意外性を喜ぶ脳を作るために 東京芸術中学・菅付雅信さんに聞くアートの学び方

専門家に聞く

2022/06/21

人々の生き方・価値観の多様化が進む中、「クリエイティブな発想」や「創造性を発揮すること」の大切さが叫ばれています。一見、生まれ持った才能のようにも思えるこれらを、一体どうやって学べばいいのでしょうか?

そのヒントを示してくれるのが、商業施設・渋谷PARCO9階にある10代のためのスペース「GAKU(ガク)」で開校中の中学生向けアートスクール「東京芸術中学」です。さまざまな分野のクリエイターや専門家と中学生が向き合うワークショップを、リアル受講とオンライン配信の両面で週1回開催しています。

今回は、そんな東京芸術中学を主宰する編集者の菅付雅信さんにお話を聞き、クリエイティビティの磨き方やアートを学ぶ意味を探ります。

若いうちにアートに触れることが「意外性を喜ぶ脳」をつくる

――「東京芸術中学」はどのようなきっかけで開校されたのでしょう?

きっかけの1つは、私が非常勤講師として多摩美術大学の1年生が受ける教養課程の授業を担当したことです。

美術大学に入学してくる学生たちは、大きく2通りに分かれます。半分は、アートやデザインを心からやりたくて入学してきた学生たち。

そして、もう半分は、文系や理系の大学には行きたくないけれど、「何をやりたいのか」が自分でもまだよくわからず、モヤモヤを抱えた学生たち。それまでアートやデザインなどと無縁であった子が多いですね。それなのに18~19歳になって、いきなりアートに触れることになるわけです。彼らからすれば、よくわからないし、うまくなじめないことがあるのだろうと感じました。

そこで、まだまだ頭の柔らかい中学生向けのアートスクールを開校することにしました。

東京芸術中学を主宰する編集者の菅付雅信さん(写真左)。

――なぜ、高校生ではなく、中学生を対象にしたのでしょうか?

そもそも、人間の脳は18~19歳くらいでほぼできあがると言われています。アスリートが身体を、音楽家が耳を若いうちから訓練しますよね。

それと同じように、あるイメージを見て理解していいと思える、音を聞いて心を動かされるなどのアートやデザイン、カルチャーに関する経験も、できるだけ若いうちから積んでいくほうが、柔軟な脳ができあがるのではないかと思うのです。

また編集者という仕事柄、「どうしたらクリエイティブなひらめきを得られますか?」とよく聞かれます。私は、「アイデアを浮かびやすくするには、自分の脳が喜ぶ状態を知っておくことが大切だ」と答えていて。

――脳が喜ぶ状態?

何かを見てハッとして、さらにその物事は自分がすでに知っている何かと結びついているのかもしれない、あるいは全く遠いことのようだけれど根っこの部分では同じなのでは、などと気づくとき。つまり、意外性との出会いがあったときに脳は喜ぶんです。これも、若いうちに培っておいた方がいいんですよね。

意外性との出会いや意外なもの同士をくっつけようとすること自体、とてもクリエイティブです。でもそれは普段から意外なものに積極的に触れ、自分の中にあるものと結びつける力がないとなかなかできません。

これは、クリエイティブ領域に限らず、多様性を受け入れるためにも大切なことです。受け取る側の脳が凝り固まっていたら、「自分と違う考え方の人を尊重しよう」といくら言われても、新しい考えや多様性、意外性に嫌悪感を抱いてしまいます。

だからこそ、「知らないから関係ない」「わからないから気持ち悪い」ではなくて、「意外だから面白い」「自分の中のこんなところと関係があるかも」と感じられるようになってもらいたいのです。

美術大学レベルの授業と課題を週1回のペースで

――東京芸術中学には、どのような中学生が受講しに来ていますか?

広い意味で、クリエイティブに関わる仕事に就きたい子が多いですね。「絶対にこれをやりたい!」という子もいれば、まだモヤモヤとしている子もいます。中学生の段階ではそのくらいでいいんです。

――先日、東京芸術中学で行われた写真家・瀧本幹也さんの授業を拝見しましたが、大人でも考えさせられるハイレベルな内容でした。

授業内容は、語り口は柔らかくしても、中身としては美術大学での講義と同レベルにすることを心がけています。あえて、子ども向けにしていないのです。

写真家の瀧本幹也さんの授業風景。毎回、世界的に活躍するクリエイターがリアルな経験談を話しています。

――講師は世界の第一線で活躍されている方ばかりですが、どのように人選をされているのですか?

まずは、なるべく幅広いジャンルの方々にお願いしています。先日の瀧本幹也さんのような写真家はもちろん、音楽家やグラフィックデザイナー、スタイリスト、絵描きなど。

先日は、東京大学名誉教授の石田英敬さんにも来ていただきました。石田さんは記号論者として、子ども向けに「記号とは?」ということを伝える本も書いているんです。

ここまで幅広いのは、子どもたちの頭をよい意味でかき混ぜて、意外性と出会わせたいからです。

――本当にさまざまなジャンルの方がご登壇しているのですね。

そして、もう一つ、優れた芸術家とは基本的に総合芸術家であると考えていまして。そういう方々にお願いをしています。

世の中には、「自分はグラフィックをやりたいから音楽は興味ないです」とか、「自分は文章が書きたいから、音なんかどうでもいいです」といった考えの方もたまにいます。

しかし、クリエイティブはさまざまな要素すべてが関係して成り立っているはずです。たとえば、映画や舞台表現は総合芸術です。映像だけではなく、音やグラフィック、ファッションなど、さまざまなものを意識しなければつくれませんよね。そのような考えをもって、クリエイターを育てたいと思っています。

それに、優れたクリエイターは総合芸術的に考えた上で物をつくっています。成果として世の中に発表されるものがグラフィックデザインであったり、映像であったり、音楽であったりしても、彼らは総合的なイメージ、世界観を持って創っているわけです。ですから、授業でもそういう姿勢を感じ取ってもらえるとうれしいですね。

自分を賢くしないものを目と耳と口に入れない

――2021年度が初開催からちょうど1年ちょっと経ちましたが、中学生たちの変化はいかがですか?

授業はクリエイターや専門家の話を聞く「講義」と、その中で出される「課題の発表・講評」の2回をセットで行っています。

最初の頃は課題を出すと「これがきれいだから」、「かっこいいから」となんとなく制作してくる。しかし、後半になるにつれ、大きなコンセプトを考えて、そこを根拠としたものをつくってくるようになり、プロのような仕上げのものになっていくんですよ。

課題の講評も美術大学レベルと厳しめ。でも、必ず何か光るところがあるそう。

――中学生たちがクリエイティブの世界を目指そうとするときに感じる不安に対しては、どのようにアドバイスしていますか?

10代でクリエイティブなことを勉強したい、もしくはクリエイターになりたいと思っても、どうやってそのクリエイティブの世界に入っていいかもわからない。もし仮に入れたとしても、自分はクリエイティブなことが本当にできるんだろうか、さらにプロとして稼げるんだろうか。こういうことは、わからなくて当然ですよね。

むしろ、10代のうちはスムーズに何か発表ができたり、器用さを評価されたりするのではなく、ちょっと試行錯誤した方がいいと僕は思います。不安であってちょうどいいくらいではないか、と。

不安を解消する術は、それは人一倍トレーニングをすることなんですよね。「ここまでトレーニングしているから大丈夫なはずだ」という自信が大事なんです。他の人よりもトレーニングの質を高め、量を増やせれば不安は解消されていきます。これはプロのスポーツ選手と同じです。

東京芸術中学では、そういうトレーニングのやり方を教えているつもりです。

東京芸術中学は、渋谷での現地参加だけではなく、オンラインでも受講可能。2022年4月から2期生スタートしていますが、受講申込みは年中受け付けています。

さらに、「インプットの質と量」がその人の「アウトプットの質と量」を決めるということ。これは中学生だろうが大人だろうが同じことです。だから、インプットの質と量を上げるにはどうしたらいいかも伝えています。

私がよく言っているのは、「自分を賢くしないものを目と耳と口に入れない」ということ。それができていれば、どんな人でも賢くクリエイティブになれるんです。

でも、それを維持するのは大変だし、何を入れればいいかわからなくなっちゃいますよね。そこで、「こういったものを入れた方がいいよ」、「こういう人の事例があるよ」ということを、毎回の授業で伝えているわけです。

週に1回、2時間半の授業は、毎日の学校や部活、塾、家庭で過ごす時間に比べたら中学生たちの日常においては、ほんのささいな時間です。

その短い時間で私たちが与えられるのは、「気づき」でしかないと思っています。授業で気づいたことを生かして、日常の中でクリエイティブのトレーニングをしてみてほしいと考えています。

伝えたいのは技術ではなく、より大きな問いを考え続けること

――学校の美術の授業ではなかなか学べないことばかりですね。

結局、美術教育とは「美しさとは何か」を考えることだと思います。正解はないけれども、それを一生懸命考え続けるためにはどうしたらよいか。それを伝えられないと、ただ技術を学ぶだけになってしまう。

東京芸術中学は渋谷のPARCOという特殊な環境で、特殊なことを追求しているように見えるかもしれません。ですが、私は極めて普遍性のあることをやっていると思っています。

「美しさとは何か」という美術の本質を、普通の学校で当たり前に教えられるようになれば、東京芸術中学は使命を終えるとさえ思っています。

クリエイターの意外な発想に受講する中学生が驚く場面も、逆に中学生から教わったと感じる場面もあるそう。

生きていくために、世の中を次へと進めるために「美しさとは何か」を考えることで何かを生み出していく。私は中学生たちに「上位概念を考えられるようになれ」とよく言うのですが、これは「自分自身が上位概念を考えられる人になること」につながっています。

大事なのは、答えがかんたんに出ないと知りつつも、一生懸命考え続けること。そして、その時々になにがしかの答えを出すことです。普遍的な正解でなくてよくて、「2022年の今、私が思う美しさはこれです」と答えを出す。大きな問いを考え続けながらも、その都度、具体的な物やサービスを出していくのがクリエイティブな仕事だと思うんです。

このような大きな考え方を縦軸におきつつ、その時代にあった美しさやかっこよさ、新しい考えという横軸を生み出していける人がすぐれたクリエイターになれるのだと思います。東京芸術中学を通して、そういう考えを言えたり、表現をできたりする人になっていってほしいですね。

(企画・取材・執筆:わたなべひろみ 編集:鬼頭佳代/ノオト)

取材協力

菅付雅信さん

編集者/株式会社グーテンベルクオーケストラ代表取締役。1964年宮崎県生まれ。法政大学経済学部中退。角川書店『月刊カドカワ』、ロッキングオン『カット』、UPU『エスクァイア日本版』編集部を経て独立。『コンポジット』『インビテーション』『エココロ』の編集長を務め、現在は出版物の編集・執筆から、コンサルティングを手がける。著書に『はじめての編集』『物欲なき世界』『動物と機械から離れて』等。またアートブック出版社ユナイテッドヴァガボンズの代表も務める。英文カルチャーマガジン『ESP Cultural Magazine』編集長。下北沢B&Bで「編集スパルタ塾」、渋谷パルコで「東京芸術中学」を主宰。東北芸術工科大学教授。NYADC銀賞、D&AD賞受賞。 東京芸術中学の受講者は常時受付中。

https://gaku.school/report_genre/geichu/

※本記事はWebメディア「クリスクぷらす」(2022年6月21日)に掲載されたものです。

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