勉強ができないのは誰のせい? 元文部科学事務次官・前川喜平さんに聞く夜間中学の今と教育格差
教育問題
専門家に聞く
不登校
2020/02/21
日本国憲法では、等しくすべての国民が「教育を受ける権利」を保障されています。
しかし実際には、貧困などの理由で学校に行けなかった人たちや、自分の国で義務教育を受けられずに日本で暮らすことになった外国籍の人、また不登校のまま中学を卒業して十分な教育の機会を得られなかった人たちも多くいます。そんな人たちに、再び学べる機会を提供しているのが、「中学校夜間学級(夜間中学)」です。
夜間中学には公立のものと、市民ボランティアなどによって運営される「自主夜間中学」とがありますが、公立の夜間中学は現在9都府県に33校。公立に通う生徒数は2017年の時点で1687人となっています。
元文部科学省で事務次官を務めていた前川喜平さんは、現在そんな夜間中学でボランティアをされています。
誰もが平等に教育を受けられる社会に向けて、夜間中学はどのような役割を果たしているのでしょうか。また、夜間中学の他にどんなものが求められているのでしょうか?
不登校経験者も増加中。年齢に関係なく学び直せる場
前川さんがボランティアとして活動されているのは、福島県にある『福島駅前自主夜間中学』と、神奈川県の『あつぎえんぴつの会』。いずれも自主夜間中学です。
そもそも、公立の夜間中学と自主夜間中学にはどのような違いがあるのでしょうか。
「公立の夜間中学は、昼間の中学校と同じように、教員免許を持った公立中学校の教員が勉強を教え、卒業すれば卒業証書がもらえます。自主夜間中学では主に市民ボランティアが勉強を教えており、基本的には卒業証書をもらうことはできません」
もともとは戦後の混乱期において、仕事や家事をせざるを得ず、学校に通えなかった子どもたちのために作られた夜間学校。時代の移り変わりとともに、ニーズも多様になってきていると言われていますが、今はどのような生徒が多いのでしょうか。
「外国人労働者の増加に伴って、今は生徒の7割近くが外国籍あるいは外国にルーツを持つニューカマーとなっています。義務教育未修了で日本に来て暮らす人たちですね。
また、不登校や病気で学校の授業を十分に受けずに卒業した“形式卒業者”も増えています。中学の卒業証書をもらっていて高校入学の資格はあるけれど、中学の学習が不十分な場合、進学しても授業についていけずにドロップアウトしてしまう可能性があります。そういう人たちの学び直しの場としても、夜間中学のニーズは高まってきています」
夜間中学は、以前は中学卒業者を対象外にしていました。しかし、2015年に文部科学省が入学を可能とする旨を通達。以降、不登校生徒の数は増えていると言います。
「夜間中学は学びたい人が来る場所で、年齢も国籍も学習歴も違うさまざまな生徒がいます。ですから“違ってもいいんだ”ということが実感できる場でもあるんです。団体行動をむりやりさせられることもありません。
そのため、昼間の中学校ではうまくなじめなかったけれど、夜間中学なら通えるという生徒も多くいるんです」
多くの人にとって、夜間中学はあまり身近な存在ではないかもしれません。では、前川さんがボランティア活動をする夜間中学の様子は、一体どのようなものなのでしょう。
「福島駅前自主夜間中学は高齢者が多いのですが、そこでは新聞を読みながら言葉の解説をして、記事の意味を考えていくような授業をしています。新聞の一面をしっかり読み込むというのは結構難しいんですよ。
それから、若い生徒もいます。高校までは卒業して働いているけれど、3ケタのかけ算ができないので勉強したいということで、通い始めたんです。もともとはゲームをするのにかけ算が必要だからという理由で入ってきたんですが、やり始めたら学習意欲が湧いてきたようで、3ケタのかけ算を習得してからも英語などいろんな勉強をしていますよ」
あつぎえんぴつの会では、今はミニ講演やディスカッションをしているそうですが、以前学習指導をしたときには、文字の読み書きができない高齢者にも出会ったと言います。
「自主夜間中学に来るまでは鉛筆の持ち方も知らず、鉛筆を持って線を引くところから始めたそうです。僕が出会った頃にはひらがなやカタカナは習得されていて、小学校低学年の漢字の勉強から教えることになりました」
育った時代背景や家庭の状況によって教育を受ける権利を奪われた人たちが、まだまだたくさんいるのが日本の現状なのです。
夜間中学が足りない! そんな現状をどうするか?
教育を受ける機会を、年齢や国籍に関わらず提供する夜間中学ですが、その数は公立でたった33校。まったく足りていないのが現状です。
「夜間中学を設置していない県や政令指定都市もたくさんあります。現在、小学校を卒業していない人は約12万8000人いることは国勢調査でわかっていますが、中学を卒業していない人の人数は把握できていません。
2020年に実施予定の国勢調査では、それを把握できるように改善される予定です。恐らく数十万人という人数になるでしょうね。形式卒業者のほうは人数を把握するのは難しい状況ですが、こちらも数十万人という規模になるはずです。加えて、外国人が増えていますから、今の段階で夜間中学はまったく足りていないと言えます。
ですから、公立の夜間中学を作ってほしいと声を挙げる活動をしながら、自主夜間中学を運営している団体が多いんです」
教育格差はそのまま経済格差につながり、貧困を連鎖させてしまうことになりかねません。さまざまな事情で教育を受ける機会を得られなかった人がいる一方で、「勉強ができないのは努力が足りないからだ」「そういう家庭に生まれたのだからしかたない」といった自己責任論も聞こえてきます。
教育の平等を実現することは、やはりハードルが高いのでしょうか。
「子どもの貧困が問題視される中で、学習支援については厚生労働省と文部科学省がそれぞれ予算をつけています。
まず厚労省の施策としては“生活困窮者自立支援制度”があります。この制度では生活保護世帯を含む生活困窮者を対象に、指導者への報酬をつけて学習支援を行います。
文科省のほうでは“地域未来塾”という事業があり、学習が遅れがちな中学・高校生等を対象に、地域住民などに主にボランティアで指導をしてもらう学習支援を行っています。
ただ、現在ある教育格差を是正するためには、予算としてはいずれも不十分だと思っています」
こうした状況を改善するためには、地域の人々の力というのも重要だ、と前川さんは続けます。
「特に子どもの場合、親でも先生でもない大人たちが関わることは非常に大切です。学習支援だけに限らず、大人たちが見守ってくれる居場所があることや、ロールモデルとなる大人たちと接することで、子どもたちは生きる力を培っていきますから。子ども食堂や無料塾といった地域の活動が、これからますます必要になっていくと思います」
私たち一人ひとりにも、できることはありそうです。
最新映画にも見えた「学校、行政の限界」
「子どもを地域の目で」という話は、前川さんも企画を務めた映画『子どもたちをよろしく』にも関わってきます。
こちらは元文部科学省官僚の寺脇研さんプロデュースによる作品で、地方都市に住む中学生たちが、いじめ、貧困、DV、育児放棄などにより追い込まれていく姿が描かれています。
映画の中では、家庭環境により苦しい思いをする子どもが「そこにいる」ことは描かれていますが、学校や地域がその子たちに手を差し伸べ、関わっていく様子は描かれていません。子どもたちは、ただただ親やクラスメイトといった関わらざるを得ない人のみと関わり、そして追い詰められていきます。
今回の取材では、寺脇研さんにも同席をいただいていましたが、寺脇さんによれば、この関わりの表現は「あえて」だと言います。
「学校の力だけでは子どもたちの問題を解決できないということは、もうわかっているんです。たとえば、いじめ防止対策推進法を作っても、それに縛られているのは学校と行政だけ。責任の所在が明確になって大人はスッキリするかもしれませんが、子どもにとっては何の救いにもなっていません。
同じように、問題を抱えた親が子どもを苦しめているとして、その親を非難しても、子どもは救われません。支援団体や、地域で手を差し伸べる人の必要性はわかっていても、自分がそんな存在になろうと行動を起こす人は限りなく少ない状態ですよね」(寺脇さん)
苦しんでいる子どもたちの姿を見ながら、「学校や行政は何をしている」「地域の人は何をしている」と非難するあなたはどうなのだ、という問いかけが、作品に込められています。
今後も高まるであろうニーズに対して、まったく足りていない夜間中学。そして不遇な状況に置かれた子どもたちへの施策。いずれも、社会や私たちがどう変わっていくべきかを真剣に考えるときが、来ているのではないでしょうか。
<映画情報>
『子どもたちをよろしく』
2020年2月29日より、渋谷・ユーロスペースほか全国順次公開
2月22日(土)よりシネマテークたかさきにて先行上映
【2019年/日本/カラー/105分】
監督・脚本:隅田靖
出演:鎌滝えり 杉田雷麟 椿三期 川瀬陽太 村上淳 有森也実
企画:寺脇研・前川喜平
公式サイト:http://kodomoyoroshiku.com/
(C) 子どもたちをよろしく製作運動体
取材協力
1955年奈良県御所市生まれ。東京大学法学部卒業。79年、文部省(現・文部科学省)入省。宮城県教育委員会行政課長、ユネスコ常駐代表部一等書記官、文部大臣秘書官などを経て、2012年官房長、13年初等中等教育局長、14年文部科学審議官、16年文部科学事務次官に就任。17年1月、退官。自主夜間中学のスタッフとして活動。
1952年生まれ。東京大学法学部卒業。75年、文部省(現・文部科学省)入省。92年に文部省初等中等教育局職業教育課長、93年に広島県教育委員会教育長、97年に文部省生涯学習局生涯学習振興課長、2001年に文部科学省大臣官房審議官、02年に文化庁文化部長等を歴任。06年、退官。現在、京都造形芸術大学客員教授
<取材・文/大西桃子 >
この記事を書いたのは
ライター、編集者。出版社3社の勤務を経て2012年フリーに。月刊誌、夕刊紙、単行本などの編集・執筆を行う。本業の傍ら、低所得世帯の中学生を対象にした無料塾を2014年より運営。