「いつか歯車がかみ合う場所がある、僕にとってそれはネットだった」――虚構新聞社主UKさんインタビュー
先輩に聞く
2017/06/28
周りの友達や家族に、自分が作ったものや考えたことを見せるのは恥ずかしいもの。仲がいいからこそ、気を使って本音をぶつけにくいというのは当然のことかもしれない。
「だから、僕はリアルとは断ち切られたインターネットの世界が居心地良かったんです」と話すのは、本当っぽいけど実は嘘のニュースを伝えるサイト「虚構新聞」社主のUKさん。
インターネットがUKさんにとってどんな存在だったのか、話を聞いた。
ネットはリアルとは違う、いい距離感だった
――虚構新聞について教えてください。
虚構新聞は2004年、僕が24歳のときに立ち上げたサイトです。記事はひとりで書いています。今の更新頻度は週2、3くらいですね。誰にやれと言われるものではないので、自分で書きたいネタがあるときだけ更新しています。
▼「10桁で終了」 円周率ついに割り切れる
http://kyoko-np.net/2005020901.html
▼無駄なデータ忘れます 「人間らしい」忘却OS開発
http://kyoko-np.net/2017060901.html
――今回のインタビューは、UKさんが書いたこちらの記事がきっかけなんです。「表に出せない自分をさまざまなしがらみから解き放ってくれたインターネット」と書いていましたね。
▼Twitter漫画の草分け「7と嘘吐きオンライン」も収録 心の距離に悩んだ時は「HERO個人作品集」をどうぞ(ねとらぼ)
http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1507/03/news033.html
僕は大学に入学して「自分で何かを書きたい」と思うようになったんです。でも、リアルな関係で直接何かをアピールしたり、表現したりするのは恥ずかしくてできなかった。自己主張をするタイプではない僕みたいなタイプの人間にとって、匿名性のネットは、ちょうどいい距離感でした。おもしろければお世辞抜きでほめてくれるし、リアルでは言えないネガティブなことも書けましたし。
――虚構新聞はお仕事としてではなく、完全なる趣味なんですか?
本業では学生に勉強を教えています。虚構新聞は商売意識が全くないですね。自分が「面白い」と思うものは、多くの人にはウケないと思っています。だから、サイトがどれくらい見られるかは、あんまり気にしていなくて……。僕は面白いと思っているけど、見るかどうか、面白いか面白くないかを押し付けたくないなと。でも、記事の反応をもらえるとうれしいです。世の中で受け入れられているのが分かって。楽しんでくれる人もいるんだなと。
――いまはだいぶネットの環境も変わってきましたね。
最近では、僕自身もネットに息苦しさを感じる部分もありますね。目立つ立場になったからかもしれませんが、Twitterもあんまりつぶやいてなくて。フォロワーが増えると書けることも限られてきますから。僕自身はリアルな関係から遠ざかる意味でネットにやって来た人間なので、ネットでまたリアルな関係が出来てきてしまったら、また離れるしかないなと(苦笑)。それで、今は読書をしているほうが多いです。
「その書き込み、玄関に貼っても大丈夫ですか」というネットリテラシーについての言葉がありますが、「張り出せないからネットで書いていたのに」と思いますよ(笑)。こうしてネットもリアルになってきちゃったので、今の子の逃げ場はどこにあるのかなとは思います。
虚構新聞社主の学生時代
――リアルから切り離したネットのインタビューで、実生活の話を伺うのも恐縮なのですが……。UKさんの学生時代について教えていただけますか?
優等生でしたね。中学の頃は生徒会長をしていて、高校は進学校に進みました。高校ではあまり目立たないタイプでした。いじめられてはいないけど、スクールカーストでいうと、上の方にはいないという。
高校2年生の1年間だけは、学校が苦手でした。周囲と全く話が合わなかったんですよ。クラスに一人くらいは趣味が合う人がいるものですけど、それも全然いなくて。体育館裏で漫画読んだりしていましたもん。3年になっていい友達に出会えたので、学校が苦手だったのは高校2年生の1年間だけのことでしたけど。
――学生の頃は、主にどんなことをして過ごしていましたか?
勉強していましたね。知識を頭に蓄えるのが好きなんです。学校の勉強はもちろん基礎を学ぶうえで大事ですけど、それ以外の学校で習わないことを知るのも好きで。無駄な知識ってないと思っているので、どんな情報でも、面白いと思ったら読み始めちゃいます。
――本業では勉強を教えているのも、勉強が好きだからという理由でしょうか?
そうですね。あとは、分からないことを分かってもらえるのは、純粋にうれしいです。学校で落ちこぼれてしまったり、授業についていけない子に勉強を教えています。学校の勉強についていけない理由に、先生との相性が悪いとか、先生の教え方が良くないということもあると思っていて。中には自分の頭が悪いと思い込んでしまう子もいるので、そうやって勉強が嫌いになった子を、おこがましいですが、救ってあげたいという気持ちが強いです。
どこかに歯車がかみあう場所はある
――中高生にアドバイスをお願いします。
僕は大学生のころ、病気で倒れて、大好きな活字を読めなくなった時期がありました。そのときにかろうじて漫画だけは読めたんです。その時に出会った岩岡ヒサエさんの『ゆめの底』という漫画のあるセリフが当時の僕をすごく救ってくれました。
当時は本当に何にもできなくて、自分を単なる肉の塊とまで思っていました。この作品は、女の子がコンビニに迷い込んで、そのお店の犬の店長や、やってくる来訪者との会話の中で、自分自身の気持ちを見つめなおすお話で、「今はまだ私もカラ回りしています。でもいつかカチッと合わさればいいと思います」というセリフがあるんです。
当時はそのセリフに対して、半信半疑だったのですが、その後虚構新聞をつくって、反響をもらって、自分がつくったものに共感してくれる人がいるんだなと分かってきて。そうやって空回りしていた歯車が、ネットでかみ合っていったんですよね。
ネットを通じて感じたのは、同じような感覚を持っている人は、多くはないけど、どこかにはいるということ。だから、合わないと思っているところで、無理に合わせてしんどい思いをするなら、別のルートにいけばいいと思っています。生きていると、いわゆる普通のレールから離れることもあります。でも、例えば志望校に受からなくて滑り止めの学校に行っても、そこに悲観的にならなくてもいい。そこが、自分にとってかみ合う場所になることもありますから。自分がかみ合う場所ってどこか分からないので、「普通」に無理して合わせなくて大丈夫だと伝えていきたいです。
(松尾奈々絵/ノオト)
取材協力
虚構新聞社主UK
京都市生まれ、滋賀県在住。2004年3月、虚構記事を配信するウェブサイト「虚構新聞」を設立。2010年「アルファブロガーアワード」にノミネート。2012年第16回文化庁メディア芸術祭エンターテインメント部門審査委員会推薦作品受賞。趣味は読書と漫画収集。近著に『虚構新聞 全国版』(ジーウォーク)。
虚構新聞:http://kyoko-np.net/
※本記事はWebメディア「クリスクぷらす」(2017年6月28日)に掲載されたものです。