「世の中、こんなに広いんだよー!」と伝えられる場所にーー札幌で現代アートとまちづくりを学べるThink School Jr.
専門家に聞く
2020/02/04
北海道の経済の中心地である札幌駅前通沿いで、「まちづくり」と「現代アート」を学びながら自分の得意を見つける、子どもたちのためのアートスクールが開かれています。
それが、「Think School Jr.(シンクスクール ジュニア)」。子どもたちの新しい居場所づくりと札幌中心部で働く保護者の支援も見すえた取り組みです。運営と講師を務める今村育子さん、高橋喜代史さんにお話を聞きました。
大人も子どもも「まちづくり」と「現代アート」で考えを深めるThink School
Think School Jr.は、2019年8月〜翌年3月までの毎月第4金曜日に、札幌駅前通に面するビルの中にある「テラス計画」で開催されています。参加者は10~15歳。「まちづくり」と「現代アート」を通して、さまざまなことを学んでいます。(※プログラムにより場所、曜日が変更になる場合もあります)
運営を行うのは、札幌駅前通のにぎわいをつくり出す活動などを行う「札幌駅前通まちづくり株式会社」。講師は、アーティストとしても活動する今村さん、高橋さん、まちづくりプランナーである酒井秀治さんの3人です。
――子どもを対象としたアートスクールはありますが、「まちづくり」と「現代アート」を同時に取り入れたスクールというのは珍しいかと思うのですが。
今村育子さんプロフィール
1978年札幌生まれ。2006年より美術家として相対するものごとの間に生まれるグラデーションへの関心から光のインスタレーション作品を制作。2011年札幌駅前通まちづくり株式会社へ入社。主に「シンクスクール」「PARC」「さっぽろユキテラス」「テラス計画」の企画や、まち会社主催事業のデザインを担当。現在3歳児の子育て中。
今村:子ども向けに先駆けて、大人が対象の「Think School」という企画が2015年にスタートしました。これは「まちづくり」と「現代アート」の考え方を学び、自分の「好きなこと、やりたいこと」を見つけるアートスクールです。
現在、Think School Jr.を開講しているスペース「テラス計画」ができた時、いろいろな企画をこの場所でやりたいと思っていました。
実は、それ以前の2013年に、札幌駅前通まちづくり株式会社では、札幌駅前通沿いのビルの1フロアで「越山計画」という半年限定のスペースを運営していました。当時は、アーティストやまちづくりに興味のある人たちを中心に、自分たちの手でリノベーションを行い、さまざまな企画を催していたんです。
その続きのような形で「テラス計画」の運営も進めたかったのですが、タイミングが合わなかったり、一緒にやっていける仲間が少なかったり……。そこで、「まちづくり」や「場づくり」を一緒にできる仲間を見つけて、ネットワークを作りたいという気持ちから、大人向けのThink Schoolを始めました。
また、Think Schoolを始める以前から、まちづくりやアートの分野で活躍されているゲストを招いての「Meeting Point(ミーティングポイント)」というレクチャーシリーズも月1回行っていたんですね。参加者は多かったものの、興味を惹かれるテーマの時だけに来る方がほとんどで、シリーズを通して毎回来ていただくというのが難しかった。
そこで、人材育成とMeeting Pointを発展させ体系立てた講義を合わせて、1年間のスクールとして立ち上げたのがThink Schoolです。
小さい頃にこんな楽しいアートの見方を教えてもらえたらよかったのに!
――Think Schoolを始めた時点で、いずれ子ども向けのプログラムもやろうと考えていたのですか?
高橋喜代史さんプロフィール
1974年北海道生まれ。美術家。言語とコミュニケーションに関する作品を制作。近年は、他者との距離や境界について考察する映像インスタレーションなど発表。札幌を拠点に国内外で活動を展開する。2012年より大通地下ギャラリー500m美術館、札幌駅前通地下歩行空間での[PARC]など展覧会やアートプロジェクトの企画運営も手がける。2015年一般社団法人PROJECTA設立。
高橋:いえ、最初は子ども向けにという考えは特にありませんでした。
きっかけは、Think Schoolの企画コース1期。「楽しめるアートの鑑賞の仕方」の講義中のディスカッションの際に、「こんなアートの見方をどうして小学校で教えてもらえなかったんだろう」、「小さい頃に知っていたら、絶対楽しかったはず!」という声が受講生からあがったんです。「楽しめるアート鑑賞の方法を取り入れている学校が少ないのはおかしいのではないか」と。日本の小学校って、美術館で子どもたちを見かけても、写生をさせているだけだったりしますよね。
今村:美術館の中では静かにさせて、外に出てから感想を言わせるとか……。ヨーロッパへ行くと、美術館の中で子どもたちが絵画の前で車座になり、鑑賞しながらみんなで対話している光景をよく見かけます。でも、日本ではほとんどありません。
高橋:小さいうちに楽しく絵画やアートを鑑賞する方法を伝えきれていないから、「美術は難しいもの」という考えになってしまっているのではないかと感じたのです。
今村:そんな疑問や問題意識と、個人的に自分の子どもが生まれたことも影響して、子ども向けのThink Schoolを開くことになりました。
思いもよらない子どもたちの力に驚く
――Think School Jr.を開講する前段階があったそうですね。
今村:それまで、子どもたちと一緒に何かをするという企画はしてこなかったため、そもそも子どもたちと繋がる方法がわかりませんでした。たとえば、アートスクールを始めるにしてもどの程度のニーズがあるか見当がつかなかったんです。
高橋:そこで、いきなり「アートスクールを始めます」ではなく、冬休みの自由研究と結びつけた1回限りのイベント「こどもシンクスクール」を行いました。
「保護者の方たちが、夏休みや冬休みの自由研究で大変な思いをしている」というスタッフの気づきから、生まれた企画です。
今村:そこでは、シンプルに「まちづくり」「イラスト」「アート」をテーマに、それぞれ作品をつくるワークショップを行いました。作品は、そのまま自由研究として学校に持って行けるような内容にしたのです。
高橋:でも、ただ作品をつくるだけでは、講師や子ども同士の交流は生まれてこないんですね。参加者同士が関わりを持てるようにするのもThink Schoolの目的。ただ、モノをつくって終わりではなく、つくったモノで何かをできないか……と考え、次は「展覧会をつくってもらおう」と考えました。
今村:学校ではできないことをやってほしい気持ちもあり、「世界に一つの展覧会をつくろう!」というワークショップを2日間にわたり、行いました。自分の作品をつくり、展覧会を企画して。チラシも自分たちでつくって、宣伝もしています。
高橋:「展覧会あるから、来てねー」と、学校でちょっと自慢できるみたいな感じです(笑)。
今村:このワークショップにはもう1つの目的がありました。大人向けのThink Schoolで、聴講生でもあるスタッフが「子どもたちが美術やアートに関わる仕事にどんなものがあるか知らないのは、職業選択の幅を狭めているのでは?」 という問題意識を持ったんです。
それで、「展覧会をつくる」ことを通して、美術やアートに関わる仕事を少しでも知ってもらうきっかけになればと考えました。展覧会って、ただ絵が貼ってあるのではなく、そもそも作家を選んだり、配置を考えたりしなければ成り立ちません。それを考える経験を通じて「学芸員さんって何をする人?」など知ってもらえたらと思いました。
――2回のワークショップを経て開講したのがThink School Jr.なのですね。
今村:もう少し長い期間継続して参加してもらおうということで、月1回、8カ月間で行ってみることとなりました。
――「『まちづくり』を学ぶ 全3回」の最終回を見学させていただきました。全体としては、どんなふうに学んでいくのでしょうか?
高橋:「まちづくり」の講座では、1回目は講師のまちづくりプランナーの酒井さんから「まちづくり」についてのレクチャーがあり、「自分たちの街に何があったらいいか」を考えながらそれぞれが思い浮かんだイメージを絵にしてもらいました。2回目にはその絵を元に、1人1つ、街にあるものを立体にしてもらいます。3回目はそれぞれがつくったものを繋げて、一つの街をつくるという流れでした。
――最初は、建物や乗り物もただの「パーツ」のように見えたのに、ほんの数時間で見事に街になりましたよね。
高橋:すごかったですよね。あんなにつくってくれるとは。子どもたちの力にびっくりしました。
――自分がつくったものを他の子がアレンジしても、抗議する子がいませんでしたが、何か約束事を決めていたのですか?
高橋:何も決めてはいません。自然にそういう形になっていました。しかも、出したアイデアを本人ではなく、他の人がつくっている様子もあったんですよね。面白いな、と。
今村:1回目のレクチャーを元に、「街ってどんなものか」を考えながらつくっていったので、自分がつくりたいもの単体ではなく、街全体をイメージできている子が多かったんだと思います。それで、1つの街を一緒につくるという子どもたち同士の共通の意識ができていったのかな、と。
「苦手」を通り過ぎたところにあるものに気づいていきたい
今村:普段、子どもたちは学校生活という限られた範囲の中で、常識にがんじがらめになりやすい。そういうものから少しでも解放される場所になってくれたらいいな、とは常に思っています。
今村:街のパーツをつくるためのイメージを絵に落とし込む作業をしていた時、「絵が下手だから描けない」と言った子がいたんです。それで、「上手に描けなくても、どんなことを考えているかを描いてくれればいいから」と話しました。そうしたら、ちゃんと考えの伝わる絵を描いてくれた。そして、立体にする時には、すごく良い表現をしていたんです。
得意なことは人それぞれ。もし絵を描く段階でやめてしまっていたら、立体表現のすばらしさに到達せずに終わってしまう。「得意でないところは頑張りすぎなくていいよ」と伝えつつ、苦手なことにつまずくことなく、自分の考えたことをそのまま表現できるようにしてあげたいですね。
今村:それから、自分で考えることやディスカッションも。お互いの意見を共有して、もし考えていることに違いがあったら受け止めて、どこがどう違っているのかをまた考えることを大切にしていきたいですね。これは大人も子どもも同じだと考えています。
働くお父さんお母さんを応援する機能も持つオルタナティブな場所へ
――今後Think School Jr.でやっていきたいことは?
今村:私たちのミッションの1つに、「働くお父さん、お母さんを応援したい」があります。だから、ここを子どもたちの学童保育のような機能を持った場所にしていきたいんです。
札幌駅前通は、北海道のビジネスの中心地。子どもたちが学校帰りにここに来て、時間が来たら近くで働いているお父さん、お母さんと一緒に帰る……。そんなことができるのが理想です。
今村:今は毎回、レクチャーがあります。これから学童の役割を担うことも見すえて、レクチャーのある日と1人で制作をしたり本を読んだりと自分の好きなことができる日を交互に設けるプランなども考えています。
また、Think Schoolをきっかけに、大人と子どもが出会い、これまでと違う価値観のものが生まれてくる可能性というのも感じますね。大人と子どもが同じレクチャーを受けるのは正直、難しいところはあります。けれど、子どもにはちょっと理解しづらいけれど、ワクワクしたり、大人にとってはちょっと簡単だけれど、改めて子どもの目線で一緒に考えたら面白いと思えたりする講義ができるといいですね。
高橋:既存の考え方や誰もがこう考えているからといったことに縛られるのではなく、オルタナティブな価値観……、つまり自由に選び取れる新しい考えに触れられる場所であるといいなと。
今村:「世の中ってこんなに広いんだよ」「こんな生き方を選んだ人もいるんだね」みたいに感じてもらえるといいですね。学校や職場などの1つの狭い世界だけが全てと思ってしまうと、子どもも大人も辛くなってしまいますから。
(企画・取材・執筆:わたなべひろみ 編集:鬼頭佳代/ノオト)
取材先
Think School Jr.
札幌で開講される「まちづくり」と「現代アート」を学びながら、自分の得意をみつけるスクール。まちづくりやものづくりを通してさまざまな価値観にふれ、自ら考えて行動するための足がかりをつくっています。
※本記事はWebメディア「クリスクぷらす」(2020年2月4日)に掲載されたものです。