遠洋漁船に乗船しながら、高校卒業を目指せる? 代々木高校の「伊勢志摩漁師コース」で学んだ3年間で得たもの
通信制高校
先輩に聞く
2020/02/19
「マンボウは、代々木高校のすぐそばにある水族館・志摩マリンランドにいるマンボウの4〜5倍の大きさのものがプカプカ浮きながら泳いでいるんです。シャチは100頭の群れだし、イルカは1000頭クラス。あっという間に船の周りがイルカだらけになる。クジラのジャンプはミサイルが落ちたのかと思うほど強烈。
知ってますか? クジラのしぶきはめっちゃ臭くて。カツオの群れには、ジンベイザメがついてくるんです。死がいだったけど、ダイオウイカも見たことありました」
夢中になって話すのは、中島虎太朗(なかじま・こたろう)さん、18歳。三重県志摩市にある通信制高校・代々木高校にある「伊勢志摩漁師コース」に所属する高校3年生です。
2016年12月に同コースの存在を知り、2017年1月に面接を受け、4月の入学と同時に遠洋漁船「第27源吉丸」に乗船しました。
カツオやマグロを一本釣り漁法で釣り上げる「源吉丸」。航海は、年間80回ほど。一度航海に出ると3日〜2週間は海上で過ごすことになります。航海がないときに学校の勉強をするスケジュールで、漁師と高校生を両立中です。
源吉丸の乗組員は平均年齢35歳。志摩や大阪、兵庫、埼玉、沖縄、高知などの日本人とインドネシア人5人の計23人で構成されています。
何年かに1人でも子どもたちに機会を——「伊勢志摩漁師コース」開設のきっかけ
代々木高校は、三重県志摩市の賢島に本部を置く通信制高校。地域の不登校の生徒や高校を途中退学したがもう一度勉強したい人、プロスポーツ選手を目指し試合や海外遠征などの理由で、全日制高校への就学が困難な生徒を受け入れています。
「アスリートゴルフコース」に通っていた日本人男子生徒とフィリピン国籍の女子生徒が、「第18回アジア競技大会」ゴルフ競技でそれぞれ優勝し、金メダルを獲得したほど。
多彩なコースと全国のサテライト教室があり、子どもの個性を大切にしたサポートが特徴です。そのコースの一つが「伊勢志摩漁師コース」も含めた「奨学金コース」。代々木高校が提携する企業やお店で3年間働き、同時に会社が学費を立て替えてくれるという仕組みです。
自身も仕送り無しで奨学金とアルバイトで大学を卒業した経歴をもつ代々木高校・一色真司校長。働きながら学べる「奨学金コース」開設の経緯をこう話します。
「子どもの授業料を無料にするだけでは、生活が成り立たない家庭もあるし、机に向かうことが苦手な子もいます。しかし、高校を卒業したらみんな自立しなければいけないし、親の支援が難しい子はもっと自立しておかなければならない。
だったら、働きながら高校を卒業できるモデルができないものかと考えたんです。何年かに1人になるかもしれませんが、働きながら高校に通い卒業できる環境を作り続けていきたいですね」(一色校長)
地元・伊勢志摩との連携、そして地場産業に関わる人材育成も視野にいれ、特に若いうちから技術を磨いた方がいい職種である、漁師や料理人のコースを創設。
それぞれの適性に応じた仕事ができる環境を作れるように、人を育てようと思ってくれる企業とどんどん連携していきました。
現在は、「伊勢志摩漁師コース」「伊勢志摩料理人コース」のほか、企業と連携した「おにぎりせんべい奨学金コース」「USランド奨学金コース」など18のコースを用意しています。
「中島くんから、『伊勢志摩漁師コース』への入学希望を聞いたとき、生半可な気持ちでは務まらないとはっきり伝えました。それでも、『漁師になりたい』と言うので、和具近海鰹鮪(かつおまぐろ)船主組合と相談して、源吉丸の山本源史(もとし)社長にお願いしたところ、『そこまで言うんだから、やらせてみようか』となり、乗船が決定したんです」(一色校長)
その後、中島さんは、漁師と高校生の両立を3年間続けることができました。
「中島くんが3年間勤めあげることができたのは、和具近海鰹鮪船主組合さんや山本社長のおかげですね。山本社長も『3年間よく頑張った。若いもんが育つと船員同士も明るくなり、活気が出る』と喜んでくれました」(一色校長)
一人でカツオを釣り上げる筋力がついた——2週間を海の上で過ごすってどんな生活?
入学したばかりの1年目はマッチ棒のような体つきだった、と話す中島さん。船に乗っていた2年足らずで腕と胸の筋肉がついたそう。
「カツオの一本釣りは体力勝負。最初の頃は筋力が足らず2人で釣っていました。少しずつ慣れて筋力もアップすると、1人で5キロ、10キロのカツオがどんどん釣れて、楽しくなりました」(中島さん)
「大きな『なぶら』(カツオの群れ)に当たると、何時間も釣りっぱなしになる時もあります。写真のカツオは特々大のサイズで13キロだったかな。ビンナガマグロは5月終わりから7月初めくらいに釣れて、10キロ以上、15キロのものいるので、それはそれで大変です」(中島さん)
「1度の航海で、長いときは2週間、陸に上がってこられません。港は宮城の気仙沼を使うことが一番多いです。千葉の勝浦、静岡の御前崎の港でよく水揚げします。岩手の大船渡にも2、3回行ったかな。行く度に、震災からの復興が進んでいましたね」(中島さん)
日本の近海のすべてが漁場。珍しい場所としては、小笠原諸島の沖ノ鳥島周辺、さらに本土に近いベヨネース列岩でもカツオを釣ったそう。そのほか、ロシア方面へも。
「冬のロシアの200海里手前は、極寒です。父島の西北西に最近できた西之島の10マイル近くまで行って釣りましたが、あそこはまだまだ火山が噴火していて火山灰がいっぱい降ってきました。海底火山の近くにはバチマグロがよくいて、三宅島付近で50キロ以上のバチマグロが釣れたことがありますよ」(中島さん)
ところで、2週間続けて海上で過ごすとは、一体どんな生活なのでしょうか?
「船の上での食事は朝3時30分ごろに朝飯、9時ごろ昼飯、15時ごろ夕飯。陸の上とは全く生活時間が違うけれど、コック長の料理がおいしいので食べ過ぎてしまいます。魚をさばくのも楽勝になりました」(中島さん)
船内には風呂やシャワーもあるものの、湯船に貯めるのは温めた海水。意外にも、肌がツルツルになるのだそう。
「沖の潮は最高。湯船に海水を貯めると、青色がとても綺麗です。でも、本土近くの海水だと真緑。沖で汲んだ海水と比べると全然違います。
海水の色は魚を釣るときにも関係していて、沖の綺麗な海では透き通って、泳いでいる魚がよく見えます。漁師は『水色(すいしょく)が良い、悪い』と言って、漁の判断に役立てているんです」(中島さん)
乗ったばかりの頃は、「帰りたい、辞めたい」と思っていた
楽しいエピソードをたくさん披露してくれるものの、航海は楽なことばかりではありません。とくに最初の1カ月は「帰りたい、辞めたい」という気持ちでいっぱいだったそう。
「最初の船酔いは本当に辛かったです。酔い止めはまったく効かないから、買ってもお金の無駄でした。それなら、ウイダー【※1】を買った方がいいですね。吐いて吐いて気持ち悪くて何も食べたくなくなるから。陸酔(おかよ)い【※2】もしていましたが、今はへっちゃらになりました」(中島さん)
【※1】ウイダー……森永製菓のゼリー状で飲みやすい栄養補給飲料。現在は「inゼリー」に名称変更。
【※2】陸酔い……船に長時間乗ったあと、地上に降りてからも体が揺れているように感じる現象。
航海の中でカツオの群れに出合わない日も1、2日はあるそう。そんな時はスマホのゲームをするか、漫画を読んで過ごしているんだとか。ネットがつながらないので、もっぱらスマホをネットに接続せずにできるカードゲームなど単純なものに限られるという。
「教科書や小説は文字が小さいので、今でも船酔いしてしまいます。学校の勉強をしたくても、なかなかできませんね……(笑)。海の上にいると日が経つのがとても早くて、あっという間。最初は本当に辛いですが、船酔いさえ慣れれば漁師コースは最高です」(中島さん)
学校の勉強は休漁中に集中して
ところで、高校生としての勉強は一体どのようにこなしているのでしょうか?
代々木高校賢島本校の担任の出口拓矢先生と、主幹教諭の皆川剛先生に伺いました。
「船に乗っているときは全く連絡が取れないので、下りた時には『帰ってきました』と連絡を入れるように言っています。陸にいる間に、通学してレポートを書くなど、乗船スケジュールに合わせたスクーリングの予定を組んでいきます」(出口先生)
タイトな学習スケジュールは、学校としても漁師の仕事を非常に大切に考えていることのあらわれでもあります。
「漁師の生活は、普通の高校生はできないこと。いい経験となっていると思います。最近では『客船に乗れるような勉強もしてみたい』という話もしていたので、将来を見すえているのでしょう。働きながら高校生活を送れる『奨学金コース』は、将来の仕事選びの幅も広がると考えています」(出口先生)
「通信制高校では、潜在的には友だちを作りたいと思っていてもコミュニケーションが取れない子が多いのが現状です。そこで、3泊4日のスクーリングをして、朝から夕方までびっしり勉強してもらう。その期間にコミュニケーションを取る機会や横のつながりが生まれやすい工夫をしています」(皆川先生)
中島さんは埼玉県出身。実家と学校がある・三重県志摩市までは距離があるため、陸に上がっているときは、源吉丸の山本社長の家に住まわせてもらっています。
「中島くんの場合、山本社長から家族のように接してもらい、そこで家族愛を感じたのではと思います。山本社長からも『家の手伝いをよくしてくれてありがたい』と感謝されているそうです。必要とされて、感謝されて、もうひとつの自分の居場所を見つけられたのかもしれません。縦社会のコミュニティの中で成長でき、素直になった気がしますね」(皆川先生)
感謝している。代々木高校に行っていなかったらろくでもない人間になっていた
「中学生のころは親との関係もギスギスしていたんです。もし代々木高校に来ていなかったら今ごろ、埼玉のどこかでろくでもない人間になっていたと思います」(中島さん)
「源吉丸に3年間乗せてもらったおかげで根性がつきましたし、親のありがたみを感じ、人に感謝できるようになりました。船の上では一番の年下。先輩は、船上ではとても厳しいが、オフの時はとても優しい。他人や目上の人ともちゃんと会話ができるようになりました。
海に出ると、すぐに帰ることもできないのであきらめがつくんです。それで、物欲もなくなり、心の成長もできたのだと思います」(中島さん)
その後も、ピンクのカツオ釣って静岡の新聞に載ったことなど、キラキラした目を輝かせながら、海の話を続ける中島さん。
自分の力でカツオを上げて、自分の力で稼ぐことが自信につながる「伊勢志摩漁師コース」。厳しい世界ですが、都会ではできない体験を通して、周りから必要とされ、自己肯定感を得られる場所でもあるようです。
(取材・執筆:伊勢志摩経済新聞編集部 編集:鬼頭佳代/ノオト)
取材先
代々木高校
三重県志摩市の賢島に本部を置く通信制高校。地域の不登校の生徒や高校を途中退学したがもう一度勉強したい人、プロスポーツ選手を目指し試合や海外遠征などで全日制高校への就学が困難な生徒を受け入れています。多彩なコースと全国のサテライト教室があり、子どもの個性を大切にしたサポートが特徴。伊勢志摩サミットの会場となった賢島・唯一の学校。
※本記事はWebメディア「クリスクぷらす」(2020年2月19日)に掲載されたものです。