自発的な行動を促すにはどうすればいい? 日本スクールコーチ協会に聞く、中高生へのコーチング活用法
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2019/09/03
「コーチング」とは、自発的な行動を促し、効果的な目標達成をサポートするコミュニケーション手法のこと。元々ビジネスやスポーツの分野で広く使われてきた手法ですが、近年は学校や塾などの教育分野でも活用されています。
一方で、コーチング自体はなんとなく知りつつも、実際にどう生かしていけばいいかわからないという声も少なくありません。特に教育の場では、さまざまなコーチング手法が出ており、適切な使い方ができているのか分かりづらい面も。
そこで今回は、学校へのコーチング導入に取り組む「日本スクールコーチ協会」の理事長の蘓原利枝(そはら・としえ)さんと、スクールコーチ育成トレーナーの間宮歌子(まみや・うたこ)さんに、コーチングにまつわる疑問を投げかけてみました。
教育におけるコーチングでは、根本的な人間理解が大切
――そもそも、なぜ学校にコーチングが必要だと感じたのでしょうか?
蘓原:子どもが夢を描き、自分の未来について考え、行動を起こしていくためには、子どもの興味関心を引き出し、自ら探求していけるように働きかけるコミュニケーションが大切だと感じたからです。
良い悪いと判断されることなく、ニュートラルな状態で話を聴いてもらう経験は、自分の中から答えを導き出す思考訓練に繋がります。子どもは、そのように話を聴いてもらうことを通じて、自ら自分に必要なことが何かを考える力をつけていきます。言われたからやるのではなく、自分で考えて行動する、という主体性が育ちます。
そのようなコミュニケーション手法を学校で活用してもらいたい、先生もコーチングを受けられる環境を作ることでより前向きに教育活動に励んでいただきたい、との思いから学校へのコーチング導入を始めました。
――学校でのコーチングはどんな場面で行われるんですか?
蘓原:授業や進路指導、三者面談、部活動、教員研修等、本当にさまざまです。私どもスクールコーチがお手伝いしたある私立高校では、コーチングを活かしたコミュニーケーションを生徒同士で取ることにより、それぞれの生徒が「私の未来の予想図」を描けるようになりました。
コーチングの基礎を学ぶことで生徒のコミュニケーション能力が向上し、お互いの考えや気持ちを尊重しながら楽しく未来を語り合っていました。自分の中から出てきた答えにはパワーがあります。生徒たちのエネルギーに溢れた表情はとても印象的でした。
――近年、学校や塾などでもコーチングが取り入れられるようになってきました。その背景には何があるのでしょうか?
間宮:社会の変化に伴って、自ら課題を発見する力、課題を解決するために自ら学ぶ力が求められるようになってきました。
2020年度の新学習指導要領の中にも、「主体的・対話的で深い学び」という言葉が明記されました。これは子どもが自ら疑問をもち、その疑問について考え、解決するために自ら調べたり学んだりすること。また、他者との協働を通じて効果的なやり方を見出したり、新たな価値を創造したりするような学びのあり方を意味しています。
そのような力を子どもたちに身につけてもらうために先生は、今まで以上に子どもの自発的な行動を促す必要があります。その際に有効なのが、子どもから答えを引き出し、子どもの主体的な行動選択を促すコーチングスキルです。
――新しい学びのあり方にも、コーチングが役に立つんですね。一方で現在、コーチングは主にビジネスの分野で使われています。教育とビジネスにおけるコーチングには、どんな違いがありますか?
蘓原:ビジネスでは多くの場合、短期的な目標を達成することや、リーダーの意思決定、組織づくりに重きを置いたアプローチが取られます。
一方、教育現場では目前の目標達成を目指すだけではなく、将来を見据えた長期的な視点を前提にした関わり方をします。これは自己発見と自己実現に重きを置いたアプローチです。
「どんな人間になりたいのか」「人生を通じてどんなことがしたいのか」を考えるには、根本的な自己理解が必要です。子どもたちが「自己理解」を進められるようにコーチングの手法で促していきます。
そのため、私どもスクールコーチには、具体的なコーチングのスキルだけではなく、脳の特性による人間理解やコミュニケーションスキル、人間の発達、キャリアデザインなどの知識も必要となります。
コーチングの土台と4つのステップ
――協会から認定を受けたスクールコーチは、実際どのようにコーチングをしているのでしょうか?
間宮: コーチングには、大きく分けて2つのパターンがあります。1つは、一定の時間内でコーチングの一連のステップを踏む「コーチングセッション」という形式。もう1つは、日常生活や学校教育の中でコーチングのスキルや考え方を活用すること。
これから説明するのは、前者の「コーチングセッション」での一連のステップについてです。
ステップ0.信頼関係を構築する
信頼関係のない状態では、人はなかなか本音を話せません。大前提として、コーチングには相手との信頼関係が不可欠です。
信頼関係を築くためには、まず安心・安全を感じられることが大切です。お互いにオープンマインドでいられる場作りを意識します。
ステップ1.目標・目的を明確にする
まずは「コーチングを受けた後、どんな自分になっていたいか、何を得たいか」という目標と、「何のために目標を達成したいのか」という目的を明確にしていきます。
これは「焦点化の原則」という脳の働きを活用しています。人は意識を向けているものに集中して思考していく傾向があります。一つの事柄に意識を向ける状態を作ると、脳はその事柄に関する情報を無意識のうちにも集めるようになります。これをうまく利用することで、目標・目的を達成するための情報を見つけやすくなったり、アイデアが生まれやすくなったりします。
ステップ2.話を聴く(傾聴する、承認する、質問する)
次に、相手に寄り添って話を聴いていきます。「傾聴する」は、漢字の通り「耳」だけではなくて、「目」と「心」を使って相手を理解しようとすること。相手の存在そのものや、考え方、感じ方、選択などを承認しながら聴きます。
そのような姿勢で話を聴いていくことは、安心して自由に話せる状態をつくります。コーチは、ただ話を聞いているだけではなく、相手の表情や態度、思考パターンなどをしっかり観察しながら、相手の状態に合わせてコミュニケーションをとります。
そうして話してもらううちに、「オートクライン」という現象が起きます。これは考えを言語化することで頭の中が整理され、自らの中に気づきが起こったり、新しいアイデア思い浮かんだりすること。
この現象を意図的に起こすために、コーチはただ傾聴するだけではなく、相手の潜在意識を顕在化させるための「コーチング的質問」をします。ただ聴いているだけでは、時間ばかりがかかって効果的に話が進まないこともあります。適宜、「コーチング的質問」を投げかけることによって、独りではできないような視点の転換や飛躍を促します。
コーチング的質問をする際に意識するのは、オープンクエスチョン。これは、「はい」「いいえ」などの回答範囲を設けず、相手が自由に返答できる質問のこと。具体的には5W1H(When・Where・Who・What・Why・How)を使います。
ただし、「Why」には注意が必要です。よくあるのが、親が子どもに対して「“なんで”先に宿題しておかなかったの?」と聞くこと。この質問の仕方だと、子どもは責められている気分になり、余計にやる気が削がれてしまいます。
この場合、「“どうしたら”宿題を終わらせられたかな?」と「How」を使った質問をしましょう。そうすれば、子どもから「こうしてみよう」という自分で考えた行動の選択肢が生まれます。どの行動をとるかを自分で考え、選択する機会は主体性を育むことに繋がります。
ステップ3.リソースを探す
コーチングではこのように「承認」、「質問」を意識しながら傾聴し、目標・目的に到達できるように促します。その過程で重要になってくるのが、「リソースを探すこと」です。
リソースとは、目標・目的達成に必要となるあらゆる材料のこと。知識やスキル、経験はもちろん、人脈や資金なども含まれます。コーチは相手が必要なリソースに気づき、見つけられるように話を聴いていきます。
ステップ4.行動計画を立てる
そして、「リソースを活かして、いつまでに何をするのか」という行動計画を本人が立てられるように促します。
コーチは相手が最初の一歩を踏み出せるように背中を押し、見守りつつ伴走していきます。
「アドバイスはしてはいけない?」などコーチングにまつわる疑問
――「傾聴が大切」という話がありましたが、コーチングではアドバイスをしてはいけないのでしょうか?
間宮:原則的にはアドバイスはしません。なぜなら、本人が考えて出した答えではないと、後から「本当はしたくなかったのに、そう言われたから……」という言い訳につながる場合もあり、主体的な行動になりにくいからです。
アドバイスは相手が求める場合には行いますが、アドバイスによって、「それが一番良い方法なんだ」と相手が思い込んでしまうような伝え方にならないよう配慮が必要です。
一方で、中高生世代は大人に比べて知識や経験が少ないために間違ったことやむやみな遠回りをすることも多いものです。そういう場面では、アドバイスよりも、情報提供や提案を意識します。「こうした方が良いよ」ではなく「こういうやり方でうまくいった人もいるよ」と伝えたり、「今から話すことは一つの提案なんだけど」といった前置きをした上で話したりします。
――自分の考えを押し付けないようにするんですね。一方で、子どもが悪いことや間違ったことをした時、コーチングを活かした叱り方はどのようになるのでしょうか?
間宮:これも伝え方には気をつけなければなりません。たとえば、「あんたは本当にダメだね」「そんな考えだからうまくいかないんだ」というように叱るのは、その子の存在そのものや価値観の否定につながるので避けるべきです。
コーチングを活かした叱り方としては、「今回のその言葉遣いは良くないね」「この場合、そのやり方は間違っているよね」など、その状況における行動や方法に着目して叱ります。相手の尊厳を守りつつ、建設的に叱ることで、次への原動力となるよう意識します。
――私自身、過去にコーチングを受けたことがあります。その際、相手の求める回答に誘導されているような感覚がありました。それは正しいコーチングなのでしょうか?
間宮:誘導されたように感じるのは、コーチングを受けている人の思考ではなく、コーチ自身の思考に合わせて、質問されたからかもしれませんね。本来、コーチは相手の思考に合わせて、寄り添うように話を聴いていきます。コーチが会話のゴールに導くのではなく、相手が自分自身で思考を進めたり、望ましい視点を見つけたりするのを手伝うスタンスです。
人それぞれ思考のクセがありますので、コーチはそのクセを捉えて、相手に合わせたコミュニケーションをとっていくことが求められます。
蘓原:コーチは「私はあなたを全く知りません。だから、ゼロからあなたのことを教えてください」という前提を持つ必要があります。たとえ自分の子どもであっても、心の中までは理解できません。誘導的にならないために、相手に対して先入観を持たず、まっさらな気持ちで向き合うのが大切ですね。
家庭や学校で常に完璧なコーチでいる必要はない
――教育の現場において、コーチングは有意義なものだと思います。一方で、コーチ的姿勢で子どもと関わり続けるのは大変ではないでしょうか?
蘓原:親も先生もその時々の状況や気分もあるので、ずっとコーチではいられませんよね。だから、常に「コーチでいよう」と思うのではなく、「今はコーチ」「今は母親」などスイッチを切り替える意識を持つと良いでしょう。
また、自分の状態を素直に伝えることも大切です。気分が悪い時は「ちょっと外で嫌なことがあって、今イライラしているの。あとで落ち着いてから話そう」と伝える。そうすれば、子どもはちゃんと理解してくれます。
――常に完璧なコーチを目指さなくても良い、と。
蘓原:少しでもコーチでいる時間を作れたら、子どもとの関係性は変わります。しっかり話を聴く姿勢でいれば、子どもの方からよく話してくれますから。
それに、コーチでいる時は冷静に物事を捉えられるので、自分自身も気持ちが楽になる面があります。そうなると、コーチの時間をもっと作ろうと思えてきますよ。
間宮:親や先生がコーチングを意識したコミュニケーションをしていると、子ども自身もコーチング的なコミュニケーションができるようになるんですよ。大人の接し方が子どもにどのように影響するか、お互いのコミュニケーションを観察する目をもてるといいですね。
――最後に、コーチングを実践しようと考えている親や先生にメッセージをお願いします。
間宮:コーチ的に子どもと関わるのは難しいとおっしゃる方が多いですが、本質的には、その子を一人の人間として理解しようとする気持ちで話を聴くことに尽きると思います。コーチングスキルである「傾聴」、「承認」、「質問」は、相手を理解することを助けてくれます。よく「コーチングは質問のテクニック」と捉えられることがありますが、それはコーチングスキルのほんの一部であって、根底に「相手を理解したい」気持ちがあってこそ活かされるものなのです。
蘓原:たとえ自分の子どもであっても、「異なる人格を持った1人の人間」として尊重することが大切です。子どもは大きな可能性があり、私たち大人にはない答えを持っている。だから、子どもを心から信じて、一緒に答えを探すように心掛けてみてください。
(企画・取材・執筆:野阪拓海/ノオト 編集:鬼頭佳代/ノオト)
取材先
特定非営利活動法人 日本スクールコーチ協会
「もし、学校にコーチがいたら!」「君には何でもできる力があるんだよ。やりたい気持ちさえあればね!」と励ましてくれるスクールコーチがいたら、学校生活がもっと楽しくなるだろう。そんな想いから2008年4月に設立。生徒・学生が元々持っている才能や可能性に気づき、自らの力で夢・目標に向かって望む人生を実現できるようコーチングを通して支援する。現在の活動は、小・中・高・専門学校・大学・塾・幼稚園・保育園などあらゆる教育機関での授業や研修、PTAや保護者のセミナー・講演会を行っている。学校現場で活動するスクールコーチを育成する「コーチ養成講座」は、国際コーチ連盟の認可を受けた世界水準の講座である。学校の先生や保護者だけでなく、塾の講師、福祉担当者、ピアノ講師、スポーツコーチ、企業での人材育成担当者など幅広い人が受講している。
※本記事はWebメディア「クリスクぷらす」(2019年9月3日)に掲載されたものです。