「ほめて伸ばそう」「伝わるように話そう」などと言われても、なかなかうまくいかないのが子育てというもの。「学校に行きたくない」「勉強をしたくない」という子どもについ怒鳴ってしまって、後で落ち込んだり、反省したりした経験のある保護者は少なくないはずです。
逆効果とわかっていても、つい厳しく言ってしまう。そんなときはどうしたらいいのでしょうか。
「親にだって練習の機会はあったほうがよいし、練習をすればみんな少なからず上達はしますよ」と語るのは、『子どもも自分もラクになる「どならない練習」』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)の著者、伊藤徳馬さん。
子育て相談・児童虐待担当を経て、現在も市の職員として福祉の総合相談と計画を担当する伊藤さんは、育児・保育の手法を保護者が体験的に学習する「ペアレンティング・スキル・トレーニング」の簡易版講座を多数開催。「ほめるのが苦手」、「ついカッとなってしまう」そんな保護者の悩みがラクになる、実践的な方法論を伝えています。
親子関係も複雑になりがちな思春期、さらに進路についても考えなくていけない、そんな時期の子育てに悩むみなさんに役立つアドバイスを伺ってきました。
●お話を伺った人
1978年生まれ。民間企業を経て2004年に茅ヶ崎市役所に入庁。2007年から子育て相談・児童虐待担当になり、2010年に子どもへの対応方法を練習する講座を事業化、児童虐待対応やペアレンティングをテーマに講座・研修講師として活動を始める。現在は、福祉の総合相談や計画を担当する部署に所属。著書に『子どもも自分もラクになる「どならない練習」』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)など
いきなり完璧を目指さず、コツコツ練習から始めよう
―― 伊藤さんの著書で紹介されている「どならない練習」ですが、これには具体的にどんなメリットがありますか?
本書タイトルにもあるとおり、親が少しだけラクをすることができます。また子どもには、叱るアプローチよりもいくらかは伝わりやすくなります。つまり効率が良いのです。
―― 精神論的な内容ではなく、実践的なことが多く紹介されていますよね。
私もいくつかのペアレンティングスキルを学んで、相談者さんや支援者の仲間たちと実践することでたくさんの発見がありました。
ペアレンティングスキルは、一般的には親子が互いに良い関係を築きながら養育する方法のことを言いますが、その内容は保育士さんや幼稚園の先生など育児のプロも研修や職場指導で学んでいます。ところが、その基本的な内容でさえ、親にはシェアされていない現実があります。学んでいる親も、練習をしているかというと少数なのではないかと思います。
―― 確かに、子育てにおいて「練習」という感覚は持ちにくいかもしれません。
ただ、スポーツの基礎練習や算数のドリルと同じで、練習をすれば誰でも何かしら上達することができるんですよ。今の親世代だと、怒鳴られたり叩かれたり、悪いことをしたら外に出されたりという経験をされている人も多いと思います。
だから自分も同じように子育てをしてしまいがちなのですが、練習することで変えていくことができます。
最初は少し恥ずかしいかもしれませんが、とりあえず練習してみることで案外スッとできてしまうこともあるので、まずは試してみてほしいです。
怒鳴る前にやってほしい5つの行動
——では早速、怒鳴る前にやってみてほしい基本的な行動を教えていただけますか。
最も基本的なものは、「代わりの行動を教える」「一緒にやってみる」「気持ちに理解を示す」「環境をつくる」「ほめる」の5つです。それぞれ簡単に解説していきますので、少しずつ練習してみてください。
代わりの行動を教える
「片付けてね」など、望ましい行動を具体的に伝えることです。
「ちゃんとしてよ」、「いい加減にしてよ」など曖昧な言葉ではどうしたらいいのか伝わりづらくなります。
また「出しっぱなしにしないで!」など否定・禁止の表現は、お互いにストレスになり、非効率的。「どうして片付けないの?」という疑問形も、非難のニュアンスが強くなりがちです。これらの表現よりもシンプルに望ましい行動を言ったほうが、伝わる可能性が少し高まります。
一緒にやってみる
説教をすると「言ってやった」感はあるのですが、当の子どものほうは神妙な顔をしつつも全然聞いていないということはよくあります。
ですから、例を示すために一緒に望ましい行動をやってみることが大切です。小学校中学年以上なら、一緒にではなく見守ってあげるだけでもOKです。視覚的、体験的に学んだほうが理解しやすいということです。
気持ちに理解を示す
「子どもの立場で考える」ということですが、「○○だったんだね。わかるよ」など言葉ではっきり伝えるようにします。共感できない内容でも、子どもの言葉を復唱してみましょう。
「だって急いでたんだもん!」と言われたら、「急いでたんだね」だけでも大丈夫です。共感から入ることで、大人の話を聞いてくれる確率が上がります。
ほめる
ほめ方については育児論でも諸説ありますが、高度なことはひとまず置いておきましょう。「○○してね」と伝えたことを子どもができたら、その具体的な行動をほめます。
叱るというのは、問題行動をやめさせて望ましい行動に変えさせる流れになりますが、お互いネガティブな感情を持っているとなかなかうまくいきません。お互い気分の良いやり方をしたほうが、成功率が高く効率的です。
ほめるのが苦手な人なら「○○できたね」と伝えるだけでもOKです。
環境をつくる
いくら肯定的な言葉をかけても、環境によっては聞いてもらえないこともあります。テレビがうるさい場所ならそれとなく消す、近くに行って話すなど、子どもの側に行って目線を合わせられる環境を作りましょう。
これらは、必ずしもやればすぐに効果が表れるものではありません。あくまでも、伝わる確率を上げる手法として取り入れていただければと思います。お互いの気分が悪くなりにくいため、親のほうもカッとなってしまうことが少なくなるはずです。
思春期の子どもとのコミュニケーションはどうする?
―― 思春期まっただ中の中学生や高校生の場合、特にどのように接すると良好な親子関係が結べるか教えていただけますか。
確かに年齢が上がれば上がるほど、相手を尊重したやりとりをすることに気をつかわなければならない場面も増えますが、3歳児相手にだって尊重しなければならないのは一緒です。ですから、先ほどお伝えした5つのような肯定的なやりとりが大事というのは同じです。
加えて、「待つ」「聞く・考えさせる」というのが、その年代だと有効になってくると思います。思春期を迎えると、良い意味でも親に反発するようになります。すると親も思わず感情的になることが増えてきます。
―― 反抗期は難しいですよね。
相手が大人になってきている分、小さい頃には言わなかったようなことをガツンと言ってしまうこともありますよね。そんなときには5秒数えて「待つ」ことで、スムーズにコミュニケーションがとることができるかもしれません。
カッとして強い言葉を出す前に待って、その間に、どうしたら相手に伝わるような言い方ができるか考えてみると良いと思います。
―― なるほど。では、「聞く・考えさせる」については?
たとえば、嫌味っぽくなく落ち着いたスタンスで「最近勉強できてないみたいだけど」「机の上も散らかりっぱなしだよね」などと切り出します。そして「入学した頃を思い出してみようよ。その頃は高校に入ってどうしようと思ってたっけ?」「5年後にはどういう生活をしたいと思ってる?」と問いかけます。
答えが来たら「じゃあそのために今できることは何か考えてみようか」と考えさせる。本人に考えさせ、言葉にしてもらうことがポイントです。
―― 高度な内容になってきますね。
こうした問いかけが有効になるのは、親子の間でコミュニケーションの下地ができていることが前提です。お互いに慣れていないと、上手くいかないこともあります。
実は児童虐待の現場でも、「聞く」行為が問題になることがあります。たとえば会社で「部下を育てる質問の投げ方」についての研修を受けたお父さんが、よかれと思って子どもに向かってその理論を使って教え諭そうとする。
でも自分の子どもだとつい余計なことを言ってしまってヒートアップした結果、親子ともに傷ついてしまうといったケースです。職場だと落ち着いて社会人同士のコミュニケーションを進められても、自分の子どもが相手となるとなかなか難しいんですよね。
「聞く・考えさせる」はそうした紙一重な側面も持っていることは覚えておいてほしいです。まずは前述の5つのポイントをベースとした、肯定的なコミュニケーションができていることが大切です。
―― もし、これまで散々怒鳴ってきてしまった場合、関係性をリカバリーする方法はあるのでしょうか。
その状態で子どもに「ほめる」を実践すると、最初は「うわっ、キモッ!」みたいな反応が返ってくることもあります。ただ、肯定的なコミュニケーションをとることはいつ始めても遅くはありません。子どもへの対応を変えたいと思っているだけでも十分立派なことです。
冷たい態度をとられても、反応が返ってくるのであれば「前進している」ととらえて、練習していってほしいです。
例題で考える肯定の方法
―― 著書の中では、具体的な場面を想定した例題がいくつか出されていましたね。思春期の子どもだと、どんな場面が想定できますか。
次のような場面はどうでしょうか。前述の5つの基礎のうち、どれをどう使うか具体的に考えてみてください。回答例も一例として示しますね。
<回答例>
- キッチンから大声で言うとお互い感情的になってしまうので、まずはリビングのソファまで行く。スマホを取り上げるとトラブルになる可能性が高いので、スマホには触れずに隣に座る(環境をつくる)。
- 「スマホでSNSを見たいのはわかるけど、先にお風呂入ろうか」(気持ちに理解を示す・代わりの行動を教える)。
- 太郎くんは無視してスマホをいじり続けているが、その場にとどまる。こちらもスマホを持ち出して隣に座る(待つ)。
- ひたすら待ちながら、たまに「お風呂に入ろう」と声をかける。面倒くさいなぁとため息をつきながらも太郎くんはお風呂に行ったので、「えらいじゃん!ありがとね」と声をかける(ほめる)。
実際はこのように上手くはいかず、「ウザい」と自分の部屋に去られるかもしれません。ただ、ここで発想を転換させてみてほしいのです。
こういうときって、「いつもすぐにお風呂に行かずにだらだらしてなんなの!」と思いがちですが、太郎くんがすぐにお風呂に行くことはまったくないのでしょうか。よくよく考えてみると、たまにはすぐにお風呂に入る日もあるかもしれません。
でも、親はつい子どもの問題行動にばかり目が行ってしまいがちです。なぜなら「すぐにお風呂に行く」=普通の行動であり、普通の行動は当たり前すぎて親もそれがほめる対象の行動だと認識しにくいからです。
実際はできていることがいくらかはあったり、場合によってはできていることのほうが多いなんてこともあったりするので、まずはそこに注目してほしいと思います。そしてその普通の行動について日頃から肯定的な言葉をかけてみてください。そうすれば普通の行動をとる割合が増えて、結果的に問題行動を減らすことにつながっていきます。
―― と言っても、普通の行動に目をつけるのはなかなか大変かもしれません。
正直言って面倒くさいです。だからこそ、小さな実践を積み重ねてその行動に慣れて、淡々と対応できるようにするのです。たとえば子どもの部屋が汚い、机の上も散らかって勉強ができる環境ではないとします。
でもベッドの上はきれいだったり、クローゼットは整理してあったりするかもしれません。そこはほめたうえで、「机の上のノートも片付けようよ」と促してみる。子どもが苦手なことは、そうした小さなステップを用意することで、親も確認しやすいし、ほめやすい。子どもも気軽に取り組める。お互い気持ちもラクだし共感もしやすいし、ちょっとした達成感も得られます。その積み重ねが大切です。
完璧を目指さなくて大丈夫。反省よりも自分をほめて!
―― 進路選択の際には親子で衝突することも多いと思います。お互いの理解を深めるためにできることはありますか。
「聞く・考えさせる」ことで親としてのモデルを示しやすい時期なのかな、と考えています。お互いの価値観を問うような人生の岐路に際して、コミュニケーションをとれる機会は、親子でもあまりない貴重なタイミングです。
だからといって、親として完璧なやりとりが求められているわけではないと思います。ケンカになることもあるでしょうが、そこでお互いに少しでもマシなコミュニケーションができていれば、もし親が思ったとおりの進路に進まなかったとしても、将来振り返ったときに、良い思い出話になるのではないでしょうか。
―― 最後に、子育てに不安を抱える保護者のみなさんにエールをいただけないでしょうか。
私の講座を受けた方が「反省しました」と感想を書いてくださることがあるのですが、反省はしなくても大丈夫です。普通に子どもを育てるだけでも大変じゃないですか。ダメだったところに目を向けるより、頑張ってきたことに注目してほしいです。そもそも、こうした記事を読んだり進路に関する情報収集をしたりするのも、一生懸命お子さんのことを考えているからですよね。
「これだったら頑張れるかも」と思えることから取り組んでいただきつつ、自分へのご褒美もあげてほしいと思います。
―― ありがとうございました。
<取材・文/中島理>
この記事を書いたのは
1981年、北海道生まれ。バーテンダー・会社員を経てライターへ転身。ムックを中心に編集や執筆に携わる。引きこもり経験を持ち、若年層の進学・就労にまつわる心の問題に関心。