不登校の子どもを正しく理解し不得意に寄り添う方法【フェリーチェ高等学院セミナーレポート】

通信制高校

不登校

2023/03/23

星槎中野サテライトキャンパス・フェリーチェ高等学院は、50年にわたって学習塾や英会話教室、科学教室などを展開してきたサイエイホールディングス株式会社(埼玉県さいたま市北区)が運営する教育機関。

不登校など多様な困り感に寄り添う学校、星槎国際高等学校(単位制広域通信制高校)のサポート校として、小中学生を受け入れるフリースクールの機能を備えて2023年2月1日にオープンしました。

同校では、そのオープン記念セミナーを2022年末から5回に分けて行っています。セミナーでは不登校の子どもとの関わり方や環境作りをメインに解説、多くの保護者や教育関係者が参加しています。

そこで今回は、その4回目のセミナー「不登校の子どもを正しく理解する」に参加してきました。その様子をレポートします。

子どもは「立体的な存在」 親でも知らない顔がある

星槎中野サテライトキャンパス・フェリーチェ高等学院は、東京都中野区の閑静な住宅街にあります。
入り口をくぐると、1階のホールにはキャンプ場の雰囲気をイメージしたという一角があり、そこが会場になっていました。

参加者は、およそ20人。保護者の方々を中心に、教育関係者や地元の民生委員の方などが講演者の岩澤一美先生の話を真剣に聞いていました。

岩澤先生は、星槎大学大学院教育実践研究家の教授で、高校などの現場で長年、多様な子どもたちと関わりながら、2004年には文科省指定・不登校特例校 星槎中学校の設立にも携わってきた教育のエキスパート。発達障害の子どもに対する支援や指導法を発信するとともに、保護者の支援にもあたっています。

「子どものことは親がいちばん理解している、と考えている保護者の方は多いでしょう。でも、実はそうとは限らないのです」

開口一番、岩澤先生の口からこんな言葉が飛び出しました。

「その理由は、子どもが立体的な存在だからです。日常生活のなかで子どもたちが見せている顔は、保護者に対する一面的なものに過ぎません。
学校のなかでクラスメイトや教師に見せている顔、ご近所の人や地域の人たちに見せている顔などを見てみれば、保護者の方々には見せたことのない顔が現れてくるはず。ですから、子どもを取り巻く周囲の人からの情報収集が重要になってくるのです」

では、子どもを立体的に見るには、具体的にどのようにしたらいいのでしょうか。

中野区本町2丁目にオープンした星槎中野サテライトキャンパス

4つの指標で知能のレベルを評価するWISC-Ⅳ(ウィスクフォー)とは?

子どもを立体的に見る手段、方法は、情報収集のみに留まりません。知能検査は、子どもの得意、不得意を客観的に知るにはもっとも適切な手段だと、岩澤先生。

岩澤先生は例として、田中ビネー式、ウェクスラー式知能検査、K-ABCといった知能検査の特徴を紹介したあと、その中でも学齢期の児童を対象にしたWISC-Ⅳ(ウィスクフォー)の詳しい解説を行いました。

WISC-Ⅳは、全体評価に加えて、次の4つの指標で知能のレベルを評価します。

  • 言語理解:言語的な情報の理解力や表現力、思考力や推理力など
  • 知覚推理:非言語による推理力・思考力、空間認知、視覚・運動協応など
  • ワーキングメモリー:聴覚的な情報を記憶し処理する力、注意・集中力など
  • 処理速度:視覚情報を素早く正確に処理し、作業を速やかに進める力、注意・集中力など

これらの指標ごとにレベルを見ると、不得意な分野がわかると言います。

「不得意には、必ず理由があります。そして、その不得意がなぜ、どんなふうに現れるのかを理解したうえで対処すれば、適切な支援をしてあげることができるのです」と、岩澤先生。

WISC-Ⅳの4つの指標をもとに、「学習の困難」、「行動や社会性の困難」を具体的にひも解いていくと、子どもがどんなことに困難を抱えているか見えてくると言います。

たとえば、WISC-Ⅳの指標の第1の「言語理解」の数値が低評価の子どもの場合、「学習の場」では、言葉を使って考えたり、言葉で何かを表現することが苦手になるそうです。

岩澤先生は過去、高校での教育現場で経験したエピソードを紹介してくれました。

「ある生徒が険しい顔をして職員室にやってきて、『先生を友だちと見込んで話がある』と言って私を訪ねてきたんです。あまり良い言語表現ではありませんよね。『先生なら、友だちのように話を聞いてくれるかもしれない』と言いたかったのかもしれません。こういう子は日本語の文法も不正確なことが多く、『僕は~』と言うべきときに『僕を~』と言ったりします」

こうしたケースにおいて、教育現場での支援の仕方は「言葉で何かを指示するときには、やさしい言葉で、あまり長くならずに簡潔に、ゆっくり、はっきり伝えることが重要」とのこと。

「子どもの返答の仕方や表情から、きちんと理解できたのかを確認しながら会話をするべきです。まだ理解に達していない様子が見られたら、同じ指示を2回繰り返すといいでしょう」

また、メモ帳を活用して絵や図を描いたり、言葉と言葉の関係性を矢印などで図示しながら説明するのも有効だと言います。

時間の概念を表現する言葉の理解が難しいため、「ちょっと待って」などと指示するのではなく、「時計の針がここまで進むまで」と具体的に話すことが有効なのだそうです。

不登校の子どもへの理解の進め方を解説する、星槎大学大学院教育実践研究科の岩澤一美先生

方向オンチや片付け下手は「知覚推理」の不得意のせい?

第1の指標「言語理解」とは別に、非言語による推理力・思考力、空間認知が不得意な第2の「知覚推理」が不得意な子どもの特徴はどうなのでしょうか。

そうした子どもは、物事を空間的、総合的に処理することが苦手なために、目で見たことの理解が足りず、それを動作で表現することが苦手になってしまうといいます。

頭のなかに空間的な地図を描けないため、道がわからなくなって周囲をさまよったり、自分の部屋の床が見えないくらい、物だらけにしてしまったりする特徴があるそうです。

岩澤先生は、そういう子どもへの接し方として、「言葉で説明する」ことを提案します。

「『物を使ったらしまわずに出しっぱなし』の原理で、自分の部屋を散らかしてしまう子どもには、言葉が有効な手段になります。このような場合、かつては部屋の中の物を『いる物』、『いらない物』、『保留にする物』の3種類に分類する方法が推奨されていましたが、今は違うんです。『保留にする物』のカテゴリーがいっぱいになって収拾がつかない事態が多く生じてしまうため、現在では『いる物』、『いらない物』の二択に分けるのがいいという声が多くなりました」

「言語理解」の能力が低いケースでは言葉を理解し、表現することが苦手なので図や表など、言葉に頼らないコミュニケーション手段が有効なのに比べて、「知覚推理」の能力が低いケースでは、逆に言葉を使ったほうが有効なようです。
言われてみれば当たり前のことかもしれませんが、実はその当たり前に気づかず、ちぐはぐな支援をしてしまっていた保護者も聴衆の中にはいたようで、大きくうなずく仕草をしていました。

岩澤先生は次に、第3の指標である「ワーキングメモリー」が苦手の子の特徴の説明に入りました。

「ここにペットボトルがあります。中には水がたくさん入っていますが、ワーキングメモリーの力が弱い子は、このキャップくらいの量しか水を蓄えることができません。水を足そうとすると、こぼれ落ちてしまうのです。聞いたことをすぐに忘れる、簡単な暗算ができない、九九を暗唱できない、などの困りごとは、そうしたことを原因として起こります」

かつて岩澤先生は、授業中に頭を前後に激しく動かす生徒を見たことがあるそうですが、「その子はただ、ふざけて体を動かしているのではないんです。その子の耳には、さまざまな雑音が聞こえていて、教壇の先生の言葉に集中しようとして体を動かしてしまうんですね。そういう子に言葉を伝えるには『これから大事な話をしますよ』と注意喚起をしてから話すといいです。絵や図、文字やモデルを補助的に使うのもいいですね」

また、先生から許可をもらって、ICレコーダーで授業を録音させてもらい、あとで聞き返すのも有効だそうです。

「以前、『先生、ウチの子、録音しても、あとで聞くことを忘れちゃうんです』とおっしゃる保護者の方がいましたが、私はこうアドバイスしました。『そういうときは、一緒に聞いてあげてください。できれば時間を決めて同じ時間に聞くといいです。それが習慣化すれば、子どもはひとりでも録音を聞くようになりますよ』と」

「処理速度」の不得意によって音読や道具の使い方が苦手に

続いては、第4の指標である「処理速度」が不得意な子どもの特徴についての話になりました。

学習面での大きな特徴は、書くのが遅い、文字を視写することが難しい、書くときの姿勢や鉛筆などの用具の使い方がぎこちない、音読が苦手といった形で表れるそうです。

特に鉛筆の持ち方については、正しく持てない子が増えているそうです。

「最近、幼稚園では勉強を教えるところが増えていますが、そのときに間違った形で持ち方を覚えてしまい、それがクセになってしまった例がよく見られます。小学校の低学年では、不得意に気づかれずにいることがありますが、学年が上がって画数の多い漢字を学ぶ時期になって発覚することが多いです」と岩澤先生。

そういう子に対する支援としては、「早くしなさい」と急かさないで、課題に費やす時間を十分に取ること、使いやすい筆記用具を用意すること、文字は子どもが読みやすい大きさにすることなどがあげられます。

「筆記用具にシャープペンシルを持たせる保護者の方がいらっしゃいますが、できれば2Bの鉛筆など、やわらかくと太い字が書けるものが望ましいですね。ワープロで書いた文書を印刷して渡すときは、フォントにも気を遣いたいです。たとえば教科書体は、漢字の『とめ、はね、はらい』がしっかり見えるので、教育現場で使われることが多いですが、小さく見えるので苦手な子がいます。そういうときは、UDデジタル教科書体がおすすめです」

道具の選び方も、その子の特長に合っているか試行錯誤をしてみるとよさそうです。

セミナー後半、参加者からはさまざまな質問が岩澤先生に寄せられた

子どもに「どうせ僕でしょ」と思わせない

岩澤先生の言葉で印象に残ったのは、発達障害の子がよく言う「どうせ僕でしょ」という口癖についての説明でした。

「うまくコミュニケーションできずに何度も注意されている子は、『どうせ僕でしょ』という態度をとるようになります。トラブルが起こるたび『また君か』とあきれる先生や保護者の表情を見て、自分の困りごとを説明する努力をしなくなってしまうのです。そうならないように、根気よく子どもに接して、話を聞いてあげてください。『この人なら自分の話を聞いてくれる。理解しようとしてくれる』という信頼関係をつくることが何より重要なことです」

こうして約1時間で岩澤先生の話が終了すると、数分の休憩を挟んで座談会が開かれました。保護者の方々は、口々に岩澤先生に個別相談を持ちかけ、その真剣なセッションは1時間におよびました。

最後は、フェリーチェ高等学院の神林栄校長のあいさつです。

「今、教育現場で起こっているのは、子どもの母数は減っているのに、不登校の子どもが年々、増え続けているという皮肉な状況です。
2021年度の東京都の小・中学校の不登校児童・生徒数は、昨年よりも3,848人増えて、21,536人と過去最多となりました。都立高校の不登校数は2,793人、私立高校は不登校のデータを公表していませんので、そちらを入れるともっと多くの不登校生がいるはずです。

本学院は、『星槎の3つの約束』に共感し、実践しています。その約束とは、『人を認める・人を排除しない・仲間を作る』ということです。
人との関わり合いのなかで、相手を認めあいながら学ぶことで、社会で自立し、豊かに生きる力を養う『共感理解教育』を行っています。フェリーチェ高等学院がその実践の場として、発展していくことを私たちは願っています」

ひと言で不登校と言っても背景はさまざまですが、子どもがどんなことに困り感を抱えているのか具体的に理解していくことで、適切な学習環境、人と豊かに関わっていける環境を作ることができるはずです。ぜひ参考にしてみてください。

神林栄校長

取材協力

NPO法人カタリバ

b-labを運営する認定NPO法人。社会に10代の居場所と出番をつくることを目指し、居場所づくりや新しい教育サービス、被災地の教育支援活動などを行う。

Twitter:https://twitter.com/imakarasuugaku

<取材・文/内藤孝宏>

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この記事を書いたのは

内藤 孝宏
フリーライター・編集者

「ボブ内藤」名義でも活動。編集プロダクション方南ぐみを経て2009年にフリーに。1990年より30年以上で1500を超える企業を取材。また、財界人、有名人、芸能人にも連載を通じて2000人強にインタビューしている。2男1女の父。次男は不登校を経験している。