通信制高校から進学する学生も!「さとのば大学」の学びとは

先輩に聞く

2024/06/06

学生全員がひとつのキャンパスに通い、教室で学ぶ一般的な大学とは異なり、全国各地の地域をキャンパスとして、その地域に暮らしながらプロジェクト学習を実践する市民大学があります。それが、2019年に開校した「さとのば大学」。

選べるコースは、4年制の「旅する大学コース」と、10カ月の地域留学プログラム「ギャップイヤーコース」、8カ月間のプログラム「マイフィールドコース」の3つ。「旅する大学コース」には高校卒業後に、一般的な大学と同じように進学してくる学生も多いといいます。
「ギャップイヤーコース」は他大学を休学中の学生や、進路を模索中の人が主な対象となり、「マイフィールドコース」は地域おこし協力隊や地域コーディネーターなど、すでに地域の中で活動をしている人が対象になるとのこと。

各地域の環境や資源を活かし、多様な人と関わりながら好きなことを学び、未来共創を考えていくさとのば大学ですが、具体的に学生たちはどのような学校生活を送っているのでしょうか。
さとのば大学事務局(株式会社アスノオト)の服部まこさんと、「旅する大学コース」2年生の佐藤さんに話を聞きました。

地域の人たちと関わりながら学ぶテーマを決めていく

さとのば大学の学びにはどんな特徴があるのか、まずは事務局の服部さんに話を聞きました。
さとのば大学の特徴には「越境学習」「マイプロジェクト」「オンラインコミュニティ」の3つがあり、4年制となる「旅する大学コース」では、1年ごとに居住する地域を変え、そこで自分が学びたいテーマを決めて「マイプロジェクト」として学習を進めていきます。
週に3日、火・水・木曜の午前中にはWeb会議サービスのZoomを使ったオンライン講義を受け、それ以外の時間にはマイプロジェクトを進めながら地域活動に参加したり、アルバイトをしたりして過ごすのだそうです。

「さとのば大学は市民大学なので卒業後に学位が取得できるわけではありませんが、ネットの大学managaraと提携していて、さとのば大学と同時にmanagaraのオンライン講義に参加しながら学位を取得する学生もいます。また、他の通信制大学との併用も可能です」

現在、15地域と連携をとっており、住む地域はその中から選ぶことができますが、1年次には他の同期生と同じ地域に行けるように、宮城県の女川町、長野県の長野市、秋田県の五城目町から選択してもらうとのこと。

「地方の衰退が進んでいる中でも、町を豊かにしていこうと頑張っている地域、面白い大人が集まって先進的な取り組みをしている地域と提携させてもらっています。どこも学生が飛び込んだときに受け入れてサポートしてくれる、チャレンジできるフィールドとなっています。各地方には地域事務局を設置し、学生の暮らしや学びをサポートしてくれます」

地域事務局は、各地域に根ざした企業・団体などが担い、住まいやアルバイトの提案をしてくれたり、暮らしの相談にも乗ってくれたりするのだそうです。

「1年生だとマイプロジェクトを立ち上げるまでには到達しないこともあり、まずは地域事務局のサポートを得ながら、一人暮らしに慣れていったり、地域の人たちとコミュニケーションをとったりしていきます。オンライン講義では、地域共創やプロジェクトの進め方を学んでいきます」

「旅する大学コース」は高校卒業後すぐに進学してくる学生がほとんどで、多くの学生が20歳前後。同世代の仲間たちと、地域を越えたオンライン上の交流も活発に行なわれています。

「それまで縁のなかった地域に暮らすことになっても、地域事務局のサポートやオンラインコミュニティによって多くの人と関わることになるため、孤独を感じることはありません。
地域の方に呼ばれてイベントにお手伝いに行くなど、各地域のみなさんが温かく受け入れてくれるので、4年通えば4つの地域に親戚ができるような感じですね」と服部さんは話します。

Zoomを使ったオンライン講義は週に3回

ジビエ料理や写真集づくりなど、プロジェクトのテーマは多種多様

「マイプロジェクト」では知識を蓄えるだけの学習ではなく、自分で課題を設定し、自己表現や問題解決に向けて進めていきます。具体的に学生たちはどのようなプロジェクトを実践しているのでしょうか。

「マイプロジェクトでは、自分がやりたいこと、興味のあることを探して進めていきます。それを見つけるために、地域の暮らしの中でさまざまな行動をして自分を見つめ直すところから始まります。これまで実際に行われた事例としては、たとえば食と職の2つの“しょく”育プロジェクト。獣害を起こす鹿や猪を“森のめぐみ”と捉え直し、ジビエとして加工販売している地元企業と一緒に取り組みました。猟師・加工所の方と地元の子どもたち、またオンラインで全国のキッチンをつなぐ料理教室を開催しました」

他にも、港の写真を毎日撮って写真集を制作したり、地域の食材を使ったオリジナルパンを開発するなど、発想はさまざまです。

「傾向として、1年生のときのプロジェクトの内容はベクトルが自分自身に向いていることが多いですね。自分の内面に目を向けて、そこから発信するようなプロジェクトが多いのですが、それを経て2カ所目の地域に移り、そこでまたどう地域と関わっていくか、他者と共存していくかを考えていくことによって、地域のために何ができるかを考えるようになるなど、ベクトルが外に開かれていきます」

まずは自己理解を深めて自ら発信するところから始め、次第に地域貢献や地方創生などに目が向いていく学生が多いのだそうです。
プロジェクトを発表する機会は1年の間に前期末・後期末の2回あり、後期末は1年の集大成として、地域の人々や大学関係者だけでなく、オンラインを通して外部の人たちにも配信されます。

「学位の取得が目的の大学ではないので、マイプロジェクトは必須ではないのですが、『私は何もできなかった』と言う学生も地域の中で何かしらは行動していて、さまざまな経験をしています。マイプロジェクトとして見える形にならなくても、地域に暮らして関わった人とのコミュニケーションや、そこでの気づきは一生物の学びとなります」

ただ授業に出席して講義を聴き、テストを受けて単位を取得するという学びではなく、「その人がそこにいるからこそできる学びにこそ価値がある、その価値を見つけてほしい」と服部さん。
では、学生たちはどのような思いでさとのば大学に通っているのでしょうか。

地域の人たちと関わりながら、学びたいテーマを探していく

通信制高校からさとのば大学へ……進学を決めた理由は?

ここからは、さとのば大学「旅する大学コース」2年生の佐藤さんにお話を伺っていきます。佐藤さんは通信制高校の出身で、高校卒業後すぐにさとのば大学に入学したとのことです。

――まずは、さとのば大学への入学を決めた理由を教えてください。

私は中学卒業後、地元の進学校に入学したのですが、進度の速い授業と部活の両立で忙しくて気持ちがまいってしまったことで、1年生の冬から学校に行けなくなってしまったんです。不登校を経て、転学しようと思って自分でさまざまな通信制高校の情報を片っ端から集め、2年生からS高等学校に転学しました。S高は職業体験が盛んで、いろいろなことにチャレンジさせてもらえる学校で、将来の職業について何となく考え始めたタイミングで、職場体験をサポートする学生が「旅する大学に通っています」と話していたんですね。それでさとのば大学を知りました。

――先輩から聞いたのがきっかけだったのですね。どういうところが魅力的だと感じたんですか?

ちょうどその頃、県内の全日制高校から通信制高校に移って、さまざまな人たちと出会う中で、自分の世界がいかに狭かったかを気づかされた時期でもあったんです。最初は通信制高校に転校したことを恥ずかしいと思っている自分もいて、オンライン授業では「髪染めたんだ」「オシャレだね」という会話が交わされていることにもカルチャーショックを受けました。私がいた学校には髪を染めてくる生徒は誰もいなくて、染めている人は悪い子のような、偏見があったのだと思います。でも、そんなことを思っているほうがダサいんだと気づき始めて、学校でも学科の勉強だけでなく幅広い学びができたことで、いろいろな垣根を取り払って「自分の学びたいことを楽しく学びたい」という気持ちが強くなったんです。そこに当てはまったのがさとのば大学でした。

――さまざまな地域を体験できるのも、さらに視野を広げていくのに役立ちそうですね。

もともと、地方創生に興味があったことも大きかったですね。最初に入った高校では1年生の段階で模擬試験を受験して、志望校を書かなければいけなかったのですが、そのときにどんな学部があるのか調べて考えたところ、「地方創生」というテーマがしっくりきたんです。進学するなら地方創生に関わることを、と思っていました。

――一般的な大学のように学位がとれるわけではないことは、気になりませんでしたか?

受験を頑張るほど行きたいと思える大学が、他になかったんです。さとのば大学が開催した体験イベントにも参加して、1カ月間女川に住む体験もして、高3になる頃には「さとのば大学に行く!」と思っていました。それに入学後は、学位が取得できるネット大学managaraとのダブルスクールをしています。

――興味のある高校生は、事前にそうしたイベントに参加してみるのもよさそうですね。

地域のイベントに参加する佐藤さん(左)

五城目から京都へ、大きく環境を変えて2年生スタート

――今佐藤さんは2年生ですが、これまでの1年数カ月でどんな経験をしてきたのか教えてください。

1年目は、秋田県の五城目町に行きました。五城目ではまず町での生活を楽しもうと思っていて、のんびりドライブをしたり、町のカフェに数時間座って、お店に来る人たちと会話をしたりして楽しんでいました。

――暮らしにはすぐに慣れましたか?

群馬の夏は灼熱地獄なのですが、秋田は涼しくて、住み始めた春には「持ってくる上着を間違えたな」と思いました。お店も少なく、マクドナルドに行くには20キロ移動しないといけないというのも驚きましたが、車で移動してみたらまっすぐ走るだけなのですぐに着いて、そこまで不便さは感じませんでした。困ったことは寒さ以外にはほとんどなく、何かに急かされない、余白のある生活の楽しさを実感できましたね。

――マイプロジェクトではどんなことに取り組みましたか?

五城目に住み始めてからすぐ、秋田県内の道の駅めぐりを始めたんです。でも、プロジェクトをやってみようと思ったときにはすでにすべての道の駅を回ってしまっていたので、プロジェクトでは宮城県内の道の駅を巡ることにしました。

――道の駅はどんなところが魅力なんですか?

山奥なのにものすごくきれいな施設があったり、観光地ではお土産がメインだけど、観光メインではない地域では産直品がメインになっているなどの違いがあったり、面白いんですよ。秋田県には33カ所あったのですが、宮城県は18カ所だったんですね。これは仙台付近が都会すぎて道の駅に需要がないためだと思います。秋田県では「この道、道の駅に行く人しか使わないよね」というようなへんぴな場所にあったりもするのですが、宮城県は国道沿いにあることがほとんどで、特に海側に多いという分布の違いもありました。

――深めていくと面白そうな研究ですね。2年生になって、今はどちらに住んでいるんですか?

京都です。五城目は町に同世代の人がほとんどいなかったのですが、今度は近い年代の人と関わってみたいと思い、京都を選びました。自分が群馬出身で、東北を経験したので、今度は西に行ってみたいという気持ちもありました。

――秋田県とはまた全然環境が違いますよね。

そうですね。今2カ月くらいが経って慣れつつありますが、最初は情報量が多すぎてパンクしそうでした。近くの店に食事に行こうと思ってGoogleマップで調べると、選択肢が何十店も出てきて「ここから選ばなきゃいけないの!?」とビックリしました。今まで車社会で生活してきましたが、京都での移動は電車がメインです。ただ、本数が多いため、電車移動なのに電車の時間に縛られずに動けるという体験も初めてでした。地方では、限られた本数しかないので、電車移動するならその時間に合わせてすべての予定を決めないといけないので…

――2年生の間に挑戦したいことはありますか?

今はバイトが決まって忙しくなったので、まだ落ち着いて考えられてはいないのですが、道の駅のように「○○巡り」みたいなことをやってみたいなと思っています。現状、知り合った人から教えてもらった場所にはできるだけ全部顔を出そうと思っていて、5〜6回イベントに行きましたが、こうして地域の人たちと関わりながら、どう過ごしていくかを考えて、実際に始めているところです。

――充実した1年になるといいですね! 最後に、さとのば大学に入って良かったと思うことは何ですか?

帰れる場所が増えるということですね。今でもSNSを通じて五城目の方々とコミュニケーションがとれているのがうれしいです。地域の中で時間に余裕をもって過ごしながら、自分の好きなことを見つけ、それを「やってみれば?」と後押ししてもらえる環境がとてもいいなと思います。もともと地方創生に興味があったはずなのですが、地方で暮らす中で「本当にそうなのかな?」という気持ちも湧いてきて、もう少しじっくり考え直したいなとも思っています。

――主体的に行動して学びながら、自分と向き合ってじっくり将来を考える時間ができるのもいいですね。ありがとうございました!

地方に移住して地域と関わりながら学ぶことを選択する学生には、「地方で起業!」「社会貢献!」といった強い思いをもつ人が多いイメージもあったのですが、さとのば大学は決してそうではなく、まずは自分自身とゆったり向き合うことからスタートし、時間をかけてやりたいことを模索していく学生たちが多いようです。

事務局の服部さんも「いわゆる起業していくような人を育てたいわけではなく、未来を誰かと一緒につくることができる人材を育てるのがさとのば大学です。卒業した後も、仕事をしながらワクワクした学びを続ける人が多いんじゃないかなと思います」とのこと。

さとのば大学では、高校生向けのオンラインイベント「To become -とびこむ-」も開催しているので、このような探求的な学びに興味のある人は参加してみてはいかがでしょうか。

取材協力

<取材・文/大西桃子>

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この記事を書いたのは

大西桃子

ライター、編集者。出版社3社の勤務を経て2012年フリーに。月刊誌、夕刊紙、単行本などの編集・執筆を行う。本業の傍ら、低所得世帯の中学生を対象にした無料塾を2014年より運営。