかりと理解しましょう。

――徹底的に流れをつかみ、ブレークダウンさせていくんですね。

そうです。世界史は、最初から最後まで学びきった時が気持ちいいんです。しかし、ほとんどの人が高校で歴史を最後まで学べていなかったり、俯瞰できていなかったりして、最後のピースまでハマりきっていないんです。

最後まで学ぶと、世界の全て、地球を手のひらに収めたような感覚を得られる瞬間が来ます。どこから見ても、歴史がだいたいわかるし、どの国の人と話してもなんとなく掴める。その時になって見えることがあるので、ぜひ最初から最後まで勉強してください。

世界史の教養がベースにあれば、映画や旅など幅広い興味にアクセスできるようになります。また、大学ではどの学部に入っても、その分野の歴史を必ず学びます。数学史や教育史、化学思想史などですね。その時に世界史がわかれば、それぞれがどこに位置づけられるかわかるようになりますから。

 

自分の好きなことの魅力をどんどん世の中に伝えてほしい

――今後は、どんな活動をされて行く予定ですか?

これからは、歴史そのものだけではなく、歴史の楽しみ方も伝えていきたいですね。例えば、今も「バーチャル・ミュージアム」という動画のシリーズを作っていて、歴史を踏まえて絵画の色や構図などの見方を解説しています。

例えば、フェルメールの絵画『真珠の耳飾りの少女』。これは当時、オランダが世界に目を向けていた時期の作品です。ターバンの青色は東洋趣味のものですし、ターバン自体もヨーロッパの由来のものではないので、オスマン帝国あたりの風習が入ってきたのではないか考えられます。歴史を知っていると、1つの絵もより深く楽しめるんですよ。

ほかにも、映画や旅も歴史背景を知っていれば、もっともっと違う視点でも楽しめるようにあります。『スター・ウォーズ』はまさにローマ帝国の歴史そのものですと言われたら、ちょっと興味が湧きませんか?

ほかにも、ジブリ映画『風立ちぬ』は関東大震災のシーンから始まりますし、作中では日中戦争の始まりが描かれています。そんなふうに歴史自体を楽しめるコンテンツを、もっと生徒たちを巻き込みながら作っていきたいですね。

――最後に、学びについて迷いを抱える中高生にメッセージをお願いします。

これからも、楽しい世の中で生きていきたいですよね。会社や学校に閉塞感を感じてしまう原因は、それを作っている大人たちが楽しそうじゃないからだと思っています。

だからこそ、私は自分が好きなものを極めて、その楽しさや喜びをもっと周りに伝えて巻き込んでいく人がもっと増えてほしい。小さな子どもに、「この遊びが面白いよ」と口で説明するよりも、自分が楽しんでいる姿を見せて、「楽しいから一緒に遊ぼう」と引き込む方が魅力を伝えられると思っているんです。そうすれば、主体的な行動や学びも増えていくでしょう。

仮に1人が自分の好きなもので楽しむ気持ちを「1fun」だとすると、もし1億人が友人1人に自分の好きなものを伝えたら、社会全体が「2億fun」になるわけです。世の中はもっと楽しくなりますよ。今はまだ、そういう楽しみを伝える大人が少ないのではないでしょうか。

それに、自分が好きなものを発信し続けると、お金になり、仕事になり、産業になります。人の好奇心は、お金になるんですよ。

私は、「歴史の何が面白いのか」を聞かれても困ってしまうくらいに、昔から歴史が好きなんです。

日本史は親友、世界史は恋人だとよく言っています。小さい頃からそばにあってずっと学んできた日本史と、高校から新たに出合って学んだ世界史。どちらか一方を選べと言われても、私にはとても選べません。

生徒と博物館に行く時も、私が一番楽しんでしまいます(笑)。歴史をこんなにも楽しんでいる自分がいて、歴史は本当に面白い。これからも皆さんの前で全力で歴史を遊び、その面白さに引き込んでいきたいですね。

(企画・取材・執筆:鬼頭佳代/ノオト)

取材協力

堀口智之

取材先名:世界史・日本史のムンディ先生こと山崎圭一さん 詳細:再生回数850万回を誇る世界史・日本史授業動画YouTuberであり、現役の公立高校教師。2018年8月に、著書に小説のように「読める」教科書をコンセプトにした「一度読んだら忘れない世界史の教科書」を出版。

URL:https://www.youtube.com/channel/UCzSU4Vjk2VBJFHPvB5SJxHA

※本記事はWebメディア「クリスクぷらす」(2018年10月3日)に掲載されたものです。

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