人生のレールはひとつじゃない 子どもたちに寄り添う沖縄の学習支援団体「てぃあんだあクラブ」
専門家に聞く
2016/09/19
勉強の仕方がわからない。やる気が出ない。進路の決め方がわからない。
そんな悩み相談に応じている人がいる。沖縄在住の学習環境プランナー・佐渡山要さんだ。
佐渡山さんが得意としているのは「子どもたちひとりひとりに合った長期的な視野の学習計画作り」。それに伴い、進路の相談も受け付ける。
子どもたちの居場所となる「ワンコイン勉強室」を運営し、出張授業もする団体「てぃあんだぁクラブ」を立ち上げた彼に、どのような支援をしているのか聞いた。
――てぃあんだぁクラブは、どのような場所・団体ですか?
「出張学習、教室学習、ツアー学習などを行っています。『てぃあんだぁ』は沖縄の言葉で『愛情をこめて食事を作ること』。愛情をこめて取り組むという気持ちを表す言葉に、子どもも大人も気軽に参加してほしいという思いをこめて『クラブ』をつけました。子どものことで困っている家族の相談も受け付けています」
――活動をスタートしたきっかけは何でしょうか?
「友人と一緒に始めた学習塾で、金銭的な理由から入塾を諦めざるを得ない子どもが増えてきていました。成長機会を失っていく子どもたちのことが頭から離れなくなって……。もっと気軽に通える塾を作りたい、ファーストフード店に行くぐらいの価格で、飲食もできて、勉強の質問ができて、何時間いてもいい。大人が気晴らしに行くバーのように、子どもたちが集える『夜の居場所』を塾で作れたらいいな、と思い、9歳から18歳の子どもを対象にワンコイン勉強室をオープンしました」
――どのような子どもたちが来ますか?
「『学校の授業についていけない』『学校の先生の話がよくわからない』という悩みを抱えて来る子どもが多いですね。引きこもりや不登校の子、発達障害で悩む子たちもいます。それぞれの困っていることに配慮して、時間や曜日を分けています」
――不登校の子どもやその親からの相談を受けて、どのように回答していますか?
「沖縄の不登校の場合、『社会のレールから外れてしまった』『社会不適合なんじゃないか』という不安を抱えていらっしゃる方が多いです。まず、高校へ通わなくても『高校認定』を取れば大学受験の資格が得られること。通信制の高校に通うという選択肢もあること。そういうことをお伝えして、『色々なレールがあるんだ』『まだまだ大丈夫なんだ』と安心してもらうことから始めます」
――安心してもらったら次は何をしますか?
「先輩たちの具体的な事例を伝えます。例えば、いわゆる“ヤンキー”で学校の成績が悪く、先生の評価も低かったけれど、人と話すのは得意な女の子がいました。彼女は普通高校に行くのが難しいくらいの学力だったのですが、1年間で高校認定を取得し、2年間アメリカに留学して、帰国子女枠で上位ランクの私立大に入ったんです。もし、みんなと同じように高校進学をしていたら、沖縄の高校の入試制度では、たぶん最低ランクの高校に行って、もしかしたら本人が希望しないような将来になっていたかもしれない」
――そういう話を聞くと、勇気付けられますね。
「ほかにも、不登校で相談に来た子が、デザイナーを目指して通信制高校に行きました。話していくうちに、この子は絵が好きだな、人を喜ばせることが好きだなと感じて。『そう思ったよ』と伝えると、『そうなんです!』と。絵に関わる仕事がしたくて行きたい高校がないなら、デザイン科のある通信課程に進む道もあるよ、という話をしました。具体的な事例を紹介すると、パっと視野が開けてくる子もいます。学校ではそういうことができづらいのかもしれません。全日制の高校に進学しないのは一般的ではない、という固定イメージが沖縄ではまだまだあるのではないでしょうか」
――相談に乗ってきた子ども達が変わったな、成長したな、と実感したエピソードはありますか?
「たくさんあります。例えば、社交不安障害と摂食障害で学校に通えていなかった中学3年生の女の子。彼女のお母さんから電話が来たんですね。『高校受験もあるから勉強を始めたいけど、近くの友達のいる塾には通えなくて困っている』と。面談をして『まず、ごはんを食べて体力をつけようね』と彼女に話すところから始まりました。秋には食べられるようになったので、冬から個別指導で勉強を始めました。そうしたら、あることをきっかけに勉強にはまっていったんです」
――あること?
「一次関数を解いていたときに、『公式の意味がわからないまま計算してもいいんですか?』と聞かれて。『疑問を感じて考えることは大切だけど、公式の場合はテクニックとして使ってもいいんだよ』と答えました。そしたら、数学にはまりだしたんです」
――何かが腑に落ちたんでしょうか。
「その1週間後の授業のときに、すごく楽しそうに解いてるから、どうしたのって聞いたら、こう言いました。『今までわからないことがあるのはいけないことだと思ってたけど、それは単に知らなかっただけ。わからないことは、これから新しく知ることにつながるんだってわかったら、勉強することが楽しくなってきました』と。それで成績が上がって、無事高校に合格しました」
――高校に入ってからは、どうですか?
「社会不安があったからだいじょうぶかな、と思ってたら、生徒会に入ったり、校内陸上大会の選手宣誓をやったりと、すごく積極的になった。人間は成長して変わっていくものだと実感しました」
――発達障害の子どもや家族にはどのような支援をしていますか?
「発達が気になる場合、僕の塾では高校入試対策もやっているからか、12歳くらいから家族が相談に来ることが多いです。その場合、『今決めるのではなく、18歳までにゆっくりと、生活や対人関係のトレーニングをしてはどうですか? それらができてから考えるともっと前向きな考え方も見つかるかもしれない』という話をします。決定を先に延ばすと視野が開けてくることもあるんです」
――わからないことが多くて、不安が膨らんでしまうのかもしれませんね。
「当然だと思いますが、ご家族が、この子の将来はどうなるんだろう、という漠然とした不安に囚われてしまっているんですね。不安に思う『将来』というのは、13歳からなのか、15歳か、それとも成人してからなのか、話を聞いて、本当に悩む時期をはっきりさせます。次に、そこまでにまだ時間があることや、トレーニング方法や、民間の事業所の情報を伝える。そうすると『あ、なんとかできそう』と、不安が小さくなった分、ちょっと心がラクになって、思考が上向きになる」
――そういった情報は、当事者にあまり届いていないんですね。
「保護者がこういう相談をする、話に付き合ってもらえる場所が沖縄にはあまりないのかもしれませんね。発達障害に関するお金の悩み、進路の悩みを話したり、一緒に選択肢を考える場所が少ない。だから、保護者には不安をとことん話してもらうことが大切だと考えています」
――自分がやりたいことがなにかわからなくて、なかなか将来像を描けない子どももいると思います。そういう子どもには、どうアプローチしていますか。
「以前、『今の大人たちが小さい頃に携帯電話がなかったように、これからどんな未来になるかはわからない。今の仕事から未来像を描くのは危険』と聞いたことがあります。それで、自分はどんなことだったら楽しめるのかを『妄想』することを勧めています。妄想をふくらませるためにさまざまな動画を見てもらっています」
――どんな動画を見せているんですか?
「『TEDカンファレンス』という学術やデザインなど、いろいろな技術や知識を持った人のプレゼンテーションがインターネット上で無料で動画配信されているので、それを見せたり。というか、僕が見たくて、子どもにも付き合ってもらっているというか(笑)。あとは、情熱大陸などのドキュメンタリーも見せます。たとえば、Perfumeのプロジェクションマッピングの演出を手がけているライゾマティクスを紹介する番組。こういう技術があるよ、と伝ることで、将来こんなことがしたいなっていう気持ちを促したい。僕自身では教えられないロールモデルが世界にはたくさんあるから、そこは動画の力を借りています。
――妄想を促すってユニークですね。
「僕自身が、子ども達の未来を勝手に妄想しています(笑)。それを子どもに話すと『違うよ』って言われて。『じゃあどんな風なの』って聞くと、その子の妄想が始まる。おっしゃー! 来たー! って感じですね」
――そういう雑談が大事なのかもしれないですね。佐渡山さんが率先して妄想することで、子どもたちも将来について考えるのが楽しくなってくるのかもしれません。
「妄想クラブって呼んでます(笑)。マンガもいいですよ。教室には『ドラゴンボール』や『夏目友人帳』など、いろいろなマンガが置いてあります。読んだあとの感想を聞くと、言葉が前向きに変わっていたりする」
――マンガの影響って大きいんですね。
「勇気をもらうんでしょうね。最初は何を聞いても『別に』って答えていた子に、『このページ面白かった?』って聞いたら『面白かった』って言ってくれたり。そうやって言葉の数が増えてくると、心を開いてくれたんだなと嬉しく思います」
――マンガのセレクトはどうやって決めてるんですか?
「子どもたちから勧められます。今まで生徒に教えてもらった作品で特に面白かったのは、『君に届け』とか『青空エール』とか……」
――先生も興味の幅を広げていっているんですね! そもそも、塾なのに、マンガを読んでもいいんですか?
「気持ちが前向きになるかどうかを大事にしたいから、あえてマンガを読むことを促すこともありますよ。マンガは、友達と協力して問題に立ち向かっていくストーリーが多いですし。僕は、塾を子どもたちの『ガス抜きの場』にしたいんです。500円で好きなだけいて、やりたいことをしていい。カフェやマンガ喫茶の代わりに使ってもいい。ときには親のことを愚痴ってもいい。最初はマンガばかり読んでいた子の興味が、2カ月目くらい経つと、勉強に変わっていったりするんですよね。
――あの手この手で子どもを刺激しているんですね。
「教室に来た大人の話を聞いてもらったりもします。教室は机でグループを作るように配置してあるから、大人も子どもも同じ場所にいるんです。取材で来た新聞記者や、仕事で来た弁護士が話しているのを聞くと、心に残るみたいで、子ども達の妄想がより具体的になったりします。同級生の脳外科医が遊びに来てくれることがあって。外科でしかも女医って珍しいから、子ども達も『おおー』ってなる。彼女が『勉強苦手だったよ』と話すと、親近感がわく。そもそも医者の私服姿を見ることが新鮮だったりする。そういうことが、自分の将来を具体的に想像するきっかけになったり、『自分もがんばろう』という気持ちにつながったりするといいな、と」
――今後やっていきたいことはありますか?
「勉強は苦手だけど好きなことはとことん好き、というタイプの子が評価される場所を作りたいですね。何かを好きになることも才能のひとつですが、周囲に評価されていないことが多い。あるお母さんから『うちの子は本を読みすぎて困っています。毎日文庫本を3冊読んでいます』と相談されました。また、『ボールペンのインクを調べて分類しています。何の役に立つんでしょう』とか。おとなしいから学校でも褒められることが少ない。しかも、自分にとっては当たり前のことだから、本人も強みに気付いていない場合もあるんです。そういう子は、継続して行動する力や、情報を分類する力がある。向いている職業はたくさんあります。『これでいいかも』とたくさん未来を想像してほしいですね」
(与儀明子+ノオト)
取材先
学習環境プランナー。1980年沖縄県読谷村出身。大学卒業後、地域づくりNPOや会社勤めを経て、塾を起業。家庭の事情で塾への入会を諦める子どもの増加に伴い、「てぃあんだぁクラブ」を立ち上げ、入会金と会費制のない1日500円の「ワンコイン勉強室」を那覇市仲井真で主宰する。現在は在宅学習支援と学習相談事業に力を入れる。
▼てぃあんだぁクラブ
※本記事はWebメディア「クリスクぷらす」(2016年9月19日)に掲載されたものです。