なぜ通信制高校が注目されるのか? 専門家に聞く「通信制高校の歴史といま」(手島純さんインタビュー・前編)
通信制高校
専門家に聞く
2019/07/23
近年、生徒数を伸ばす「通信制高校」。2019年現在、高校生の18人にひとりが通信制高校で学んでいるとされています。また、カドカワによるインターネットを活用した「N高等学校」をはじめ、新たな取組みを積極的に取り入れる通信制高校も登場しています。
「いまの通信制高校は、全日制高校の問題を反映する“合わせ鏡”のような存在なんですよ」と語るのは、星槎大学教授・手島純さん。長年、通信制高校を研究する専門家です。
時代によって、さまざまな役割を担ってきた通信制高校。その背景には一体何があるのでしょうか? 歴史や役割の変化から見る全体像、そして通信制高校が注目される理由について、手島さんに伺います。
通信制高校は、教育を開放する手段の一つとして生まれた
――まず、通信制高校はどのような教育システムなのでしょうか?
通信制高校の学習方法は、全日制や定時制とは大きく異なります。全日制や定時制では、授業を受けることが基本ですが、通信制では課題の添削(レポート)と面接指導(スクーリング)が中心となります。
したがって、全日制高校と比較すると、通信制高校は拘束時間が少なく、自由度が高くなります。そのため、多様な生徒が在籍している学校も多い。
柔軟な教育システムといえますが、自学自習を基本とするため、学習を継続することは簡単ではありません。必然的に一人ひとりへ個別指導を行うことになります。
――通信制高校に対するイメージは、世代によって大きく異なるようです。通信制高校は、いつ、どのようにして始まったのでしょうか?
戦後まもなくの1947年、教育基本法が施行され、「教育の機会均等を保障しなければいけない」という流れのなかで、通信教育が生まれました。
そのころの生徒は、勤労青少年と一般の成人がメインでした。なぜなら、まだ全日制高校へ行く人が少なく、中卒が多い時代だったから。つまり高校の通信教育は、仕事をしながら勉強する人たちの教育の要求をみたす意味があったんですね。
中等学校通信教育指導要領(試案)によると、通信教育の目的は「教育を民主化して広く人々の手に開放することである」と書かれています。
それまで日本の教育は、エリートと大衆を分けるようなシステムだったんです。それが戦後6・3・3制(小学校6年、中学校3年、高校3年)になり、大衆も高等教育が受けられるように開放されていく。高校の通信教育も、その流れの中で作られたのです。
トップアスリートが通信制高校を選んでいる
――通信制高校の生徒数は、どのように推移しているのでしょうか?
このグラフは、高等学校生徒数(全日制と定時制)と、通信制生徒数の推移を比較したものです。
最近の状況をみると、高校生の全体数が減っているにもかかわらず、通信制の生徒は横ばい、もしくは、やや増えています。
――高校生全体と通信制高校生の数は、必ずしも比例していませんね。なぜこのような変化になっているのでしょうか?
通信制高校の生徒数が変わる大きな理由は、法律改正です。通信制高校にとって重要な変化をまとめてみました。
通信制高校は、高度経済成長期に大きく広がっていきました。当時は労働力が不足していたので、企業は地方からどんどん人を呼び寄せ、人材を確保する必要があった。その対象となる若者の多くが、中卒だったんです。
そこで、企業内に施設を立ち上げ、技能連携制度を利用して通信制高校の単位にする方式をとりました。そうすれば高校を卒業できる。企業はそんな手法で人を集めていたんです。
――会社の中に学校を作っていた時代があったんですね。
高度経済成長が終わると、その手法は減っていきます。一方で、全日制高校の中退者が増え、生徒の行き場として通信制高校が選ばれるようになったんです。
私は1980〜1995年まで公立の通信制高校に勤めていました。最初は成人が多かったんですが、やがて全日制高校を中退した生徒が増えていきました。
――それは、全日制高校に適応できない生徒が通信制高校へ移っていった、ということでしょうか?
そうですね。なかでも、全日制高校へ通い続けられない子たちによるニーズがあると思います。例えば、いわゆる不良といわれるやんちゃな生徒、不登校、引きこもり傾向、発達障がいのある生徒などですね。
ところが、最近は違う動きが出てきました。アスリートが通信制高校を利用し始めたんです。例えば、フィギュアスケートの紀平梨花選手は通信制高校に在籍中ですし、サッカー日本代表の香川真司選手は通信制高校の卒業生です。
星槎国際高校(湘南)の女子サッカー部は、全日制を含めたすべての高校の中で全国優勝したんですよ。
全日制高校の「ブラック化」が、通信制高校にも影響を与えている
――なぜいま、通信制高校が注目されているのでしょうか?
いくつかの要因がありますが、一つは全日制高校の生徒指導問題です。
「ゼロ・トレランス」という言葉をご存知でしょうか? 日本語で「非寛容」という意味です。
一部の全日制高校で、校則がより厳格になっている。生徒指導がとにかく厳しいんです。例えば、髪が少しでも茶色だったり、制服が乱れていたりしたら、教室にも入らせず家へ帰らせる学校もあります。
――最近、「ブラック校則」が話題にあがることも多いですね。
「自分の学校はちゃんとしている」と特色づけようとしているのでしょう。一方で、「厳しく指導しないと、レベルが落ちていく」という恐怖感が先生たちのなかにあるのかもしれません。
私もかつて全日制高校で生徒指導をしていました。その中で、他の先生に「髪の色がちょっと明るいくらいなら、注意しなくてもいいでしょう?」と言うと、「校則にダメだと書いてあるじゃないですか」と反論されました。
全日制高校のなかでも、中堅クラス以下の高校は学校に不満のある生徒がかなり多い。そういった背景もあって、うまくいかなくなって中退し、通信制高校へ移っていくんです。
通信制高校は、いまの全日制高校のあり方を反映する“合わせ鏡”になっている、と感じています。
人気を集める「通学型通信制高校」
――全日制高校の環境が、通信制高校にも影響を及ぼしているんですね。ほかにどんな理由が考えられますか?
学習環境の充実も、通信制高校が注目される一因でしょう。これは近年、私立の通信制高校が中心となって力を入れています。
例えば、これまで公立通信制高校は、
・月2回、日曜日に学校へ行き、スクーリング(面接指導)を受ける
・自学自習でレポートを完成させ、添削を受ける
・ときどき試験を受ける
といった体制で運営してきました。
ただやはり、月2回しかスクーリングがないと、生徒との距離は遠くなります。
それに対して、私立の通信制高校が、「スクーリングは日曜日だけじゃなくてもいい。週1〜2回、あるいは週5回学校へ行きたい生徒も受け入れましょう」と、自由な発想で生徒を集めはじめたんです。それが「通学型通信制高校」ですね。
――通学型通信制高校というのは、言葉としては少し不思議ですね。
当初は「あんなの通信制高校じゃない」と否定的な意見を述べる教育関係者もいました。でも私は、全日制高校へ行けない生徒にとって良い制度ではないか、と思います。実際に、生徒のニーズにもマッチしていた。そういった努力もあり、私立の通信制高校の数も、生徒も増えていったんです。
かつて、日本の通信教育は公立高校がメインで、私立は少なかった。公立の通信制高校は各都道府県に少なくとも1校あって、いわゆる伝統校と併設されていました。関東近郊ならば、東京都立上野高等学校や神奈川県立湘南高等学校などですね。
公立通信制高校の努力が、現在の通信制高校を形づくってきました。だからこそ私は、公立にもうちょっと頑張ってほしいと思っています。
一方で、私立の通信制高校が、さまざまな努力によって生徒数を増やしているのも事実です。最近では、カドカワによる新しいネットの高校「N高等学校」など、通信制高校をさらにポジティブな発想で運営する学校も現れました。今後どうなるか、きちんと評価を出すには時間がかかりますが、私自身は肯定的に受け止めています。
――ほかにも、通信制高校には「サポート校」という教育施設があるとお聞きしました。どのような役割があるのでしょうか?
サポート校とは、通信制高校の生徒たちを対象に、学習や進路選びを支援する施設です。居場所の提供、通信制高校で出された課題に対する学習サポートなど、さまざまな困難を抱える生徒のニーズにこたえ、年々施設数・生徒数を伸ばしてきました。学校の勉強を補完する学習塾のようなもの、と捉えると分かりやすいでしょう。
一方で、サポート校は教員資格がなくても運営できるため、ビジネスとしてどんどん肥大化していく傾向もあります。サポート校自身がまるで通信制高校そのものである、と勘違いさせるようなケースも出てきたため、文部科学省が2016年にガイドラインを作成しました。
通信制高校は、学校という既成概念を壊そうとしている
――改めて、手島さんが思う「通信制高校の面白さ」とは?
私は教員として、全日制、定時制、通信制のすべてで勤務しましたが、通信制高校が一番面白かったんです。その理由は、全日制高校にない自由と、幅広い選択ができるから。
いま通信制高校は、学校という既成概念を壊そうとしている。私はある意味、アヴァンギャルド(前衛的)な存在だと思っているんです。
(取材・執筆:村中貴士 編集:鬼頭佳代/ノオト)
取材先
手島純(てしまじゅん)さん
星槎大学教授。民間会社経験後、教職に転職。神奈川県立高校社会科教員として、全日制・定時制・通信制高校に35年間勤務する。その後、大学兼任講師を歴任し、現在は星槎大学教授。日本通信教育学会(理事)、日本共生科学会に所属する。主な著書に『これが通信制高校だ』(北斗出版)、編著書に『通信制高校のすべて』(彩流社)等がある。
※本記事はWebメディア「クリスクぷらす」(2019年7月23日)に掲載されたものです。