「コミュ障である自分も受け入れよう」 作家・書評家の印南敦史さんに聞く、自分との向き合い方
専門家に聞く
2018/12/18
誰かと話すとき、常に緊張してしまう。相手の目を見られない。知らない人に会うのが怖い。もっと上手に会話ができるようになりたい……。
そんなふうに、コミュニケーションに悩む方は少なくないでしょう。かくいう筆者も「自分はコミュ障【※】だ」と、学生時代からよく口にしてきた一人。社会人となった今も、「なんとかコミュ障を克服したい!」と強く願っています。
【※】「コミュニケーション障がい」の略称。対人関係において適切なコミュニケーションが取れなくなる障がいで、本来は精神医学療育の専門用語。日常会話の中では、単に「コミュニケーションが苦手な人」を指すことも。
そんなとき、本屋で偶然見つけたのが、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)。作家・書評家として数々のメディアに寄稿している著者の印南敦史(いんなみ・あつし)さんは、「コミュ障である自分を否定せず、受け入れてしまえばいい」と言います。それは一体どういう意味なのでしょうか?
兄の死、事故、全焼……不運が重なった子ども時代
――印南さんは、子どもの頃から精神的に不安定になる出来事が続いたと著書に記されていました。改めて、印南さんの子ども時代について教えてください。
僕には兄がいました。会ったことはないんですけどね。というのも、病気のため生後8カ月で亡くなってしまったんです。そのため親としては、その後に生まれた僕に対して「しっかり育てよう」という意識が強かったんでしょうね。でも、そんな気持ちが変な方向に向いてしまったからなのか、「何事もできて当然」という完璧主義的なスタンスで育てられたんです。
そのため、僕には褒められた経験がありません。むしろ否定されることが多く、「期待に応えられない自分はダメな奴だ」という意識が強かったんですね。
――親からのプレッシャーが強過ぎたため、自己肯定感が低くなってしまった、と。
そうですね。その後、9歳の時には事故で頭を打つ大怪我をして、20日間意識不明になりました。なんとか意識を取り戻せたのですが、事故の影響で歩き方にちょっと癖が付いてしまって。
そうすると、周りの人たちからは「あの子は事故で頭を打ったから、あんな歩き方になった」とか言われるんですよ。それで余計ナーバスになって、さらに上手く歩けなくなって……。ですから当時は、とにかく人の目ばかり気にしていましたね。
――事故前後でクラスメートとの関係性にも変化はありましたか?
いじめに遭っていたわけではないものの、なんとなくクラスメートから距離を置かれている気はしていました。覚えているのは、ある日、クラスの活動でグループ分けをしたときのことです。仲間はずれにしようというような気持ちは誰にもなかったと思うんですが、「なんとなく」どのグループからも外れてひとりぼっちになっちゃったんですよね。それで「困ったなー」と思っていたら、クラスメートの女の子が「印南くん、また一人ね……」と心配そうに話しているのが聞こえてきて。
――うわぁ……。そう言われてしまうと、なおさら辛いですよね。
はい。その子は僕を心配してくれたんですけど、それはともかく、周囲からそういう目で見られているんだなと自覚する以外になかった。ですから、そんな自分を変えたくて、その後は中学デビューを目指しました(笑)。
中学校では、意識して前に出て意見をしたり、先生に質問したりして、とにかく積極性をアピールしたんですよね。でも、集団のなかではそういう奴って、悪い意味で目立つじゃないですか(笑)。だから裏目に出て、ひどいときには全く身に覚えのない出来事の濡れ衣を着せられたりもしました。
でも誤解だから納得できず、その不満を班で共有しているノートに書いたんですよ。そうしたら、臨時ホームルームが開かれちゃって(笑)、1対30くらいになったこともありましたね。
我が家は一般的な家に比べていろいろあったんですが、高校進学後にも災難がありました。高2の時、祖母の火の不始末が原因で実家が全焼してしまったんです。燃える家を見上げる野次馬の群れを見てまた人間不信に陥ったし、それまでも上手くいかないことが積み重なっていたので、当時は自分の人生に全く希望を持てませんでした。「人生とは何年かに一度、必ず災難が訪れるものだ」と本気で信じていましたね。
そして、流されるまま大学に進学してみるも、そこが本当に合わなくて。しかも同時期に美術に興味が出てきたので、大学を中退し、美術短大の通信教育課程を受講し始めました。結局、授業料が払えなくなって、そこも辞めざるを得なくて。その後は自称フリーランスのイラストレーターとして働いていました。
きっかけは、軽いノリのイケメン店員との出会い
——お話を伺うかぎり、印南さんは他人への劣等感と不信感を募らせてきたように感じました。
そうですね。とにかく当時は、他人の目を気にして自分らしく振る舞えませんでしたし、信頼できる友人や知人以外は全員敵だと思っていました。だからこそ、なんとか傷つけられないようにと気を張っていました。いま考えると全く意味のないことですが(笑)。
――印南さんがコミュ障を受け入れたきっかけは何だったのでしょうか?
イラストレーターとしての仕事がほとんどなかったころ、レンタルレコード店で働き始めたんです。それがきっかけでした。そこはパンクやニュー・ウエーブ系の音楽に強く、「店に入ると、パンクス【※】の店員さんに睨まれる」ことで有名な店だったんです。かくいう僕もその店員の一人で、お客さんをよくにらんでいました(笑)。本当にバカだったと思います。
【※】パンクロックやその思想、それらから派生するファッションなどのサブカルチャー愛好家たちのこと。
ちなみにその店では、軽いノリのイケメン大学生もバイトしていました。僕はどちらかといえば彼が苦手だったのですが、結果的にはその子がきっかけで、大きく変わることができたんです。彼は僕と違って、お客さんと積極的にコミュニケーションをとっているわけですよ。それが自然で、楽しそうだったんです。それを見て、「チャラチャラしやがって」と最初は斜に構えていたんですが、ある時、「自分は、彼に嫉妬しているだけなのでは?」とふと思ったんです。
そうしたら、虚勢をはるのがバカバカしくなってきたんですよね。それで、ある日を境に服も髪型もすべて普通に戻して、笑顔で接客してみたんです。すると、急にお客さんが集まってくるようになってきた。「一度、話してみたかったんです」とか言ってくれる人もいたりして。「自分が変われば、相手との関係性も変わっていくんだ。全ては自分次第なんだ」と、その時初めて気付きました。
――大切な気付きですよね。でも、自分が嫉妬していると分かっていても、それを認めて変わるのは難しいことだと思います。急に格好や態度を変えることに、抵抗はなかったのでしょうか?
抵抗がなかったといえば嘘になるかもしれませんけど、それは勢いですよね(笑)。第一、それ以上に他人に対して身構えてしまう自分に居心地の悪さを感じていたし、苦しかったので。
もちろん、その出来事は大きなきっかけではありましたが、急にコミュ障でなくなったわけではありません。その後も逆戻りして、また他人を敵対視していた時期もありましたし、なかなか自分の殻を破れなかったですね。
――印南さんが「自分の殻を破れたな」と実感できたのは?
僕はいま56歳なのですが、ここ数年かもしれません。もしかしたら、まだ破れていないのかもしれない。少し前に進んだと思ったら、また元に戻っての繰り返し。でも、それが自分にとって必要な時間だったんだと思います。
殻を破るのに1年かかる人もいれば、10年かかる人もいる。人それぞれ自分のペースがあって、どちらにも同じ価値があるんです。ひょっとしたらずっと殻を破れない人もいるかもしれない。けれど、それも自分なんだから、ありのままを受け入れたらいいんじゃないでしょうか。
自分の見方を変えれば、相手との関係も変わる
――コミュ障である自分を受け入れるのが難しい人もいると思うのですが、何が障壁となっているのでしょうか?
やっぱり他人の目が気になってしまうことですよね。コミュ障の人ってたぶん、他人が怖いんだと思う。だから、傷付かないように身構えたり、攻撃的になったりしてしまう。まずは、そのような自分を認め、他人に対する考え方を改めていく必要があります。
その際におすすめしたいのが、他人の笑顔を想像してみること。たとえ、目の前に無愛想な人がいたとしても、笑顔を想像してみるんです。すると、「コイツだって、別に悪い奴じゃないんだな」と思えてくる。どうってことのない話に聞こえるかもしれませんが、これはオススメですよ。相手の“見え方”が変わってくるし、自分が見方を変えれば、相手との関係性も変わってきますから。
――敵対心を持っていないことが、自然と相手に伝わっていくわけですね。
はい。そうなってくると、相手への恐怖心が薄れてきて、コミュ障な自分がだんだん気にならなくなります。もちろん、なかには上手く付き合えない相手もいますが、それはどんな人でも起こりうることです。
しかし、コミュ障の人って真面目で完璧主義な人が多いから、自分のせいにしちゃうわけですよ。「自分がしゃべるのが下手だから、話が盛り上がらない」とかって。
――めちゃくちゃ分かります。上手く話せなかった後、「なんで盛り上げられなかったんだろう……」って、一人反省会してしまいます。
もちろん、自分に悪いところがあるなら反省も必要ですが、そうじゃないとしたら相性が悪かったと思えばいい。ただ、決して相手を否定しないように気をつけることは必要でしょうね。
大切なのは、自分のことを客観的に見つめて、コンプレックスも自分自身だと認めてしまうこと。その上で、それを意識しすぎないこと。それこそが、本当に自分を受け入れるということなんです。
孤立したり、からかわれたりしたときは?
――学校内で上手くコミュニケーションが取れないケースも多いと思います。例えば、クラスメートが信頼できず、グループから外れて孤立してしまったとき、どういう対処法が考えられるでしょうか?
まず頭に置いてほしいのは、「自分が思っているほど、人は自分に興味を持っていない」ということ。自信がないとみんなに見られているような気がしてしまうけど、ほとんどの人は特定の相手にそれほど興味を持っていないものなんですよ。それは、相手と自分を置き換えてみれば分かりやすいと思います。だから、基本的にあまり重たく考えないほうがいい。
ただその一方で、もう一つ言えることがあります。それは、「自分のことを気にかけてくれている人も、きっといる」ということ。「誰も自分に興味を持っていない」という話と矛盾するように感じられるかもしれないけれど、それもまた事実だと思います。実はクラスのなかにも、どこかで手を差し伸べようとしている人がいるかもしれない。だからまずは、そういう人を探すことが大切でしょうね。
さっき、中学時代に濡れ衣を着せられたりしたことをお話ししましたが、そのときも唯一の理解者がいてくれたから、かなり精神的に助かりました。大多数に理解されなかったとしても、たった一人の理解者がいればいいと強く感じましたね。
でも、それが難しいようであれば、親や兄弟、姉妹に相談してみたり、あるいは塾や趣味の集まりなどの学校外のコミュニティに入ってみたりするのもいいかもしれません。
あと、今はSNSも一つの手だと思います。いろんな世代の人と繋がれますし、自分のことをあまり知られてないからこそ話しやすいケースもあるでしょうし。もちろん、過度に依存的になったり、犯罪に巻き込まれたりしないよう、危なそうなコミュニティには近づかないようにするなどの注意は必要ですが。
――一人で思いつめず、どこかで信頼できる人を作ることが大切なんですね。
そうですね。自分の気持ちを吐き出すのは、すごく大切なんですよ。自分の中で溜め込んでばかりいると、どんどん視野が狭くなって、八方塞がりになっていくので。
信頼できる人に吐き出すのが一番いいですけど、それが難しい場合は、ノートや紙切れなどに思いをガーッと書き出してみるのもいいと思います。嬉しいことも悲しいことも吐き出せば、気持ちは落ち着いてきますからね。
――自分が抱えている悩みをどこかに吐き出してみると、それを客観的に捉えられるようにもなりますよね。その一方で、「コミュ障をからかってくる人」にはどう対処すればいいのでしょうか?
「そうなんだよ、僕(私)はコミュ障なんだよね〜!」って認めちゃえばいいんじゃないですかね(笑)。一番良くないのはムキになってしまうこと。そうなると面白がって余計にからかってくるので、言わせておけばいいんですよ。
でも、ほとんどの10代にはとても難しいことだとも思います。そういうときは、同じ土俵に立たないよう意識すればいい。
――同じ土俵に立たない?
「アイツはバカだ!」と相手を軽蔑してしまうと、相手と同じ土俵に立ってしまうことになります。そうではなく、「ああ、そういう人なんだな」と肯定も否定もせず、「そういう人だ」という事実だけを受け入れる。すると、心に余裕ができて、からかわれても気にならず、流せるようになるんじゃないかな。
――最後に、「自分はコミュ障なんじゃないか」と悩む中高生にメッセージをお願いします。
ストレートに言うだけでは伝わらないかもしれないけど、それでも、「自分には可能性がある」ということを信じてほしいと思います。すぐに結果は出ないだろうけど、投げやりにならず、地道に努力を重ねていくことが大切。その繰り返しが自分の素地となり、周囲からの信頼にも繋がるわけです。
あと、やっぱり「ありのままの自分」を受け入れるのは大切ですね。自分を拒絶して、「もっとコミュニケーション能力があれば……」と、後ろばかり見ているから辛くなっちゃうんですよ。だから、いいところも悪いところも、好きな自分も嫌いな自分も、すべて受け入れてしまえばいい。そうすると、「はい、自分はコミュ障です! じゃあこれからどうしましょう?」と前を向くしかなくなる。そうやって少しずつでも前に進んでいけば、目の前の困難も絶対に乗り越えていけます。
(企画・取材・執筆:野阪拓海/ノオト 編集:鬼頭佳代/ノオト)
取材先
印南敦史(いんなみ あつし)さん
作家・書評家。広告代理店勤務を経て音楽ライターを開始し、音楽専門誌編集長を務めたのちに独立。現在は書評家として「ライフハッカー[日本版]」「東洋経済オンライン」「ニューズウィーク日本版」「マイナビニュース」「サライ.jp」「WANI BOOKOUT」などに、音楽評論家として「WEBRONZA」「e-onkyo」「MUSIC MAGAZINE」など複数のメディアに寄稿している。作家でもあり、ベストセラーとなった『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド者)をはじめ、『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)など多数の著作を持つ。
取材場所
ちゃぶ久cafe
東京都杉並区天沼3-26-14
※本記事はWebメディア「クリスクぷらす」(2018年12月18日)に掲載されたものです。