子どもの可能性を広げるにはどうすればいい? 沼田晶弘先生に聞く「子どもが輝く仕掛け」の作り方
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2018/11/02
インターネットが普及した現在。行動範囲が狭く、出合う情報も限られていた子どもたちも、さまざまな生き方・考え方の人々の情報に気軽に触れられるようになりました。
また近年、YouTuberやプロゲーマーなど、これまでになかった仕事が登場し、「好き」を仕事にする人を見かける機会も増えています。
しかし一方で、「遊んでばかりいないで、ちゃんと勉強しなさい」と、否定的な見方をする大人も少なくありません。もちろん、子どもの将来を思うからこその言葉ではありますが、かえって選択肢を奪っている可能性も。
子どもにどんな才能が眠り、何が価値を発揮するのかわからない現在、大人はどう接すればいいのか。子どもたちの可能性を広げるユニークな授業で注目される、小学校教諭の沼田晶弘さんに、そのヒントを聞いてきました。
子どもだからといって、「子ども扱い」をしない
――かつて沼田さんが担当した小6のクラスの卒業遠足では、帝国ホテルでディナーを食べて、リムジンで送迎してもらったと伺いました。その資金は子どもたちが自発的にさまざまなコンテストに応募し、稼いだ賞金だと。一見、こうした活動は小学生には難しそうに思えます。普段子どもと接するとき、何を意識しているのでしょうか?
「子どもだからできない」と制限をかけないようにしています。たとえば、政治の話は子どもには難しいと思われがちです。しかし、僕が小4のクラスを担当した時には、フランス大統領選挙の話をしたことがあります。
「マクロンは移民を受け入れ、ルペンは受け入れない」と話すと、子どもたちは最初マクロン派になります。でも、移民受け入れによって失業者の増加が懸念されているなどの背景を説明すると、ルペン派の子も増えて意見が分かれる。そこでは「お父さんの仕事がなくなったら怖い」といった、小学生らしいかわいい意見が出てきます。
もちろん年を重ねて知識が付いてきたら、より正確な判断や議論ができるようになるでしょう。しかし、大切なのは正しいか間違っているかではなく、自分なりに考えること。子どもは子どもなりにしっかり考えられるので、それを制限する必要はありません。
――子ども扱いせずに彼ら自身の考える力を尊重すれば、必然的にできることの幅は広がる、と。
そもそも、僕は基本的にできないことは言わないんですよ。「(元陸上競技選手の)ウサイン・ボルトみたいに走れ」と言われても、子どもはボルトじゃないからできない。その代わり、その子自身が現在どこまでやれるかを見て、声掛けするようにしていますね。
――子どもができることの範囲を広げるために、どんな声掛けをしていますか?
「もっとできるはずだ」という期待を込めて、「先生から見れば、もっとできると思うんだけど、そんなもんか?」とあおることが多いです。そうすると、やっぱり子どもたちは燃えるので(笑)。もちろん、これは子どもたちとの間に信頼関係ができているからこそ言えることですが。
「ちゃんと」「きちんと」ではなく、「システム」を作る
――沼田さんは著書やインタビューなどで「良い質問ですね」を先生が使ってはいけない言葉として、挙げています。それは先生にとって“都合の”良い質問が出た時に使う言葉だから。その言葉で褒めると、子どもたちは先生がしてほしい質問を探そうとしてしまう、と。この言葉のほかにも、使わないようにしている言葉はありますか?
行動を促すときに、「ちゃんと」「きちんと」は、できるだけ言わないようにしています。
たとえば、校内に「ふじが池」というザリガニが釣れる池があるのですが、子どもたちはザリガニに夢中で休み時間が終わっても教室に戻ってこないんです。そこで、「どうしたら時間通りに帰ってこられるか?」と聞くと、子どもたちは「これからはちゃんと帰ってくる」「きちんと時計を見る」と答える。でも、これでは絶対に時間通り帰ってこない。
――注意するだけで改善されるなら、始めからしっかり帰ってきますよね。
そうです。だから、「ちゃんと」「きちんと」の言葉だけで片付けようとするのではなく、決められた時間に帰ってこられるシステムを作る必要があります。
なので、「みんなが言う『ちゃんと』『きちんと』はふじが池の魔力によって消されてしまう。どうすれば魔力に負けずに帰ってこられるか考えてみよう」と話し、再度子ども同士で意見を出し合ってもらいました。
すると、「10人くらいで遊びに行っているから、1人くらいは授業が始まることに気付くかもしれない。そうしたら『もうすぐ帰る時間だよ』と騒いで帰ろう」、「もし全員が時間に気付かず、戻ってこなさそうな場合は、教室にいる子が3分前に迎えに行こう」といった意見が出てきました。
これなら自分・友だち・周囲と3方面から注意できるので、時間通りに帰ってくるようになるんですよ。
――なるほど、子ども同士で具体的な方策を出せるんですね。
はい。ほかにもシステムを作ることで、子どもたちが自ら進んで改善をした事例があります。
たとえば、魚は骨が多くて食べづらいので、苦手な子どもが少なからずいる。でも、うちのクラスの子たちは全員、魚を上手に食べられるんですよ。それは、「SPHF(サンマパーフェクト骨抜きフェス)」という取り組みをしたからです。
――それは、どのような取り組みですか?
総合学習の時間で、焼いたサンマをどうすればきれいに食べられるかをクラス全員で研究するイベントです。
子どもたちはこのフェスでいい成果を残すために、家でもサンマの食べ方を研究してくるわけですよ。結果、魚を進んで食べるようになったり、箸使いが上達したり、兄弟姉妹もきれいに食べるようになったり。面白かったのが、それまで家庭で脚光を浴びてこなかったお父さんが、サンマを食べるのがうまいってだけで、講師みたいな存在になって(笑)。
あと、うちのクラスでは、サンマをきれいに食べるためにPDCA【※】を回しています。
【※】Plan(計画)・Do(実行)・Check(評価)・Action(改善)の頭文字を取った言葉。管理業務を円滑に進める手法の一つ。
できない人は、PDDDのように振り返りをしないことが多い。うちのクラスではCheckとActionをしっかりやっているので、最初はサンマをきれいに食べられなくても、どんどん上達していきました。
どうすれば子どもが進んで勉強する?
――親が子どもに「勉強をしなさい」と言っても、うまくいかないことが多いかと思います。どんなシステムを作れば、勉強させることができますか?
まずは「何のために勉強するのか」と目的を明確にすることですね。
そもそも家で子どもに自発的に勉強をさせるのは、かなり難しいことです。今や中卒・高卒でも成功している人をテレビやネットでよく見かけますし、一流大学に入って出世コースに乗る流れも崩壊してきている。そんな状況を見ている子どもたちにとって、勉強をしないといけない理由は分かりづらい。
――「将来に役立つから」では、なかなか納得できないですよね。勉強する目的を子どもに持ってもらうには、どうすればよいでしょうか?
「なぜ勉強するのか」を子ども自身で考え、決めてもらうように働きかけましょう。
たとえば、小1のクラスで漢字を勉強し始めるときには、まず「どうして漢字を勉強するのか」を話し合いました。「かっこいい」「街にたくさん漢字がある」「ひらがなだけでは文が長くなる」「子どもに名前をつけるときに意味を込められる」などいろんな意見が出てきました。
意見を出し切った後に、聞いたんですよ。「君たちが大人になる頃には、漢字の読み方を教えてくれるアプリが発達するから、勉強しなくても大丈夫。漢字の勉強をやめるなら今日だぞ。今日ならまだ損することはない。それでもやりたいのか?」と。そうしたら、全員が「やりたーい!」って(笑)。
――こちらが「勉強しなさい」と言わずとも、子どもから「勉強したい!」と言ってくるようになったんですね。
あとは、外発的動機づけを利用するのも1つですね。
方法はいろいろありますが、僕がよく使うのはライセンス制度。たとえば、新聞の記事を切り取り、それに対して意見を書いた子には「KKC(キレキレコメンテーター)」、気になることを自分で調べてきた子には「SLA(セルフラーニングアドバイザー)」というライセンスを配っています。すると、子どもたちはライセンス欲しさに勉強するわけです。
ちなみに、ライセンスは月末で失効させています。なぜなら、期限を付けておかないと、一度ライセンスを取った時点でやらなくなってしまうから。このように継続して勉強し続けられるよう、工夫しています。
――外発的動機づけはきっかけにはなりますが、長期的に勉強を続けるためには内発的な動機に変わるようにしていかないといけないですよね。
そうですね。SPHFも、最初は魚をきれいに食べることが目的でしたが、そのほかにもいろいろな発見が出てきました。先日、サンマが少し値上がりしたのですが、その際に子どもたちは「なんで値上がりしたんだろう?」と気になってくるわけです。
すると、「北海道の地震の影響で流通が止まったからだ」と気付き、流通に関する学びも生まれてくる。そうやっていろんなことを知っていくと、さまざまな切り口や視点で物事を考えられるようになるので、勉強が楽しくなってきます。
好きなことに没頭して、勉強しないことは良いこと?
――最近、好きなことを仕事にする人を見る機会が増えてきました。こうした状況の中で、「遊んでばかりいないで、勉強しなさい」と親が子どもに言うことについて、どう考えていますか?
僕は子どもが本気でやりたいことがあるなら、しっかり教えたいですね。やっぱりその道のプロになる人たちは、小さい頃からすごく練習しているんですよ。そのことに気づかずにのんびり練習していたら、本当にやりたくても手遅れになってしまうので。
ただ、バランスを取ることも重要だと思います。プロ野球選手になりたいからといって、勉強を一切せずに野球だけしていたら、怪我や病気などで挫折したときに、他の方向に行きづらくなる可能性が高い。だから、ある程度は勉強もしたほうがいいでしょう。
そのためには、まず自分がどんな風になりたいかを明確にして、勉強と好きなことの時間をそれぞれどのくらい確保するかを考えていくことが大切です。
――目標を設定して、そこから何をするか逆算する必要があるわけですね。
そうです。「プロセスが大切」と言う人がいますが、ゴールなきプロセスはただの迷子ですよ。行き先もわからない状態で「歩くのが大切だ」って言われても、納得できませんよね。子どもだって目標さえクリアになれば、そこに向かってしっかり行動していけるようになります。
――最後に、子どもの可能性を広げたいと考えている大人に向けて、アドバイスをいただけますか。
ゲームばかりしている子どもがいるとしたら、「ゲームなんかしてないで、勉強しなさい」と言ってしまうこともありますよね。でも、子どもにとっては価値のある行為なので、「ゲームなんか」と切り捨ててしまうのは違うかなと。
大切なのは、やみくもにゲームを禁止することではなく、勉強に興味を持てるようなシステムを作ることです。勉強が価値あるものだと気付くための視点を一緒に持ち、気付いたら勉強していたという状態を作っていきましょう。最終的にはシステムを作るだけで、子どもが楽しく自分から動けるようにする。その仕組み作りと演出が、大人の仕事ではないでしょうか。
(企画・取材・執筆:野阪拓海/ノオト 編集:鬼頭佳代/ノオト)
取材協力
沼田晶弘さん
1975年、東京都生まれ。国立大学法人東京学芸大学附属世田谷小学校教諭、学校図書生活科教科書著者、ハハトコのグリーンパワー教室講師。東京学芸大学教育学部卒業後、アメリカ・インディアナ州立ボールステイト大学大学院で学び、インディアナ州マンシー市名誉市民賞を受賞。スポーツ経営学の修士を修了後、同大学教員などを経て、2006年から東京学芸大学附属世田谷小学校へ。教育関係のイベント企画を多数実施するほか、企業向けに「信頼関係構築プログラム」などの講演も精力的に行っている。
※本記事はWebメディア「クリスクぷらす」(2018年11月2日)に掲載されたものです。