本屋さんって、どうやってなるの? 加納あすかさんが札幌に本屋を開くまで

先輩に聞く

2019/03/27

2019年3月、北海道札幌市に8坪の小さな本屋が誕生しました。札幌で個人経営の新刊書店がオープンするのは久しぶりのこと。今回は、そんな「かの書房」をたった1人で立ち上げた加納あすかさんに、本屋さんになるにはどうすればいいかを教えてもらいました。

小学生の時、町からたった一軒の本屋がなくなった

――小さい頃から本が好きだったのですか?

はい。家族も本が好きでしたし、友達のおばあちゃんが本屋をやっていて、一緒によく遊びに行っていたんです。私の出身地、北海道上士幌町に本屋はその一軒だけでした。ところが、小学4年生の時、その本屋さんが閉店。町から本屋がなくなってしまいました。

それからは、姉と2人で母にお願いして毎週土曜日に車で片道40分かけて、近隣の音更町の大きな書店に連れていってもらっていました。

――どんな本を読んでいましたか?

小学1年生の時、初めて読んだ小説は那須正幹さんの「殺人区域」。その後はコバルト文庫の谷瑞恵先生の「魔女の結婚」シリーズや、角川ビーンズ文庫の結城光流先生「少年陰陽師」シリーズなど読んでいましたね。あとは、ミステリーなども。

本を読み始めたのは、文章を書くのが好きで、上手になりたいと思っていたから。小学校の学芸会の台本を書いたり、中学校では文芸部を立ち上げて詩と小説を部誌で発表したりしていました。高校でも学校祭の演劇の台本を書きましたね。

――書く仕事を目指そうと思っていたのですか?

小、中学生の頃は小説家になりたいと思っていましたが、だんだん現実が見えてきて(笑)。高校生くらいでは、自分は作品を読んで楽しむ側になろう、書くのは趣味でやっていこうと思うようになりました。

その後、大学で心理学を学び、卒業後は医療系の仕事を希望したのですが、壁にぶつかり、呉服販売や事務職などをしていました。

――その時点で、「本屋をやりたい」という気持ちはなかったのですか?

大学卒業直前くらいに、本屋ではなく、ブックカフェをやってみようかな、という気持ちはありました。実家の納戸に3000冊近くのマンガがあり、もったいないと思ったんです。そこで、お菓子づくりが得意な母に、ブックカフェを一緒にやらないかと打診するつもりでした。

しかし、それが2011年3月。母に相談する前に、東日本大震災が起きました。当時、仙台在住だった姉からは「生きているから心配しないで」というメールが入ったきりで連絡が途絶え、母が心配のあまり仙台に行くと言い出した。それで、ブックカフェの計画を伝えるどころではなく、うやむやになってしまったんです。もしその時に何かを始めていたら、今とは違っていたかもしれませんね。

書店から大型書店まで――現場で見えた「本屋」のいろいろ

――加納さんが書店員になるきっかけは何だったのですか?

「あすか書房」【※注1】への転職がきっかけですね。本が好きだし、やってみようと。もし採用されて「あすか書房の加納あすかです」と名乗ったら面白いな、と思い、応募を決めました。

【注1】あすか書房:札幌市内中央区にあるサッポロファクトリー内にあった中規模書店。2018年2月に閉店

「あすか書房」では、先輩の退職に伴い、わずか半年で文庫担当になりました。業務の流れは手書きの引き継ぎ書を1枚。「あとは好きにやっていいですよ」とまかされて。

わからないなりに夢中でやっているうちに、どんどん楽しくなり、書店の世界にはまり込んでいきました。徐々に売れる本がわかってきたり、売れない本はどうして売れないのかと考えたり、手探りでフェアを組んで、お客さまにオススメしたい本の棚をつくったり。

1年半後には、店長代理を務めていました。その間、全国の書店員さんとTwitter上で交流が生まれ、横浜の書店員交流イベントにも遊びに行くようになりました。

新刊書店での朝の日課は雑誌を並べること。この日もお話をしながら、手を動かし続けていました

ところが2018年、「あすか書房」は閉店になってしまったんです。

でも、交流会で知り合った作家さんの本を自分の手でもっと売りたい気持ちもあり、書店員の仕事を続けたいと思っていました。それで、ちょうど新店舗のオープニングスタッフを募集していた「書肆吉成」(しょしよしなり)に就職。もともと「書肆吉成」は古書店でしたが、新店舗では初めて新刊書も扱うことにもなっていました。私は店主の吉成さんから文庫の棚の制作をまかされるなど、必死にオープン準備を進めました。

ようやくオープンにこぎつけ、いざ働き始めると、仕事内容が大きく違うと気づきました。例えば、新刊書店の朝の仕事であった雑誌の荷解きもないですし、値づけは全て吉成さんがする。自分でフェアを考える機会もありません。それに、古書店で流れる時間はゆるやか過ぎて、物足りなくなってしまったんです。心苦しく思いながらも吉成さんに相談したところ、「自分の思う方向でやってみるといい」と言っていただき、全国チェーンの大型書店に移りました。

大規模な書店で働いてみると、本を取り扱っている感覚がなくなってしまうほど忙しいのにショックを受けました。限られた時間のなか、機械的に新刊本を棚に出し、古い本は下げる。売り場でもレジでも、タイトルや帯を読んでいるヒマすらない。本ではなく、「本の形をした何か」をベルトコンベアに乗せているよう。

ひとくちに書店と言っても、いろいろ。新刊を扱いつつ、本とお客さまにきちんと向き合える「あすか書房」のような本屋が私には合っている。それで、個人経営の新刊書店で働きたいと思いはじめました。

「誰も本屋をやらないなら、私がやるよ!」

――それで、自分で本屋をつくろうと思ったのですか。

それまでも、「あすか書房」が閉店すると知った時に、のれん分けの形で本屋を受け継げないかとも考えましたし、「書肆吉成」の吉成さんに「自分も書店をつくってみたい」とこぼしたり、二次取次【※注2】の株式会社新進さんの方に書店のオープン手順を教えていただいていたり。でも、実際に動くまでにはなりませんでした。

【注2】二次取次:通常、書店に並ぶ本は「取次」が各出版社から本を入荷し、書店に配本(卸す)するシステムとなっている。書店からは売れなかった本をそのまま取次に返本することもできる。ただし、「取次」と取引を開始するためには大きな資金が必要とされる。「二次取次」とは取次から本を仕入れ書店に配本する会社のこと。

自分に合う新刊書店を探していた頃、東京の「Title」などの個人書店のオープン情報もどんどん入ってきて。「なんで札幌にはオープンしないんだろうな、誰かオープンしないのかな?」と思い続けていました。

でも、一向にそういう動きが出ることもなく、「誰もやらないんだ、じゃあ私がやるよ! 先陣切るから、誰かこのあとに続きなさいよ!」と(笑)。

経験不足? 若いから? 開業資金が借りられない

――店舗や取次との契約など、お金が必要となってくると思うのですが……。

ありがたいことに両親からの支援も含め、120万円ほどの自己資金がありました。でも、書店オープン費用には少なく見積もっても500~600万円。そこで、インターネットで調べた起業を応援する機関に借入先の相談へ行きました。

そこで、札幌の地域に貢献するお店をつくりたい人向けの助成金があると知りました。けれど、「店舗が決まっていないと書類を作れないから、まずは店舗を決めなさい」と言われて。私も不勉強だったので、そのまま空き店舗を決めました。書類も受理されて安心した途端、「次は融資の担当者に引き継ぐ」と言われて、「ええー!?」と。2018年12月オープンの予定なのに、それが7月のこと。間に合うのか?と、融資担当者のところへ行ったものの、融資担当者からは「店舗を決める前にこちらに来てほしかった」と言われる始末。

それでも、必要書類を8割方仕上げたところで、書類の束を渡されて、「では、自分で融資先の銀行を決めてきてください」と言われて。再び「ええー!?」です(笑)。

何軒も銀行をまわるも、ほぼダメ。「創業後の融資ならお受けできます」「融資はできるけれども、利子が14%になる。それでも、よければ話を聞きますよ」とも言われました。

また、起業を応援しているという金融機関を伺ったところ、「書店員としての経験が浅すぎる。最低8年は勤務しないと経験者と言えない。さらに2、3年書店に正社員で勤めて、経営ノウハウを学んできなさい」「30歳は若すぎる。もっと年をとってからの起業でもいいのでは?」「女性で独身ではないですか」などとも言われました。

最後の言葉が一番理不尽と感じましたが、結婚をしていれば配偶者の収入が見込めるため、万が一返済に行き詰まった場合のリスク回避になるという判断をされることもあるそうです。

「もう本当にダメかも」と思っていたところ、信用金庫さんから、「税理士さんと相談して書類を作り直し、オープンを12月より先に延ばせれば融資可能」と言われました。

そこで、オープンを3月まで延ばすのを決意し、ご近所の税理士さんと1カ月かけて創業計画書や資金繰り表などを作りなおしました。この税理士さんに、「子どもの読む本がほしいから、全力で応援します」と言っていただけたのは心強かったです。書類を提出し、ようやく資金の目処が立ちました。

――クラウドファンディングでも、オープン費用を集められていますよね。

はい。友人、知人だけではなく、インターネットや口コミで広がり、80万円が集まりました。

実は、今回のクラウドファンディングには裏テーマがあります。自分の読むジャンルは結構偏っているので、もし選書を全部1人でやるなら、私の趣味全開の本屋になりそうでした。そうならないように、いろいろな人の好みの本を入れたかったのです。

でも、まだ創業していない本屋から「あなたの好きな本を教えてください」といきなり聞きかれるのはうさんくさい(笑)。そこで、クラウドファンディングのリターンとして「あなたの選んだ本を置きますよ」としたら、興味のある人が集まってくれるかもしれない。そうしたら、実際に賛同してくださる方がたくさんいらした。ありがたいことです。

作家さん推しや貸し本棚、そして近所の子どもたちが気軽に立ち寄れる店に

――開店準備が着々と進んでいますが、どんな本屋にしていく予定ですか?

「この作家さん推しの本屋は日本でここ一軒だけ」というシステムを取り入れます。かの書房が決めた25名の作家さんから公認をいただき、「日本で一軒だけの○○先生推しの本屋」として作家さんを強力にプッシュしていきます。

また、作品を読んだ方には感想を書いていいただき、私が作家さん宛てにファンレターとしてまとめて送ります。

25名の作家さんのジャンルはバラバラで、ライトノベルやマンガ、ミステリー、BLとバラエティに富んでいます。メディア化された作品の作り手も多いです。現在、作家さん公認の直筆サイン入りカードを店内に飾っています。

推しの作家さんの直筆カード。オープンの時には25名分がそろう予定

これは、最近直筆ファンレターをもらう機会がなかなかない作家さんたちの声を反映したシステムです。作家さんにとって、紙のファンレターはとてもうれしいもので、神棚に上げる方もいるほど。店内のテーブルも、作家さんへのメッセージを書きやすい高さのものにしたんですよ。

「入荷本は全部売り切る、在庫は持たない」という方針のため本棚にストックスペースはない

――作家さんと読者をつなぐ試み、楽しそうですね。

ほかにも、道内在住、北海道出身の若手作家さんの本も重点的に並べますし、一次創作限定ではありますが同人誌の貸し本棚も設ける予定です。

今、書籍離れと言われていますが、売り方に問題があると思うんです。現場で感じたのは、老若男女共通して、本を読みたいけど選び方がわからない方が多いこと。書店員に聞いてみたいけれど、特に大型書店では忙しそうだから聞きづらくて帰ってしまう。それがもったいないな、と。もしお客さまと一緒にどんな本がいいか考えることができれば、読書の楽しさに気づいてもらえるかもしれないのに、って。

だから、声をかけやすい本屋を目指します。近所の子どもが1人でお小遣いを握りしめてコロコロコミックを買いに来る、地域のなかでそんな場所になれたらいいなと思っています。

やらない後悔より、やる後悔

――最後に中高生の皆さんにメッセージをお願いします。

私は、本来人見知りなのですが、好奇心が強くて。「この一歩を踏み出したら、自分はどうなっていくのか」に興味があり、つい動いてしまいます。

やらないままで「やった方がよかったな」と思うより、やってみて「あらー、やらなきゃよかったかな」と思う方がいい(笑)。

私も大きな金額を借りるのは怖いと思いましたが、人生いつどうなるかわからないなら、生きているうちにやりたいことをやっておけたらいいなと思っています。もちろん万が一のことがあった時、家族に迷惑をかけたくないので、経営者向けの保険にも入りましたが。

中高生なんてアイデアのかたまりみたいなもの。大人になると「あなた、そんなことも知らないの?」って言われることも、中高生なら知らなくても恥ずかしくないし、大人も大目に見てくれる。特にお金にまつわることは難しいかもしれないけど、たくさんチャレンジしてみるといいと思います。

私が心がけているのは、やりたいことができたら、それに長年関わっている人を見つけて相談役になってもらうこと。そういう人に出会うために、情報を集める。今はインターネットでいくらでも調べられるし、いろいろな人と意見交換もできますよ。

加納さんにとって、「かの書房」の開店はゴールではありません。「それぞれの個性に特化した書店がテナントとして集まるビルを札幌につくりたいんですよね」と今後に向けた思いを語ってくれました。地域で親しまれる本屋をひろげていくことも。

そんな、さらなる夢に向かって加納さんは走り出したばかりです。

(企画・取材・執筆:わたなべひろみ  編集:鬼頭佳代/ノオト)

プロフィール

加納あすかさん

1988年5月15日生まれ。北海道河東郡上士幌町出身。大学卒業後、販売や事務職を経て、あすか書房などで書店員を経験。2019年3月、札幌市豊平区に新刊書店かの書房を開店した。

かの書房
札幌市豊平区美園3条8丁目2-1

Twitter
https://twitter.com/kanosyobo_1216

ひとり本屋の自由帳
https://kano-syobo.hatenablog.com/

※本記事はWebメディア「クリスクぷらす」(2019年3月27日)に掲載されたものです。

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