大学に進学したい! でも、不登校で学校の授業を受けていなかったり、体調によって学習時間が十分にとれなかったりで、本当に受かるのか心配……。進学できたとしても、学生生活になじめないかも……?
不登校の生徒の中には、進学したい気持ちがあっても、こうした不安を抱える人が多いのではないでしょうか。
でも、実際は不登校経験者でも多くの人が大学に進学し、高校までとはまったく違う環境で学びながら、充実した学生生活を送っています。では、大学に進学するにはどのように勉強すればいいのでしょうか?
今回は、不登校・中退・ひきこもり・再受験など、もう一度勉強したい人のための個別指導塾「キズキ共育塾」代表の安田祐輔さんに、受験勉強のコツを伺ってみました。安田さんご自身も、幼少期から発達障害が原因でいじめを受け、家庭崩壊、不登校を経て、国際基督教大学(ICU)教養学部に入学。
学校の授業を受けておらずゼロからの勉強でも、自分と向き合い、自分に合った勉強法を見つけられれば、大学進学は可能だと言います。
著書『学校に居場所がないと感じる人のための 未来が変わる勉強法』(KADOKAWA)でも、さまざまな実例を挙げながら、ゼロから始める受験勉強のポイントをさまざま紹介しています。
では、どのように受験勉強を進めていけばいいのか、伺っていきましょう。
●お話を伺った人
何を学びたいかだけでなく、環境で選んでもOK
大学受験にチャレンジしようと思っても、行きたい大学が決まっていない場合は、どのような観点で決めればいいのでしょうか。
「大学に行くのは手段であり、目的ではありませんよね。ですから、目的が叶えられる大学を考えていきましょう。たとえば、就きたい仕事や学びたいことがあるなら、それについて学べる大学へ。大学へ行ってから好きなことややりたいことを見つけたいなら、ひとまず自分に合った環境の大学を選ぶのも手です。
通学時間が苦になりそうなら家から近い大学を選んだり、中学や高校でクラスの雰囲気が苦手だった人は、大人数で受ける講義スタイルが中心の大学を選んだり。少人数クラスで丁寧に学習面をサポートしてくれる大学もあります」と安田さん。
オープンキャンパスなどで実際に足を運んでみて、大学の場所や規模、雰囲気を見てみると、よりイメージがわいてくるかもしれません。自分がどんなことに価値を置いているか、何が好きか、何は苦手か、と自分を見つめていきながら、合う大学を決めていくとよいと安田さんは言います。
「少しでも偏差値が高い大学に行きたいと思うことがモチベーションになるなら、偏差値で選ぶのもいいでしょう。人前でのプレゼンテーションやクラスメイトとの付き合いなど、苦手なことが極力避けられそうな大学という観点で選んでもいいんです。
大人の中には『もっとちゃんとした理由で選びなさい』と言う人もいるかもしれませんが、目標にはいいも悪いもなく、自分がモチベーションを保てる目標にすることが大切です」
ちなみに、大学に行ったものの途中で通えなくなるのではと不安に感じる人もいるでしょうが、安田さんは「不登校経験者よりも、それまで学校に通えていた人のほうが大学で不登校になるケースが多いようにも感じます」とのこと。
「中学、高校までのように決まりきったことを型どおりに行うことが得意だった人が、突然自分で自由に授業を選んだり、答えのない学びに触れたりすることで、対応できなくなってしまうケースを見ます。
大学は中学や高校とは規模も授業のシステムも、人との付き合い方も変わるので、それまで不登校だったから次も同じようになるのではと不安に思わなくても大丈夫です。でも心配な人は、うまくいかなかったときに相談できる人や場所を確保しておくとよいですね」
大学生活のさまざまな相談に乗ってくれるサポート制度が整っている大学も多いので、調べてみるといいでしょう。
1日1ページずつでも、実現可能なことを習慣化していく
目標が決まったら、次にどのように勉強を進めていくか計画を立てていきます。このとき、できることは全部やろうと意気込んで詰め込み過ぎるのは禁物。安田さんは、「現実的な計画を立てることがポイント」と言います。
「完璧にスケジュールをこなそうと頑張っても、うまくできなかったときに焦ったり、自分を責めたりすることで不安が増大し、挫折してしまう可能性があります。まずは自分ができる範囲で計画を立て、7割くらいできていればいいという気持ちで進めてみてください。
たとえば、朝早く起きるのが苦手なら午後に学習するスケジュールを立てたり、コツコツ取り組むのが苦手ならスケジュールは細かく立てすぎずにざっくりしたものにするなど、自分の生活スタイルや性格に合わせて考えて、ルーティン化していきましょう」
勉強量にはこだわらず、自分ができることから始めて少しずつクリアしていくことが肝心とのこと。細かくスケジュールが決まっているほうが安心するなら30分ごとに区切って学習計画を立ててもいいし、時間に拘束されることを負担に感じるなら「この問題集を1日1ページやる」と1日の達成目標を決めておく方法も。
「計画の中には、新しいことを進めるだけでなく、以前の学習の効果が出ているか復習する時間も入れておいてください。月曜・火曜に新しいことを勉強したら、水曜には同じ問題をもう一度解いてみるというように、学習効果が出ているか確かめつつ前に進んでいくことが大切です。慣れないうちは、参考書やノートを読み返すだけでもかまいません。復習することも習慣化していきましょう」
このときも、完璧を目指すのではなく、スモールステップを繰り返して習慣化していくことがポイントだと安田さんは言います。
「完璧にスケジュールをこなす、復習で完璧にできるようにする、と100%を目指してしまうと、精神的に負担になってしまいます。心配しなくても、繰り返すことで精度は上がっていき、気付いたらできるようになっていきますから、まずは続けること。そのために、続けられる計画、目標を立てることが大切なんです」
安田さんもかつて、得意科目を完璧にしたいと1科目に集中しすぎた結果、他の科目を後回しにしてしまって失敗した経験があるそうです。受験では満点をとる必要はなく、合格点に達すればいいので、そこに向かって戦略的に学習計画を立てていくようにしましょう。
大量の参考書を積み上げるより、1冊をじっくりと
では、学習するための参考書や問題集はどのように選んだらよいのでしょうか。大学入試共通テストや各大学の過去問もありますが、いきなり解くのは難しそうです。
「過去問を見て、どんな問題が出るかわかったうえで進められればいいのですが、1人では難しいですよね。塾などアドバイスをもらえる環境があればいいですが、迷ったらまずは、自分が比較的理解できているレベルの問題集、参考書から手をつけるといいと思います。解けるという感覚をつかむことと、わかっていたつもりで実は理解できていなかったことを知ることができるメリットがあります。
また、実際に手に取ってみて自分がやりやすい問題集を選ぶのも大切です。イラストや図の量、カラーかモノクロか、文字の大きさなど、自分のモチベーションを上げてくれそうと思うものを選んでください」
インターネットでも購入することはできますが、紙質やページの開きやすさ、分厚さなど小さなこだわりも大切にするには、実際に書店で手に取って比べながら選んでみるとよいと安田さんは言います。注意したいのは、あれもこれもとたくさん買いこんでしまうこと。
「たくさん買いこむと、これが終わったら次はこれ、とプレッシャーをかけることになってしまいます。結果、たくさんの参考書・問題集の山を前に、挫折してしまうことにもつながる可能性が。
まずは1冊をやりきり、達成感を得ること。そして同じ問題集を何周も解いて知識を定着させることが大切です。そういう意味では、ページ数の少ない薄い問題集がおすすめです。ここでも完璧を目指さず、前よりできるようになっているかに着目するとよいでしょう」
今は学習サイトやアプリ、YouTubeの講義なども充実していますが、「紙の参考書や問題集だけでなく、自分の特性に合わせてこうしたものを補助的に取り入れるのも手」と安田さんは話します。
「自分の場合は、発達障害があり、特に視覚から得た情報の処理が得意な特性があります。耳で授業などを聞いて理解するよりも、自分で文字や図、イラストを見るほうが集中が続き、理解もしやすいので、今でも自分が詳しくないことを学ぶときには動画を使うことが多いです。このように、文字よりも動画のほうがいいとか、耳で聞くほうがわかりやすいといった自分の特性を把握して、場合に応じてコンテンツを使い分けるとよいと思います」
大学に通いながら自分と向き合い、少しずつ社会に出る準備を
最後に、不登校経験者が大学に進学する意義についても、安田さんに伺ってみました。
「もちろん他にやりたいことがあるのなら大学に行かなくてもかまいません。でも、中学や高校を卒業して、いきなり就職をして毎日同じ時間に出勤したり、たくさんの人とコミュニケーションをとらざるを得ない環境に置かれたりするのは厳しいという人は多いのではないでしょうか。
大学に通えば、自分で授業を選びながら生活リズムをつくっていったり、クラスなど縛られた環境ではないところで少しずつ他人と話せたり、アルバイトをしながら働く練習をしたりと、社会に出るためのステップを踏むことができます。また、高校までよりも視野が広がった状態で、好きなことや嫌いなこと、やりたいことを考える時間、見つける時間ができます」
もちろん、大学卒と高校卒とで、日本ではまだ就職の際に有利・不利があるということもありますが、それ以上に、社会で自分の居場所をつくる準備ができるのは大きなメリットと言えそうです。
さらに、受験勉強をすることによって、自分を成長させることもできると安田さんは言います。
「勉強は他人と比較するのではなく、過去の自分と比較していくものです。シンプルに、やればやった分だけ積み上がっていくものですから、続けることで1〜2年後に自分が成長したことを実感できると思います。大切なのは、すぐに結果を求めたり、完璧を求めたりしないこと。あれこれ試しながら自分に合う方法を見つけ、習慣化していくことで、しばらくすると見える世界がだいぶ変わってくると思います」
だからといって、保護者や周りの大人が「大学に行ったほうがいい」と押しつけるのでは意味がなく、自分がやろうと思えるかどうかを大切にしてほしいとのこと。
また、たとえうまくいかなかったとしても、受験は限られた科目の中でも限られた能力を測るものに過ぎず、落ち込む必要はありません。
「もし受験で失敗したとしても、他もダメということでは決してありません。接客や技術的な仕事、クリエイティブな仕事のスキルなど、受験では測れないさまざまな能力が、社会の中では求められています。ただ、受験勉強をして基礎的な学力や知識を身につけたことによって、その先の選択肢は広がっているはずです」
「とりあえず大学に行ってみてもいいかな」と思っているのなら、完璧を求めすぎず、今できることから始めてみてはいかがでしょうか。
<取材・文/大西桃子>
この記事を書いたのは
ライター、編集者。出版社3社の勤務を経て2012年フリーに。月刊誌、夕刊紙、単行本などの編集・執筆を行う。本業の傍ら、低所得世帯の中学生を対象にした無料塾を2014年より運営。