なぜ辞書を作る人に?「漫画家になりたかった」――Twitterフォロワー48,000人の辞書編纂者・飯間浩明さんインタビュー

先輩に聞く

2017/08/29

「辞書を作る人」と聞くと、私たちからは遠い存在であるように感じる。

しかし辞書編纂者の飯間浩明さんは、Twitterで日本語について解説してくれたり、「その言葉遣い、間違いではないですよ」と肯定してくれたりして、多くの支持を集めている。

なぜ国語辞典の編纂者になったのか? 飯間さんに話を聞いた。

テレビの話題に興味が持てなかった子ども時代。友達が少ないことを恥じていた

――飯間さんのお仕事について教えてください。

私の肩書は、一言でまとめると「フリーランスの国語辞典編纂者」です。メインは三省堂国語辞典の編集委員で、現在は数年後に発売を予定している第8版の作業に取り掛かっています。

その他、新聞や雑誌の連載、書籍の執筆、大学の非常勤講師も務めています。

――国語辞典の編集委員の報酬は、どのような形なのでしょうか?

辞書の改訂スケジュールが始まると、毎月「編集手当」がもらえます。出版されたら印税も入ります。

飯間さん自筆のイラストを使用したツイート

――飯間さんは、なぜ国語辞典編纂者になったのでしょうか? 子どもの頃から目指していたのですか?

小学生のときは手塚治虫が好きで、漫画家になりたかったんです。でも、ペンとインクで5~6枚描くだけでも大変でした。「毎週連載とか、絶対無理だな」と思い、その夢は諦めました。

一人でいるのが好きで、中学・高校の頃は休み時間も文庫本を読んでいました。一方で、周りの友達が興味を持っているようなこと、例えばテレビ番組の話題には興味が持てない。それが非常にコンプレックスでしたね。

「なんで俺はいつも一人で本を読んでいるんだろうな」と。人づきあいが苦手というか、そもそも話が合わないわけです。

先生に「飯間、もっと友達作れよ」と言われて、そうか、やっぱり友達が少ないというのはいけないことなんだなあと思いました。

当時はネクラ(根暗)と言いましたが、友達が少ないことをずっと恥じていたわけです。でも今となっては、「あれだけ本を読んでいたから、人づきあいができなかったのもしょうがない」と思えるようになりました。

もし友達が少ないことに悩んでいる中高生がいたら、「それでもいいんだよ」と言ってあげたいですね。結局、人それぞれですから。

――大学はやはり文学部に入ったのですか?

高校生の時に古典文学に興味を持ち始めて。でも「文学」は、人の心が分からなきゃいけない。人づきあいの少ない自分が、文学を専攻できるのかな、と。

いろいろ考えつつ、早稲田大学の第一文学部に入りました。そこで日本語学という分野を知り、これは良いんじゃないかと思ったわけです。

文学は人間心理が分からないといけないけれど、日本語学は言葉自体を研究すればいいんじゃないか、とまあ、安直に考えて。卒業研究では万葉集の言葉を取り上げて論じました。

――現代語に興味をもち始めたきっかけは?

三省堂国語辞典の編者であった見坊豪紀(けんぼうひでとし)の著書『ことばのくずかご』に出会ったのがきっかけですね。彼は膨大な数の日本語を集めていて、本では辞書に入りきらなかった言葉を多数紹介していました。

現代の日本語をこんなに集めている人がいるのかと驚いて、私もやってみたいと思ったんです。古典の日本語も好きなんですが、研究しても自分の考えが合っているか間違っているか、当時の人に聞いてみないと分からない気もする。そこに欲求不満もあって、現代語の方が面白いなと思い始めたわけです。

その頃から、新聞や雑誌で目についた言葉を集めるようになりました。集めたところで論文になるわけではないですから、いわば趣味ですね。

「おもしろいな」という言葉を見つけては、スクラップブックに貼っていきました。見坊豪紀は100万語以上の言葉を集めましたが、私は大学院を出るまでにせいぜい5,000語くらいでした。

言葉を集める趣味が、いつの間にか仕事に。国語辞典は自分の思いを伝えるためのツール

――その後、どのように三省堂国語辞典の編集委員になったのでしょうか。

大学院を出たか出ないかくらいの頃から、類語辞典の編集のお手伝いをしていた時期がありました。そこで三省堂の方と接する機会があり、言葉を集める趣味について話したんです。

類語辞典が無事出版されたあと、「今度三省堂国語辞典の改訂版を作りますので、協力してください」と言われまして、「はい、いいですよ」と軽く返事をしました。

私としては類語辞典のときと同様、アルバイト的な参加だろうと思っていたんです。ところがよく話を聞いてみると、そうじゃなかった。

辞書を作るのは偉い人じゃなきゃできない、と思っていましたからね。末尾に小さい文字で書いてある協力者一覧に載るくらいだろうと思っていたら、「名前が大きく載りますから、しっかりやってくださいよ」と言われて。

「え、私でいいんですか?」っていう気持ちと、見坊豪紀が作った、まさにその辞書の編集委員になれるということで、非常に嬉しかったですね。

『三省堂国語辞典』編集委員になった頃。三省堂に保存されている「見坊カード」の前で

――なぜ飯間さんが選ばれたのでしょうか?

辞書の編集者でもないくせに趣味で言葉を集めて、自宅のパソコンにデータベースを作って……つまり自己満足の世界ですよね。それを三省堂の人に話したり文章を書いたりしていたら、声がかかったわけです。

編集委員になる際、面接がありました。偉い方に「趣味で言葉を集めてデータベースにしています。いま5,000語くらいあります」と言ったら、「え、5,000かね!」と驚かれました。そうか、5,000語も言葉を集めていたら驚かれるレベルなんだ、と。自分が好きでやっていたことが認められて、本当にラッキーでした。

――飯間さんにとって、辞書とはどういうものでしょうか? 日常生活において、国語辞典をどのように活用すればいいのでしょうか?

国語辞典は、自分の思いを伝えるためのツールですね。

一般的な使い方は、「漢字はこれでいいか」「意味はこれで合っているか」ということだと思います。私の場合は意味を調べるだけじゃなくて、文章を書くときに「この表現が最もハマるかな」と推敲する道具として使います。

例えば「こころみる」と「ためす」はどう違うか。ほとんど同じだからといって、どちらでもいいというわけではありません。他人に対して考えや思いを伝えるときには、いちばん合う言葉を選ぶことが大事です。

――辞書を作る楽しさって、どういうものでしょうか?

絵を描く楽しさに似ています。ここに木の茂みがあるな、こっちのほうに雲があるね、と描き込んでいく。そうやってだんだん風景画を完成させていく楽しみなんですよ。

言葉を見つけて説明するというのは、「うまく描写した」という喜びです。絵がうまく描けたら、人に見せたいですよね。それと同じで、「うまく言葉を説明しましたよ、どうですか? 鑑賞に堪えますか?」という気持ちで辞書を編纂しています。

言葉は基本的に「通じないもの」。それを認識した上でコミュニケーションする

――飯間さんはtwitterのフォロワー数がすごく多いですよね(2017年8月現在で48,300人)。どういう意図で発信されているのでしょうか?

私としては、失礼じゃないのに「これは失礼な言い方だ」とか、間違いではないのに「間違いだ」という指摘に対して、大きな抵抗を覚えるわけです。

言葉にこだわりのある人は「これは間違いです、正しい言葉を使いましょう」と言いがちです。でも、誤りとされていた言葉も生きて使われているわけですから、一概に「間違いです」と断罪されてしまうのはもったいない。言葉がかわいそうです。

分かりやすい例では、「ら抜き言葉」です。誤用だけど仕方なく使っているのか? そんなことはないですよね。話し言葉として、見れる、食べれるというのが一般化している。一部の辞書では誤用とされていますが、その必要はもはやありません。

――Twitterでは論争や炎上がたびたび起きますよね。それは言葉の意味を取り違えていることが原因なのでしょうか?

言葉の意味がとれないっていうのは、話し言葉・書き言葉に限らず起こりうる問題です。私自身も「言葉っていうのは避けようもなく誤解を生むもの」と考えていまして、『ことばから誤解が生まれる』(中公新書ラクレ)という本も書きました。これはある意味、絶望して書いているんです。

言葉で100%通じると信じ込んでコミュニケーションしていたら、絶対にヤケドをします。むしろ、言葉は通じないということを知った上でコミュニケーションすると、無用の誤解を避けることができる。その心構えだけでもずいぶん違うんですね。常に自分の解釈が間違っていないか、相手に確かめてみることが大切です。

――最後に、進路や生き方に悩んでいる人に、メッセージをお願いします。

「お金が稼げるかどうか分からないけれど、とにかく好きだ」と言えるものがあるのなら、それを仕事にすることを目指してほしいですね。

私の娘は今小学5年生で、いずれ進路に悩む時が来るでしょう。その時どういうアドバイスをするかというと、「損得を考えるな」と。「あなたがしたいと思うことをやればいい」と言うんじゃないかな。

お金儲けよりも自分の好きなことを優先する、そんな選択も悪くない。それで飢え死にするかというと、そこまでいかないと思います。

私の場合は好きな本をたくさん読んだり、変わった言葉を集めたり、その時その時で自分の興味関心第一にやっていた。それが今の仕事に役立っています。

例えばマンガが好きな人なら、千冊、2千冊と言わず、1万冊読めばいいのです。そしたらマンガ評論家になるか、もしくは従来の枠にとらわれない仕事ができるかもしれません。

どこかに道はつながっていくはずです。とにかく、好きなことを突き詰めていってください。

(企画・取材・文:村中貴士 編集:田島里奈/ノオト)

取材先

飯間浩明

1967年、香川県高松市生まれ。早稲田大学第一文学部卒。同大学院博士課程単位取得。国語辞典編纂者。『三省堂国語辞典』編集委員。著書に『辞書を編む』(光文社新書)、『三省堂国語辞典のひみつ』(新潮文庫)、『辞書編纂者の、日本語を使いこなす技術』(PHP新書)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー携書)など。近著に『国語辞典のゆくえ』(NHK出版)。

Twitter:https://twitter.com/iima_hiroaki

※本記事はWebメディア「クリスクぷらす」(2017年8月29日)に掲載されたものです。

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