嫌なこと以外は、全部選択肢になる−−転職50回のキャリアコンサルタントが教える「決められない進路の選び方」

専門家に聞く

2019/05/30

「夢って、呪いになってしまうこともあるんです」

そう話すのは、NPO法人『若者就職支援協会』の理事長、黒沢一樹さん。現在はキャリアコンサルタントとして、就職に悩む若者からの相談を受けたり、定時制高校で授業を行ったりしています。

黒沢さんの経歴は、極貧生活、父親が4人、中卒、右手のマヒ、自殺未遂、転職50回……悲惨な経験を挙げればきりがありません。

「生き残ってこられたのは、僕が強靭な精神の持ち主だったから? そうじゃないんです」と語る黒沢さん。そんな“最悪”の人生を歩んできた黒沢さんが生み出したのが「ネガポジ・メソッド」という考え方。

なかなか決められない進路選びのヒントを、黒沢さんと探っていきます。

若者支援の出発点は「怒り」−−今はライフワークに

――まず黒沢さんの生い立ちと、若者就職支援協会を立ち上げたきっかけを教えてください。

僕は極貧生活、父親からの虐待など、困難な生活を送ってきました。しかも中卒なので、社会に出ても賃金単価が低く、複数の仕事を掛け持ちしないと暮らしていけません。転職を50回も繰り返してしまったんです。

そんなある日、テレビで大学生が「仕事がない」と言っていました。その一方で、土建業の方は「若い人が足りない」と言っている。なんだよそれ、と。

当時、僕は中小企業診断士の勉強をしていたので、コンサルタントがいれば中小企業と若い人を結びつけられるんじゃないかと思い、若者就職支援協会を立ち上げました。

いわば社会への怒りからの出発であり、もともとはお金を稼ぐためだったんです。

ただ、やっていくうちに「この仕事はこれまでの生い立ちを活かせる。これは自分の役割なのかもしれない」と思いはじめ、ライフワークとしてやっていこうと決めました。

「夢や希望を持たなければならない」というのはウソ?

――「ネガポジ・メソッド」とは、どういう内容なのでしょうか?

ネガポジ・メソッドは、「選択肢が多い方が豊かに生きていける」という考え方を前提にした進路の決め方です。ネガティブをポジティブに変換するとともに、逆から考えるという意味合いも込められています。

これは、僕自身が「選べない人生」を送ってきたからこそ生まれた発想です。たとえば、最高の人生を目指すとなると、正解はたった1つしかない。でも「最悪以外」と考えれば無限に広がりますよね。

ネガポジ・メソッドを分かりやすく解説した黒沢さんの著書 『最悪から学ぶ 世渡りの強化書』(日本経済新聞出版社)

――中高生が進路を選ぶとき、「将来、何になりたい?」など夢や希望から考えることが多いですよね。

もちろん目指せる人は、夢や希望を持ったほうがいいと思います。それが活力になるので。

しかし、夢や希望を持てない環境にいる子どもたちも多いんですよ。たとえばスポーツをやりたいと思っても、貧困や病気などの要因によって、できないと気づく。

その瞬間、夢や希望は絶望に変わるんです。それが何度も続くと、「夢や希望は持たない方がいい」という思考回路になってしまう。

苦しい生活環境に置かれている子の多くは、過去にそういった経験をしています。そんな子たちに対して「夢や希望を持て」というのは、とても苦しいメッセージなんです。

なので、逆に「何が苦しいのか、どうすれば嫌なことをせず生きていけるか」を考えたほうが、理にかなっているのではないでしょうか。

――「やりたいこと」ではなく、「やりたくないこと」から考えるわけですね。

やりたいことは、なかなか見つかりません。でも、やりたくないことは絶対にあるんですよ。だから、「やりたくないことをしない」という進路選択をしていけばいい。そこからヒントが見つかるんじゃないかと思います。

ポジティブな目標は、上限がありません。たとえば「お金持ちになりたい」とすると、年収が1億、10億……などキリがない。つまりゴールがないんです。

しかも、それらの成功した状態を自分では経験していない。逆に、「○○はやりたくない」、「貧乏はイヤだ」という感覚の裏には、近い経験があることが多い。実体験にもとづいた感情から考えたほうが、目標を組み立てやすいんです。

――具体的には、どんな問いかけをするのでしょうか?

「何がやりたい?」と聞いても、たいていは「うーん、YouTuberかな」くらいの回答です。

でも、「嫌な仕事は?」と聞くと、「肉体労働はダメ」、「稼げないのは嫌だ」と出てくる。

「じゃあ、稼げない状態っていくら?」と掘り下げていき、ほしい給料を考えればいいんです。

――なるほど。逆に、やりたいこととして「ハードルが高い職業」を選ぶ子もいますよね? その場合はどうアドバイスするのでしょうか?

たとえば、ミュージシャンになりたい場合。もし単にギターが好きだとすると、「音楽のない生活は嫌だ」というところから広げてもらいます。

すると、楽器屋さんの店員、初心者にギターを教える講師など、いろんな選択肢がありますよね。そういう仕事自体を知らない子も多いんです。

――そこから選択肢が広がっていくわけですね。

最近は、声優やYouTuberになりたい高校生が多い。でも、「なんでYouTuberなの?」と聞くと、「だってカッコいいじゃん」、「稼げるじゃん」という答えがほとんどです。

そういうときは、「でも、稼ぐことが目標なら他にもあるよね?」と広げていきます。出てきた答えの本質はなんなのか、ひも解いていくと「別にYouTuberじゃなくてもいいかな」と変化します。

あとは、「人気のYouTuberって、休みも取れないんだよ」、「編集作業にすごく時間がかかるって知ってる?」など、現実的な話もします。

――たしかに、裏の苦労は見えづらいですよね。

学校の先生は、夢を壊しちゃいけないという思いがあるので、なかなかこれが言えません。

中高生側も、「YouTuberのことなら、自分のほうが(先生や親よりも)よく知ってる」と思っているので、大人の声がなかなか届かないんですよね。

高校生を前に、自らの生い立ちや生き方について語る黒沢さん

人はあきらめきれない生き物

――ネガポジ・メソッドでは、「あきらめる=ポジティブ」と定義されていますね。どういう意味なのでしょうか?

人はあきらめきれない生き物なんです。「あれだけ時間かけたし……」とか「目標に向かって頑張ってきたのに……」と、それまでかけたコストを考えてしまう。

僕の「あきらめる」は、一旦ゴミ箱の上に置いておくイメージです。すると、心に空きスペースができるので、新たなものが入れられます。無理だなと思ったことはパッと捨てて新しいものを入れたほうが、明るい未来が待っています。もし「またやりたい」と思ったら、ゴミ箱から戻せばいい。

――多くの人は就職活動で自己分析をします。でも黒沢さんは「自己分析は信じなくていい」とおっしゃっていますね。その理由は?

人は日々変化しているので、昨日と今日の自分は別物なんです。だから、3カ月前にやった自己分析を信じるな、と。

自己分析で自分のすべてが分かるわけじゃないし、言語化できないこともあるはずです。ただ、使える部分もあるので、うまくチョイスすればいいでしょう。

たとえば、僕が自己分析すると「短気」と出てきます。でもそれは、表現方法を変えれば好奇心旺盛であり、行動力があるともいえます。

まず短所を出して、ポジティブな表現に変換すれば、表裏一体で矛盾がない。説明もしやすいんですよ。

――就職について、親と自分の考えが大きく違う場合、どうすればいいのでしょうか?

いつも「親の意見は無視していい」と言います。そもそも世代が違うので、具体的な業界や業種など、親側はなかなか分からないんですよ。

――一方で、子どもが親の考え方に染まっている場合もありますよね? 本人の意思じゃないと気づいた場合、どうするんですか?

「いつから思っているの?」、「なぜそう思ったの?」と丁寧にひも解いていくと、たいてい言葉に詰まるんです。

やがて「実はあまり興味なかった」「別のことに興味があったけど親に反対された」などの本音が出てくる。そこから広げていきます。

自分で決めた進路だと、失敗したときに立ち直りやすいんですよ。親が決めた進路で失敗したら、親や環境のせいにしてしまう。それで引きこもりやニートになるケースも多いんです。

ネガポジ流の自己分析では、自分の感情や経験をもとに言語化して選択肢を作り、進路を選んでいきます。そうすると、うまくいかなくても変化に対応できるんです。

――貧困など、厳しい環境で生きている子の場合はどうでしょうか?

たとえば、生活保護を受けている親が高校生の子どもに対して「働くな」と言うケースもあります。支給されるお金が減ってしまうので。

将来的に貧困から抜け出すためには、働いたほうがいいんですよ。でも、生きづらさを抱えている子の多くは、親や周りの人に知識がないんです。どうすれば貧困から抜け出せるかが分からない。だからまず、生活保護の仕組みや法律を説明します。

たとえば、時給500円で働いている場合、「高校生であっても最低賃金はある。時給500円は法律違反なんだよ」と伝えなければなりません。深夜のバイトなど、法律を無視した形で働いている子も多いんですよ。

――そもそも知識が不足しているのですね。では貧困から抜け出す場合、どう対応していくのでしょうか?

とにかく、ステップアップする方法を見せる。こういう勉強をしておけば、こっちの道に行ける、と。苦しい子たちって、未来が描けないんですよ。だから目標を上手に設定してあげる必要があるんです。

たとえば、貧困家庭で育ち、学校も行かずスナックで働いている子がいました。その子に対しては、まずお店のママに頼んで、開店前の時間に店で勉強させてもらうことにしたんです。

彼女は簿記を学ぶとともに通信制高校に入学し、無事卒業。最終的にはアパレルメーカーに就職できました。

――最後に、進路に悩んでいる中高生へメッセージをお願い致します。

まず、できることを増やしてほしい。そうすれば進路の選択肢が増え、チャンスにつながります。僕も、転職を50回も繰り返した経験が仕事に生かされていますから。

最近は、インターネットを見ただけで答えを知った気になったり、「これはできない」とあきらめたりする子が多い。考えるだけじゃなくて、行動に移してほしいですね。

川に小石を投げれば波紋が広がるように、行動すれば何かが起こる。未来なんて誰にも分からないですから。ぜひ行動して、変化を楽しんでほしいですね。

(取材・執筆:村中貴士 企画・編集:鬼頭佳代/ノオト)

取材先

自主夜間中学「札幌遠友塾」

1981年、山口県生まれ。キャリアコンサルタント、定時制高校教育ディレクター。

食べることにも困る極貧生活を6人兄弟の長男として支える。生活のため高校を入学式で辞め、塗装工やビアガーデンのホールスタッフ、板前など、さまざまな職種と会社を渡り歩き、30代で2度の廃業も経験。50社を超える会社就業経験をもつ。

現在はNPO法人「若者就職支援協会」理事長として、就職に悩む若者や生きづらさを抱える若者の相談業務にあたる。自らの経験をもとに編み出した「ネガポジ思考法」をメソッド化し、カウンセリングや企業研修、キャリア教育に応用している。著書に『ネガポジ就活術』(鉄人社)、『最悪から学ぶ 世渡りの強化書』(日本経済新聞出版社)など。

http://www.syusyokushien.com/

※本記事はWebメディア「クリスクぷらす」(2019年5月30日)に掲載されたものです。

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