なぜ新品のパソコンとプログラミングキャンプなのか? 「TECH募金」発起人・今井紀明さん・工藤啓さんインタビュー

専門家に聞く

2018/04/25

パソコンとプログラミングの力で、高校生に未来を開拓する武器を――そんなコンセプトで始まったのが「TECH募金プロジェクト」だ。現在、クラウドファンディングサービス「CAMPFIRE」にて、200万円を目標に支援を募っている。支援金は、5名の高校生に「新品のパソコン」と「プログラミングを学ぶキャンプに参加する機会」として与えられる。

認定NPO法人D×P代表・今井紀明さんは、「プログラミングに興味があるのに、パソコンを持っていない高校生は意外と多い。そういう子にチャンスを作りたいんです」と語る。「TECH募金」はどのようなきっかけで生まれたのか。また、どんな変化を目指しているのか。プロジェクトを立ち上げた今井さんと、認定NPO法人育て上げネット理事長・工藤啓さんの2人に話を聞いた。

●お話してくれた人

今井紀明(いまい・のりあき)
認定NPO法人D×P(ディーピー)理事長。高校生の時、子どもたちのための医療支援NGOを設立し、当時紛争地域だったイラクへ渡航。現地の武装勢力に人質として拘束され、帰国後日本社会から大きなバッシングを受ける。その後、通信制高校や定時制高校の生徒が抱える課題に気づき、2012年にNPO法人D×Pを設立。
Twitter:https://twitter.com/NoriakiImai
認定NPO法人D×P:http://www.dreampossibility.com/

工藤啓(くどう・けい)
認定NPO法人育て上げネット理事長。1977年、東京都生まれ。成城大学中退後、渡米。Bellevue Community College卒業。「すべての若者が社会的所属を獲得し、働くと働き続けるを実現できる社会」を目指し、2004年NPO法人育て上げネット設立、現在に至る。内閣府、厚労省、文科省など委員歴任。著書に『NPOで働く』(東洋経済新報社)、『大卒だって無職になる』(エンターブレイン)、『若年無業者白書-その実態と社会経済構造分析』(バリューブックス)、『無業社会-働くことができない若者たちの未来』(朝日新書)など。
Twitter:https://twitter.com/sodateage_kudo
認定NPO法人育て上げネット:https://www.sodateage.net/

アルバイト代は生活費に消えてしまう

――TECH募金プロジェクトは、どのようなきっかけで始まったのでしょうか?

今井:D×Pの活動で出会った通信制・定時制高校に通う高校生の中には、プログラミングに興味を持っている子が何人かいました。でも、そもそもパソコンを持っていない子が多い。その背景には、経済的な理由があります。特に先生方にヒアリングすると定時制高校では母子家庭・父子家庭の割合が極端に高くて、生活保護を受けている家庭も多いそうなんです。

せっかく興味があるのに、経済的な理由でパソコンを持てない子がいる。だったら、そういう子にパソコンを提供して、望んでいるスキルも身につけられるようにしたほうがいい。それで、このアイデアを3月に工藤さんに話したのが最初ですね。

工藤:育て上げネットでも似た気づきがありました。私たちは、無業の若者を対象とした「若者UPプロジェクト」というITスキル研修と就労支援を併せたプログラムを日本マイクロソフトさんと一緒にやってきました。そのときに発見したのが、「社会にはパソコンに触ったことがない人がこんなにいるんだ」ということです。研修ではこちらがパソコンを用意しましたが、参加者の家にはない。だから、復習もできないし自分で調べることもできない。そういう人にとっては、研修もその場限りの学びになってしまうんです。

今井:お金がないというのは本当に切実で。ひとり親家庭だとバイト代を生活費に使ってしまうんです。そうすると、お金の使い道を考える余裕がなくなってしまいます。

工藤:「アルバイトして買えばいい」という話もありますが、高校生が10~20万円するものを働いて買うというのはちょっと現実的ではない。18~19歳までパソコンを持てない状況が続いてしまうと、その間にいろんな差が出てくるはずです。

今井:情報源が限られるので、情報格差も広がってしまいますよね。

――今回のプロジェクトでは、新品のパソコンを提供するんですよね?

工藤:確かに、新品ではなく中古でいいじゃないか、という話もありました。でも僕はちょっと違うな、と。経済的に苦しいから中古でいいというのは、「社会の寛容性」が低い状態だと思うんですね。まっさらなパソコンが家に届き、箱を空けてビニールをはがして、立ち上げていく……あのプロセスこそが重要だし、子どもの興味がわくポイントなんです。だからこそ新品を提供したいですよね。

今井:そういうワクワクする経験が少ないと思うんですよ。今回はプログラミングを学ぶための機会として、IT教育プログラム「Life is Tech!(ライフイズテック)」のサマーキャンプに高校生を送りたいと考えています。実際にアプリなどの成果物を作っていくことで成功体験も得られるし、一緒に学べる仲間ができます。経済的に厳しい家庭の子って、孤立しやすいのでリアルな人間関係が薄くなりがちなんです。似た興味を持つ仲間と出会う機会があれば、大きな変化が生まれるはずです。

就職だけではなく、「起業」という可能性が生まれる

――なぜプログラミング教育に注目したのでしょうか?

今井:高卒での就職は、職業選択の幅が狭いという現実があります。その中でも、プログラミングを扱う職種は選びづらい環境にある。

工藤:そもそもパソコンに触ったことがなければ、プログラミングに関わる仕事を選びようがないですよね。企業側が「一から教えます。ちゃんと教育しますよ」といっても、求人票に「プログラミングに興味がある人」と書かれてしまうと、一度も触れたことがない人はまず選べない。それって選択肢がないのと同じなんですよね。

今井:一方、生徒側からは「プログラミングの仕事をしてみたい」というニーズがあるんです。例えば起立性調節障害(※)があって朝起きられない子がいます。「仕事=毎朝通勤するもの」というイメージがあるので、起立性調節障害を持つ自分は仕事していけないんじゃないか、と思ってしまいます。でも毎朝起きて通勤しなくてもいいような、自由がきく働き方の選択肢はある。その一つがプログラミング関連の仕事です。プログラミングのようなスキルがあると彼らの選択の幅が広がります。あと、接客業は難しいけどパソコンが得意な子とか。これまで人に会うことを避けてきた子が学び成功体験を得ることは、社会との接点をつくるきっかけになりえると思います。
(※たちくらみ、失神、朝起き不良、倦怠感、動悸などをともなう自律神経失調症状の一つ)

工藤:もう一つの課題は、そもそも就職に最適化されているという状況です。

――「就職に最適化されている」とは、どういう意味でしょう?

工藤:言い換えると、高校生にとって「働く=会社に雇ってもらう」になってしまっている、ということです。そうなると、正社員、週5日フルタイムで会社に通勤という、いわゆるビジネスパーソンの世界に飛び込んでいくしかありません。でも実際は、電車に乗ることが難しい人や、週5日は働けないという人もいる。そういう子たちの選択肢として、本当は小さな起業があってもいいですよね。

今井:定時制高校の生徒にアンケートをとったら、全日制高校よりも「起業したい」と答える割合が高いんですよ。一般的な企業では働けないと思っているけど、働きたい気持ちはあるし自分で動こうとする力はある。そういう子にパソコンとプログラミングスキルを提供したら、組織に所属しなくても生きていけるパターンが増えるかもしれないな、と。

工藤:今の社会に生きづらさを感じているから「起業」という道を選んでいる人もいるはず。僕がNPOを立ち上げたのも、何となく就職の先にある世界にいる自分が見えづらかったかもしれません。高校生でも、雇われて働くことが難しいからパソコンやプログラミングスキルを使って起業する子がいてもいい。

今井:先日、起業に興味がある中高生向けのイベントを開催したら、参加者の9割は不登校経験者だったんです。必ずしも起業だけが正解ではないのですが、「行動を起こしたい、でもチャンスを掴んでいない」子に、この支援をちゃんと渡したいな、と。

工藤:「みんなが起業できるわけじゃないでしょ?」という意見もあります。でも今回の取り組みは、社会全体を底上げするというより、一部の子どもたちがチャンスをつかむ可能性を探る旅みたいなものと考えています。

今井:モノがあるとやる気が出るし、ネットワークを作ると経験に変わりますからね。全員にあてはまるわけではないけど、一部の生徒からのニーズはきっとあるはずです。一時期Twitterで流行ったMacBookおじさん(※)は優秀な若者を対象としていましたが、今回は少し違う条件で、ちゃんと届けたい。

(※やる気や能力、将来性はあるがお金がない若者に対し、起業家やクリエイターなどの大人がMacBookをプレゼントする企画)

――高校生が応募するための条件というのは?

工藤:一般的な奨学金って、出席率や成績の良い子が優先されますよね。でも今回は「環境的もしくは経済的に困難な状況」や「通信制高校・定時制高校・フリースクールなどに在籍」、「外国籍やLGBTなど様々な事情を持ち、生きづらさを感じている方」などを優先条件としています。いわゆる「普通」から外れてしまう、外されてしまった子が持っている感性、才能、可能性に対して投資してみようよ、という話なんです。

――他にはどんな子が想定されますか?

工藤:以前、ディスレクシア(文字の読み書きに困難を抱える障害)の中学生に簡単なプログラミングで動かせる機器を渡したんです。そうしたら春休みの2週間ずっとハマっていて。YouTubeで動画を見て、自学自習でプログラミングしていたんです。大人が一切教えなくても自分で調べて動かしていて、すごいな、と。

今井:紙とペンでは読み書きできないけど、パソコンだと書ける子もいますよね。あとはスマホの音声認識で入力したり。

工藤:文字をカメラで撮って、音声で出力して認識している子もいます。そういった障害を支えるツールはいろいろ出ているんですが、彼らが作るプロダクトは新しい何かを生み出すかもしれないですよね。

パソコン1台で人生が変わった、そんな人にこそ応援して欲しい

工藤:提供するパソコンは、MacとWindowsどちらか欲しい方を選べることにしました。経済的に苦しい子は、選択肢自体がはく奪されていることも多い。本当はプログラミング学習の機会もいろいろなメニューの中から選べるほうがいいと思っているんですよね。

今井:そこも徐々に整えようとしています。オンラインの授業や通学型のスクールを望む子もいるかもしれません。これからは携帯端末でプログラミングができる時代だとも言われますし、今後提供する端末は時代にあわせて変化させると思います。

――最後に、どんな方にTECH募金を支援してほしいですか? 

工藤:僕は高校を卒業したころに25万円のパソコンをローンで買って、世界がぐっと広がりました。「パソコン1台で自分の人生が変わった」という大人が応援してくれるのが一番いいですね。最初にパソコンを触った時のことを思い出してみてください。かわいそうだからというより、あのときのドキドキ感や、「俺も変わったよ」みたいな原体験を持っている人と一緒に創りたいです。

今井:IT系の企業に応援してもらいたいですね。高校生の可能性を広げる取り組みだし、そういう環境を大人が作っていったほうが、企業側にとっても一緒に働くメンバーが増えるというメリットがあると思うんですよ。

工藤:そうですね。個人はもちろん、企業としてスポンサー的に支援してくださることも大歓迎です。将来的には、子どもたちがどんどん飛び立っていく「TECH基金」を立ち上げたいです。そこに到達するために、まずは最初の5名を送り出します。ぜひご協力ください。

(取材・文:村中貴士 企画・編集:鬼頭佳代/ノオト)

取材協力

TECH募金プロジェクト

PCとプログラミングの力で高校生に未来を開拓する武器を。TECH募金プロジェクト

※本記事はWebメディア「クリスクぷらす」(2018年4月25日)に掲載されたものです。

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