デンマーク生まれの大人の全寮制学校「フォルケホイスコーレ」留学体験記

先輩に聞く

2018/05/15

「フォルケホイスコーレ」は、デンマークで生まれた全寮制の成人教育機関である。原則として17歳半以上であれば、国籍・人種・宗教を問わず誰でも入学でき、試験や成績評価などは一切ない。

哲学や政治、音楽、アート、デザイン、スポーツなど学べる内容はフォルケホイスコーレごとに異なるが、民主主義的思考を育み、知の欲求を満たすための場であることは、どのフォルケホイスコーレにも共通している。

デンマークは毎年実施される国連の「World Happiness Report(幸福度調査)」で、過去3度も1位になっている。そんな「世界一幸福な国」で生まれたフォルケホイスコーレではどんなことをするのか。

私は留学生の受け入れを積極的に行うフォルケホイスコーレの1つである「クローロップホイスコーレ(krogerup højskole)」に訪れることにした。

豊かな自然と交通の便に恵まれたフォルケホイスコーレ

クローロップホイスコーレの本校舎。隣には大ホールや寮も併設されている

デンマークの首都・コペンハーゲンから電車で約30分、そこからさらに歩いて約15分。海に面し、森に囲まれた自然豊かな場所に、クローロップホイスコーレ(以下、クローロップ)はある。

天気の良い日には森を散歩したり、庭でひなたぼっこをしたりも。休日には近くの海で寒中水泳を楽しむ学生も

クローロップにはデンマーク人はもちろん、さまざまな国の人々が約100名在籍しており、そのうち約20名はデンマーク国外から来ている。年齢層は主に10代後半〜20代前半で、男女比は男:女=2:8程度。

図書室で自習する学生たち

国際問題や社会課題に関心の強い学生もいれば、将来自分のやりたいことを見つけるために在籍している学生もいる。ここはデンマーク人が比較的多いフォルケホイスコーレのため、多くの留学生はデンマークの文化や教育に興味を持っている。

多くのフォルケホイスコーレには、1月始まりの春タームと8月始まりの秋タームの2つがある。1タームはおおむね3〜6カ月。学生の希望によって滞在期間は調整できるものの、最長の滞在期間を選ぶ学生が多いという。また人気のフォルケホイスコーレは、入学の3カ月前に定員が埋まることもある。

1カ月の費用は授業料と食費、宿泊費込みで7,000クローネ(2018年5月時点で約12万円)。アメリカやイギリスなど定番の留学先と比べると安価で、入学手続きも簡単である。

専門性の高いメインコースと多様な選択科目

メインコースは映画や写真、ジャーナリズム、都市計画、グローバリゼーションの5つのほか、デンマーク語を話せない留学生用に「Crossing Borders(クロッシングボーダーズ)」が用意されている。

毎週更新される時間割表

1週間ごとにスケジュールが決まっており、春タームの授業は主にメインコースと選択科目2つで構成される。

留学生向けのメインコースであるクロッシングボーダーズは、多様な文化背景を持つ若者との対話を通じ、世界中で起こっている諸問題や各国の文化の違いなどを理解するコースだ。このコースには日本はもちろん、韓国やインドネシア、インド、ガーナ、イギリス、アメリカなど、さまざまな国から来た学生が在籍しており、授業はディスカッションやプレゼンテーション主体で行われる。

クロッシングボーダーズの授業風景

クロッシングボーダーズを担当するガルバ先生(写真左奥)は、過去に別のフォルケホイスコーレで校長を務め、多様な文化背景を持つ人々との対話を精力的に行ってきた人物。その豊富な国際経験から、さまざまな国の状況や文化を語ってくれる。

選択科目はヨガやダンス、シングアウト(歌唱)、アウトドア、政治、ソーシャルアントレプレナーシップ(社会起業)、そしてイースターランチ(キリスト教において重要なイベントであるイースターを学び、祝う授業)と幅広いテーマがあり、希望の科目を2つ選ぶ。12週間かけてそれぞれの科目を学ぶが、合わないと感じたら途中で科目を変更することも可能だ。

ダンスを選択している学生による発表会の様子。ペア・グループダンスを行い、かなりアクロバットな動きをすることもある
イースターランチの風景。この日のためにビールを作ったり、魚を釣りに行ったり、鳥を自分の手で殺したりと、さまざまな体験をする

各授業を担当する先生は、コペンハーゲンとフォルケホイスコーレの二拠点生活をしている。先生の家で一緒に食事をしたり、授業と関連のある企業や人物に話を伺ったりするために、コペンハーゲンに行く機会も多い。

全寮制ってどんな生活?

クローロップは、ほかのフォルケホイスコーレと同じく一人部屋と相部屋のどちらかを選べる全寮制。男女が同じ部屋になることはないが、男子棟・女子棟のような部屋割りはされておらず、異性が隣の部屋に住むこともある。

寮の個室にはベッドや机のほか、洗面所や暖房器具も

23時以降は居住スペースで騒がしくしないなどの最低限のルールはあるが、基本的に学生の主体性に委ねられているため、門限などの厳格なルールは存在しない。

また、あらかじめ15名程度の「フェローシップグループ」というチームが構成されており、当番制で昼食・夕食の準備・片付けやイベント企画などが行われる。

フォルケホイスコーレにおける1日のスケジュールをご紹介してみよう。

8:00 朝食

ビュッフェ形式で用意される食事

朝食は主に果物とヨーグルト、パン、シリアルなど。食堂にはドリンクサーバーがあり、コーヒーと紅茶がいつでも飲めるほか、水と牛乳も常備されている。ちなみに土日は朝10時から朝食と昼食を兼ねたブランチメニューで、いつもの朝食より少し豪華だ。

8:45 朝礼

朝礼を取りまとめる校長先生

朝礼では出欠確認や連絡事項の共有のほか、全員で歌ったり、学生が自分の国や学校生活に関することをプレゼンテーションしたりする。金曜日には、学校の予算の用途やルールなどを学生同士で話し合う「コモンミーティング」が行われる。

10:15 清掃・キッチン補助

毎朝、大量の野菜を切るキッチン補助の学生たち

朝礼後は学生全員で清掃やキッチン補助を行う。フェローシップグループごとで担当する場所が決まっており、効率的に学校全体を綺麗にできるよう仕組み作られている。

10:45 午前の授業

授業ではスライドや資料だけでなく、色鉛筆やマジックも多用する

メインコースであるクロッシングボーダーの様子。授業は机を囲う形で行われ、学生・先生が対等な立場で意見を出し合う。この日は気候変動をテーマに、世界の気候変動の状況やその影響などを学んだ。

12:30 昼食

野菜を始めさまざまな食材が並ぶ食堂

クローロップの近くにはオーガニック食材に特化したスーパーがあり、野菜や果物などの食材はそこから仕入れている。専任のシェフが常駐しており、ベジタリアン用のメニューも用意されるため、食事に困ることはあまりない。

14:00 午後の授業

議論が重んじられるため、途中で授業内容が変わることも

引き続きクロッシングボーダーの授業。全員でディスカッションを行い、次回の授業までに気候変動に関するプレゼンテーションをすることに。そのため、この日の午後の授業はその準備に当てられた。

16:00 フリータイム

友人同士でゆっくり過ごす時間は、デンマーク語で居心地の良い時間や空間を意味する「ヒュッゲ」と呼ばれている

授業は16時に終わり、夕食までフリータイム。授業の課題を進めたり、共有スペースで雑談をしたり、卓球や筋トレをしたり、仮眠をとったりと過ごし方はさまざまだ。

18:00 夕食

いろんな学生との交流が盛んな自由席

夕食時にはキッチンスタッフも仕事を終えて帰ってしまうため、当番のフェローシップグループがあらかじめ用意されている食材を温めたり、食堂に食材を並べたりといった準備をする。もちろん、食べ終わったあとの清掃もみんなで行う。

20:00 日替わりのさまざまなイベント

校長先生自らピアノ伴奏をするクワイア

毎日20時からはさまざまなイベントが開催される。こちらは月曜のクワイヤ(合唱)。学生はソプラノ・アルト・テナーに分かれ、主にデンマーク語と英語の曲を歌う。クワイアで練習した曲は、学校内で開催される講演の場で発表することも。

休憩を挟みつつ、毎回2時間ほど続くクローロップカフェ

火曜日に行われるクローロップカフェでは、フェミニストとして活動する方や都市計画に携わる方など、各分野で活躍するゲストを招いて講演を行う。そのため、フォルケホイスコーレの学生だけでなく、一般のお客さんが聴きに来ることも多い。

「ミュージックビンゴ(ビンゴゲームの数字が曲になったもの)」のイベント

水曜日にはフェローシップグループ主催のイベントが行われる。週末には別のフェローシップグループがイベントを開催するため、クイズ大会やケーキづくりなど比較的小規模なものが多い。

卓球ダブルスでのトーナメント戦

木曜日に行われるスポーツイベントの様子。卓球やホッケーの大会が行われたり、近くの体育館へ行ったりする。

ヒッピーをテーマに仮装する学生たち

週末に行われるフェローシップグループ主催のパーティー。デンマークのお酒・パーティー文化は凄まじく、深夜まで歌ったり踊ったりする。この日はヒッピーやゴス、高校生といったドレスコードがくじで指定され、それぞれのグループ対抗でイントロクイズなどを行った。

どんな理由でフォルケホイスコーレに来る学生が多いのか?

3月8日の国際女性デーでは、女子学生が自身の女性器をペインティングするイベントを行った

実際に学生たちはフォルケでの生活をどう考えているのか。クローロップに在籍する留学生の1人、韓国出身のノーヤンさんは、フォルケホイスコーレの感想を次のように述べる。

ノーヤンさんは若者の異文化理解を促進するNPOで働いた経験も

「フォルケは自分のことを見つめ直せる場。とても自由だから、責任を持って自分から積極的に行動すればするほど、多くのものが得られる。それと民主主義がいかに難しいものかを学べる場でもある。驚いたのはお酒文化で、こんなに毎週パーティーがあるとは思わなかった」

また、大学院で社会学(主にジェンダー)を研究している渡辺佳緒里さんは、フォルケホイスコーレでの日々を次のように語ってくれた。

クワイアに参加する渡辺さん(左)

「フォルケは時間と空間を共有することで、家族のような関係性になれる場所だと思う。日本では出会えないようないろんな国の人たち、また将来のことを真剣に考えている人たちが集まっているところもすごく面白い」

まとめ

知識を詰め込むことを重視する日本の公教育に対し、デンマークのフォルケホイスコーレは教養や視点を身に付け、自分を見つめ直すための教育機関である。そうした教育文化のせいか、フォルケホイスコーレにいるデンマーク人たちは、自分たちのやりたいことにとても素直で、いつも楽しそうだった。

私自身も、フォルケホイスコーレで日々を過ごす中で、たくさんの発見があった。日本を含めたいろんな国の文化を知ったり、これまで知らなかった新しい自分を見つけたり、国籍も肌の色も文化も違う人々と感情を共有できる素晴らしさに気づいたり。

こうしたことは長い時間一緒に過ごし、深く対話をしなければ発見できない。もちろん、文化や言語の違いから上手にコミュニケーションを取れないことも多々ある。でもだからこそ、自分が考えていることを明確にし、何度も伝えようとするのだ。

多様な文化背景を持つ人々と共に過ごしていく貴重な時間。その過程で、私たちは自分自身が何を成したいのかを理解し、自分たちにとっての「幸せ」を見つけられるのかもしれない。

(取材・執筆:野阪拓海  編集:鬼頭佳代/ノオト)

取材協力

クローロップ フォルケホイスコーレ

1946年、デンマークの神学者Hal Kochによって創設されたフォルケホイスコーレ。さまざまな文化背景を持つ人びとが共に生活することで、多角的な視点と民主主義的思考を育む。留学生用のコース「Crossing Borders」には、毎年いろんな国の人々が参加する。

https://krogerup.dk/en/

※本記事はWebメディア「クリスクぷらす」(2018年5月15日)に掲載されたものです。

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