メタバースを活用不登校サポート「シンガク」に聞く!今後のオンラインフリースクールの課題とは?
不登校
2024/03/26
不登校の児童・生徒が増える中、昨今ではオンラインで参加できるフリースクールも増えてきました。自宅から通えるフリースクールがなかったり、家から出て通うことが難しかったりする子どもたちにとって、オンラインのフリースクールは大切な居場所となってきているようです。
また、不登校の児童・生徒であっても、ICT(情報通信技術)を活用して家庭学習をすることによって、学校に出席した扱いにできる「出席扱い制度」の認知度も、ここ数年で高まっています。
文部科学省の「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」を見ると、自宅におけるICT等を活用した学習活動を出席扱いとした児童・生徒数は、令和元年度には608人だったところ、令和4年度には1万409人と、約17倍に増えています。
このように、ここ数年で自宅にいながらでも学習ができる環境が整い、さらに不登校の子どもたちの居場所としてもICTが有効に活用されるようになってきています。
とはいえ、ICTによる不登校支援に何か落とし穴はないのでしょうか?
今回は、メタバース(通信ネットワーク上の仮想空間)を使って不登校の児童・生徒をサポートしている「シンガク」を運営する成基コミュニティグループの佐々木雄紀CEOに、そのサポート内容の特徴や、オンラインフリースクールのメリット・デメリットなどについて、詳しく伺ってみました。
10時から18時まで、生活リズムを整えながら参加
2023年6月に開校した「シンガク」は、オンライン上で不登校の子どもたちに教育の機会を提供するフリースクールです。
その特徴は、無学年式のICT教材「すらら」( https://surala.jp/ )を使った学習サポート、平日18時まで開校されているメタバース教室でのさまざまな学びの機会の提供、出席扱い制度の申請支援、それらを通じ、子どもの社会的自立を支援することです。特に再登校に力を入れており、すでに少なくない児童・生徒が再登校を実現しているとのこと。
対象年齢は小学4年生から中学3年生までで、現在は全国から50人ほどが利用しているそうです。
まずは具体的に、児童・生徒たちの1日の動きを伺ってみました。
「メタバース教室の開校は朝10時です。不登校のお子さんの中には生活リズムが不規則で朝が弱い子も多いですが、家族と一緒に朝食をとってから参加するなど、生活リズムを整えてもらえればとこの時間に設定しています。集まってきたらミニゲームなどで脳内を活性化し、オンライン自習室で『すらら』を使って勉強します。12時からはオンライン上でみんなで一緒に昼食をとり、13時半からは自室掃除の時間です。掃除といっても休憩時間のようなものですが、メリハリをつけて生活してもらえればと考え、掃除の時間にしています。その後、14〜16時は総合学習の時間。曜日によって学ぶ内容は変わります。16時からは放課後となり、午前に参加できなかった子は『すらら』で勉強したり、仲間と雑談したりして過ごし、18時に閉校となります。また週1回のコーチとの個別面談もこの時間に行われます」
「すらら」を使って学習しているときにわからないことがあった場合には、大学生のコーチに質問することもできるのだそうです。「シンガク」という名前からも、学習面、特に受験指導に重きを置く考え方なのかと思いきや、この「シンガク」は「新しい学び」という意味なのだとか。
「文科省も、令和元年の『不登校児童生徒への支援の在り方について(通知)』において、学校に登校するという結果のみが目標ではないと言っています。とはいえ、登校しなくてもいいと言っているわけではなく、重要なのは、子どもたちの将来の社会的自立を支援するという点です。その視点では、子どもたちの社会的自立をサポートするのは学校だけではないと私も考えています。子どもの才能や能力、特性に応じて、ICTなどを使った新しい学びの方法や、学習指導要領にとらわれない柔軟な学びも、学校とは別の教育の選択肢として社会に必要だと考えています」
そうした意味で「シンガク」と名付けたわけですが、「決して学校を否定しているわけではない」と佐々木さん。
「学校に何がなんでも無理をして行く必要はないと思います。無理をした結果、お子さん本人が大きく傷ついているのであれば、それが社会的自立につながるとは思えないからです。一方で、学校に行かなくてもいいとも思いません。不登校のお子さんの中でも、マジョリティの意見としては、学校に戻れるなら戻りたいと思っている子が多くいます。保護者も『無理して行かなくてもいいよ』と言いつつ、行けるのなら行ってほしいというのが本音ではないでしょうか。そうした現状からも、学校以外の学びの選択肢を尊重しつつ、再登校もサポートしていければと考えています」
この、「行かなくてもいいとは思わない」という部分については、また後ほど詳しく掘り下げていきたいと思います。
オープンチャットで子ども同士のコミュニケーションも活発
総合学習の時間では、月曜はホームルーム、火曜と木曜はマインクラフト(ビデオゲーム)、水曜は外国の文化や金融教育などのさまざまな総合学習、金曜は道徳やホームルームと、曜日ごとに内容が決まっているとのこと。マインクラフトなどを使った学習などは、一般的な学校よりも進んだことができそうなイメージです。また放課後はフォートナイトを使って建築を学ぶ時間も定期的に開催されているとのこと。
「ゲームを使って学習する授業は週に2回あります。ただ遊ぶのではなく、5教科の学びを深めたり、学習への意欲を高めたりするきっかけ作りを行ないます。たとえばマインクラフト上の図形を使って面積の計算をしてみる、元素ブロックを使って理科実験をしてみる、国旗を作ってみるなど、さまざまな教科の内容を絡めた形で学んでいきます。また、授業内では友人と協力して進める場面が多々あり、子どもたちの大好きなゲームを通じて多くのコミュニケーションが生まれています」
ホームルームの時間には、新入生歓迎会やメタバース展覧会、クリスマス会、ハロウィンパーティーなどの準備を行うことも多いのだとか。こうした時間を通じて子どもたちのコミュニケーションも活発になり、オープンチャットを使った教室外での会話も弾んでいくのだそうです。
「子どもたち専用のオープンチャットには『Discord』というチャットツールを使っています。絵を描いたり動画を作ったりしている子も多く、作品を見せ合ったりして楽しんでいますね。こうした子どもたちの様子や学習の進捗状況は、保護者にも定期的に情報共有しています」
出席扱い制度のサポートについては、「すらら」や「シンガク」のシステムからレポートを出力して学校に提出できるようになっているとのことですが、
「学校側は、出席扱い制度の利用に関しては、相談をすれば基本的に前向きに検討はしてくれるのですが、まだまだ制度自体を知らない先生もいるのが現状ですね。シンガクではこれまで40組以上に出席扱い制度申請のサポートをしましたが、学校の先生が制度を最初から認知していたのは数ケースだけでした。とはいえ、数年前まで年間数百件だった出席扱い制度の利用者数が、現在は1万人を越えているのですから、これから認知度はより高まるのではないかと思います」
今後は学校側に保護者から説明を重ねなくても済むようになってくる可能性は高いですが、現状ではフリースクールによるサポートがあるのは大きな助けになりそうです。
第一歩を踏み出すハードルが低いのがメリット
では、オンラインフリースクールのメリット、デメリットについてもお話を伺っていきます。まずメリットとして、佐々木さんは「敷居の低さ」と「慣れた環境」の2点を挙げてくれました。
「対面式のフリースクールに通い始めるには、不登校の子が〝移動して知らない人に会いに行く〟ことからスタートしなければなりません。ここに高いハードルの高さを感じる子も多いと思います。オンラインでは、家から出なくてもいいだけでなく、自分の顔を出す代わりにアバターで参加できたり、声を出さなくてもチャットでコミュニケーションがとれたりするので、参加のハードルはかなり低くなります。また、現代の子どもにとってタブレットやスマホは当たり前のものなので、慣れ親しんだものを介して参加できるのもメリットだと思います」
これらは、児童・生徒側が感じるメリットです。一方でデメリットについては、「お子さま本人が感じるものではなく、教育的観点からの意見になります」と佐々木さん。
「将来はともかくとして、現実の社会は未だメタバースではなく、当分はメタバース空間のみで生きられるわけではありません。オンラインの教室で擬似的な社会体験をしても、リアルとイコールではないので、現代の社会に出たときには必ずギャップが出てきてしまうのではないかと考えています。その点を無視して、保護者や私たち教育者サイドが『ずっとここで学んでいれば大丈夫』と安住の場所にさせてしまうと、かえってお子さまの社会的自立を妨げてしまうことにもなりかねないんです」
オンラインフリースクールの運営ではこうしたデメリットにも注意を向けておくことが大切とのこと。
「メタバース上で仲間と共に過ごし、人間関係をつくることに慣れたり、トラブルへの対処法を学んだりする中で、学校に再登校するようになった子たちもいます。オンラインフリースクールがあることが不登校を維持する要因にならないように気をつけながら、子どもたちの自立支援のサポートをしていければと考えています」
不登校維持の要因にならないよう、運営側は注意も必要
今後もオンラインフリースクールは増加していきそうですが、スクール側としてはどのような課題を感じているのでしょうか。
「ビジネス的な課題としては競争が激化していく中での集客の厳しさなどはありそうです。社会・教育的な課題としては、子どもたちの社会的な自立支援につながらないサービスが増えていくことを最も危惧しています。文科省が掲げる社会的自立とは何を指しているのかが曖昧ではありますが、提供されている教育が、本当に将来に活きる内容になっているのか。サービスの対象年齢を過ぎた後に、子どもたちが幸せになれるようなサービスになっているのか。そうしたことを考え続けなければいけないと思っています」
先ほども「学校に行かなくてもいいとは思わない」と話していた佐々木さんですが、その理由のひとつには、「学校という社会的インフラシステムの経済的・教育的なコストパフォーマンスの高さ」があると言います。
「今の学校には課題も多いですが、授業料としてお金を毎月数万円支払って フリースクールに通うのと、通常の公立学校に通うのとでは、コストパフォーマンスが大きく異なります。また、オンライン・オフラインを問わず、フリースクールでもICTを取り入れるなど、さまざまな新しい学びを提供できるよう務めていますが、学校が提供している教育内容の質・量にトータルとして勝るのは難しいと思います。もちろん、一律的な教育システムに合わない子に対して、よりパーソナルな学びをデザインすることはできますし、社会との関係を拒絶し、学びの総量が0に近い子をサポートすることは、オンラインフリースクールのほうができると思います。ただ、『学校よりもこっちが絶対にいいよ』という流れにはならないようにしなくてはと思います」
「どんなに理想を語っても、ビジネスである以上、フリースクールは子どもが学校に行かないほうが利益が出る構造ではあるのですが……」と言いつつも、「子どもの成長や自立をサポートする姿勢を忘れてはいけない」と佐々木さん。
「数カ月から数年間、不登校の状態から、いきなり学校に行ったり勉強したりすることは難しいですよね。そういう子どもたちと信頼関係を築き、シンガクを居場所にしてもらいながら、オンラインだけにとどまらないように、勉強をして、将来に目を向けてもらう。そうして、再登校を含めた社会的自立を目指せるよう支援を継続してあげられればと思っています」
オンラインだからこそ学校以外に居場所を作れる子や、学習を始められる子もいますが、そこをスタート地点として、リアルな社会の中で生きていける力を育んでもらいたいとのことです。
フリースクールを選ぶ側としても、居心地の良さだけでなく、その先のこともイメージした上で考えてみるとよいかもしれません。
取材協力
成基コミュニティグループ 代表兼最高経営責任者(CEO)
佐々木雄紀さん
1990年、京都市生まれ。2014年、立命館大学経営学部経営学科を卒業。丸紅株式会社、株式会社オープンロジ等を経て、成基コミュニティグループに入社し、代表兼最高経営責任者(CEO)に就任。学習塾「成基学園」「ゴールフリー」をはじめ、さまざまな教育事業を展開。
<取材・文/大西桃子>
この記事を書いたのは
ライター、編集者。出版社3社の勤務を経て2012年フリーに。月刊誌、夕刊紙、単行本などの編集・執筆を行う。本業の傍ら、低所得世帯の中学生を対象にした無料塾を2014年より運営。