数学を勉強する意味って? 「ロマンティック数学ナイト」主宰・堀口智之さんインタビュー
専門家に聞く
2017/05/16
「数学が苦手」「計算ができない」という人は少なくない。義務教育に組み込まれていて日本のほとんどの人が触れたことがあるはずだが、「そもそも数学とはどんな学問なのか」を説明できる人がどれだけいるだろうか。
数学を勉強する意味とは? 実社会でどんなときに役立つ?
数学教育を行うベンチャー企業「和(わ)から株式会社」代表の堀口智之さんに話を聞いた。
適当な数字を当てはめる「数字いじり」
――数学とは、そもそもどんな学問ですか?
数学とは、世の中に存在するさまざまな問題を解決する道具です。例えば東京マラソンのスタート位置は、数学的なモデルを使って決定されています。他にも医療技術や製造技術の効率化、人工知能、IoT、金融モデル、宇宙開発など、あらゆる分野で数学が活用されています。
一般的には、数学=難しいというイメージを持つ人が多いでしょう。「数学が好き」と言うと、どこか変人扱いされることもあります。でも数学はとても奥が深く、美しさも面白さも兼ね備えている学問なんです。
数学がとにかく好きだ、数学の美しさやロマンを伝えたい……そんな人たちが自分らしくいられる、多くの人とつながれる、そしてヒーローになれるショートプレゼン交流会「ロマンティック数学ナイト」を2016年から開催しています。
――なぜ数学に対して苦手意識を持つ人が多いのでしょうか?
中学2年生に対するアンケートで、5人中3人が「数学が嫌い」と答えています。数学の成績を良くするためには「考えさせる」というより「問題を多く解かせる」「解く手法やコツを身につける」学習をしなくちゃいけない。それって、解ける人には楽しいのですが、数学が本来持つ面白さとは違う方向性なんですね。
問題に対して試行錯誤したり、現実の問題解決のために数学的モデルを考えていったり、構造そのものも数学の持つ魅力です。ただ、これらを理解したところで点数が上がるわけではないのです。
大学で学ぶ数学からは「数学とは何か?」という根本的な問いに向き合っていく作業が多々あります。「解く手法やコツを身につける数学の学習」から進んで、高度(と思われている)な内容に踏み込むことで、数学を好きになることも十分あると思っています。
――では、どうすれば楽しく数学を学べるのでしょうか?
数学が苦手な人は「この問題を考えろ」と言われたときに、何から取り組んだらいいのかわからない。実は、得意な人は出てくる数字をいじったり、適当に当てはめてみたりしてみるんです。なぜこの答えが合ってるのか? と考えることを自然にやっている。
例えば、「60kmの距離を時速10kmで進むと何時間で着くか?」という問題があります。計算でしか分からない人は、“はじき”の法則(速さ、時間、距離)を使って解いて、はい終わりとなってしまう。
数学が得意な人は、「本当に6時間なの?」と疑問に思い、10、10、10……と確かめてみる。ただ計算して終わりではなく、数字を適当に当てはめたり、図に描いたりして、対象がどんなふるまいをするか見てみる。いわば、土いじりならぬ「数字いじり」。そんな風に数学を捉えてみてはどうでしょうか。
数学を必要とする仕事は意外と多い
――堀口さんが運営している「大人のための数学教室」とは、どんなところですか?
大人になってから、「数学を学ばなきゃいけない状況になってしまった」という人は意外と多いんです。でも、よくわからない数学を一人で学ぶのは大変ですよね。誰かに質問もできないし、大人向けの塾もない。そんな困っている人のために「大人のための数学教室」を開設しました。
――大人が数学を学ぶ目的は、どういうものでしょうか。
私たちは子どもの頃、学校で数学を学んできましたよね。いわゆる「受験用の数学」です。しかし、それとは少し違う「大人が必要とする数学」があることに気づきました。まずは、「“使える、役立つ”数学」。言い換えれば専門家、職業人のための数学です。
あとは、「社会人として知っておかなければいけない常識としての数学」「趣味として楽しむ数学」などもあります。お客さまのさまざまな目的に合わせた数学を提供しています。
――数学が必要とされる仕事とは、具体的にどのような職業なのでしょうか?
金融、医療、IT、中小企業診断士、証券アナリストなど、かなり幅広いですね。システムや社会構造など「仕組み」を作る仕事では、どこかしらで数学と向き合う場面が出てきます。例えば保険の仕事だと、保険料の計算がありますよね。この病気になるとこれぐらいの保険金額ですね、と算出していく。
電気工事士や電験三種という資格を取るための専門学校があるんですが、数学の根っこからは教えてくれないんですよ。三角関数を知っている前提で教えるので。「学生の頃にちゃんと勉強しておけばよかった」という声は多いですね。
引きこもって、好きなことだけ勉強した
――堀口さんは、子どもの頃から数学が得意だったんですか?
小学生の頃にそろばんを習っていたこともあり、計算は誰よりも早かったですね。中2の前半までは、学年でもトップクラスの成績でした。
でも突然、勉強することに虚しさを感じるようになりました。良い点数が取れることの意味が分からなくなって、やる気がなくなってしまった。なんのために勉強するんだろう? と。高校に入ってからの数学以外の成績はひどいものでした(笑)。
――当時熱中したものは何ですか?
中学生の頃はバスケ部で、毎日「誰よりも努力しよう!」という想いを持って練習していました。でもあまり上達しなくて、結局3軍どまりでしたね。センスのある人には勝てないわけですよ。才能ってあるんだな、と強く感じました。
高校時代は競歩を始めました。走ることが好きだったんですが、先輩が1,500mや5,000mなど「花形」といわれる枠にいて、競歩しか空いていなかったんです。結果として競歩で県1位の成績を残しました。競歩って、新潟県全体でも競技人口が決して多くなく、おそらく100人弱くらいで、ちょっと頑張れば1位になれる。そのころから、「ニッチな世界でやるのもアリ」という意識が芽生えたのかもしれないですね。勝てる領域でがんばればいいんだ、と。
――大学生の頃はどう過ごしていましたか?
友達もあまりいなくて、1週間ぐらい誰とも話さないような時期もありましたね。山形大学は自然豊かで、一人で考える時間も十分あったので、そういう意味では良かったんです。自分が興味のある数学、物理を深く理解することができました。その時間がなければ、友達となあなあに過ごしていたかもしれません。
疑問を持つ、好奇心をもとに学ぶ
――社会に出たあと、数学が必要となる場面って、どんなときでしょうか?
まず、就職、転職のときに必要となる試験(※)があります。社会人として生きていくために最低限必要な数学的思考や数学的能力を問われるわけです。※性格、能力診断の適性検査。SPIが有名。
社会に出ると、データと向き合うことが多くなります。売り上げがどれくらい変わったか、という話は普通に出てきますし、経理や財務の仕事では数字と向き合わざるをえません。経理で数字を1桁間違えると大変なことになりますよね。
例えば、25+18+79+……と2桁の足し算が10個あって、電卓で計算したら1,000を超えていたとします。「あれ、なんで10個なのに1,000超えるのか? おかしいな? どっかで桁がずれているんじゃないか?」と考えられるかどうか。それって数学的な力なんですよね。意外と気づけない人が多いんです。
もう一つ例を挙げてみましょう。1,000円の株価が20%上がったあと、20%下がったとします。なんとなく「あー、元に戻っちゃったか」と思いますよね。でも実は960円で、元よりも下がっているんです。この違いに気づけるかどうかが、学んだ数学を活用できているかどうかの違いです。
――数学を含め、学ぶことに悩んだりつまずいたりしている人へメッセージをお願いします。
好奇心にのっとって学んでいくことと、「なんで?」と疑問に思うことが大事です。最近Twitterで、「1+1=2が理解できなくて悩んでいる」という人がいました。「1+1がなぜ2になるのか?」というのは、数学的に見ても極めて重要な問いなんです。
りんご1個とりんご1個、それぞれ大きさも重さも形も違うのに、なぜ2個といえるのか?
そういう疑問に対して、周りの大人もちゃんと向き合うことが大切です。もしわからないことがあれば、先生や答えられる人に会いにいったり、専門分野の本を読んだりすればいい。好奇心をもとに学んでいくことを大切にして欲しいですね。
(村中貴士+ノオト)
取材協力
堀口智之
和(わ)から株式会社代表取締役社長。新潟県南魚沼市出身。山形大学理学部物理学科卒業。2011年、自己資金10万円で「合同会社 和(なごみ)」を設立。2014年4月「和から株式会社」に会社名変更。 大人のための数学教室、企業や団体向けの統計/数学教室のほか、「やわらか数学ゼミ」、「ロマンティック数学ナイト」等のイベントも開催している。
※本記事はWebメディア「クリスクぷらす」(2017年5月16日)に掲載されたものです。